私は鉄道ファンの一人ですが、JRグループを中心に、まだ利用したことのない鉄道路線のほうが多いくらいで、全線踏破や全駅踏破を目指すファンではありません。首都圏に生まれ育ちましたので、東京都内の鉄道路線の多くに乗りましたが、JR五日市線と東京都交通局上野懸垂線を利用したことが一度もないのです。神奈川県に目を移すと、さらに未利用路線や未利用区間が増えます。
さて、今回の話は東京都交通局上野懸垂線です。上野動物園にモノレールが通っていましたが、それが上野懸垂線です。
モノレールには様々な方式がありますが、大別すれば跨座式モノレールと懸垂式モノレールに分けられます。跨座式モノレールは、一本のレールの上に車両が跨がる形のもので、東京モノレール(アルヴェーグ式)、多摩モノレール(日本跨座式)など、多くの例があります。これに対し、懸垂式モノレールは、レールの下に車両がぶら下がるような形のもので、日本では例が少なく、現存しているのは湘南モノレール(サフェージュ式)、千葉モノレール(サフェージュ式)、そして上野懸垂線だけです。その上野懸垂線は独自の上野式を採用しています。
上野懸垂線は、1957年12月に営業を開始、車両更新などのために何度か休止しつつ、2019年10月まで運行していました。しかし、施設の経年劣化を理由として(その他の理由もあるようですが)、2019年11月から休止されていたのです。
そして、3年以上の休止期間を経て、今日、つまり2023年7月21日に、東京都交通局は上野懸垂線の廃止を国土交通大臣に届け出ました。
〔多くの報道、例えば朝日新聞社の「上野動物園のモノレール、来年7月までに廃止へ 日本で初の実用化」(2023年7月21日20時14分付 https://www.asahi.com/articles/ASR7P6QCRR7POXIE06D.html )では国土交通省に届け出たというように書かれていますが、鉄道事業法第28条の2第1項によれば国土交通大臣に届け出る旨が書かれています。国土交通大臣が行政庁であるためです。〕
東京都のサイトには、2023(令和5)年7月21日、つまり今日付で、東京都交通局による「東京都懸垂電車上野懸垂線の鉄道事業廃止届の提出について」という文書が掲載されています。それによると、廃止路線は「東京都懸垂電車上野懸垂線」で「上野動物園東園駅、上野動物園西園駅間0.3km」であり、廃止予定日は2024(令和6)年7月21日(日曜日)ですが、「届出後、関東運輸局長が届出に係る廃止の日より前に当該廃止を行ったとしても公衆の利便を阻害するおそれがないと認めた場合は、廃止の日を繰り上げることがあります。(その際はあらためてお知らせします)」と書かれています。繰り上げについては鉄道事業法第28条の2第3項、同第4項および同第5項に定められており、これまでにもいくつかの実例があることなどからすれば、上野懸垂線の廃止日繰り上げはありうるものと考えられます。休止期間が長い上に、途中に公道を挟むとはいえ、上野動物園の西園と東園とを結ぶだけで、距離はたったの300メートルしかなく、どう考えても上野動物園の来園客以外に利用客がみあたららないような路線ですから、廃止日を繰り上げたところで「公衆の利便を阻害するおそれ」があるとは考え難いからです。
東京都は、今後、何らかの新たな輸送機関を整備する予定であるとのことです。上記朝日新聞社記事には具体的なことが書かれていませんが、2026年度における利用開始が目指されているようです。
上野懸垂線を一度も利用したことのない者(おそらく、上野動物園に入ったこともありません)が記すべきことではないと思いつつ記しますが、上野懸垂線が長らく営業を続けていることが、私には不思議なことでした。建設時および開業時には地方鉄道法に基づき、現在は鉄道事業法に基づいている路線であるとはいえ、上野動物園の遊戯施設とあまり変わりのないものです。
それでは、上野懸垂線が建設された理由は何なのでしょうか。最初から動物園の利用客を目当てにしているのであれば、かつて渋谷の東急百貨店にあったロープウェイのようなものでも十分であったはずです。
実は、上野懸垂線は或る種の実験路線です。20世紀後半の東京都の公共交通機関として、モノレールが想定されていたのでした。
かつて、東京都交通局は日本一の路面電車の路線網を有していました。今でも荒川線として残っている都電のことです。しかし、自動車の数が増えるに従い、路面電車では道路の渋滞などによって定時運行が難しくなることが予想されたために、路面電車に代わる公共交通機関の一つとしてモノレールの導入を検討していました。もっとも、モノレールの輸送能力は当時の国鉄の車両や地下鉄の車両よりも低いので、例えば銀座線や丸ノ内線のような路線にはやはり地下鉄がふさわしく、モノレールでは役者不足です。そこで、山手線の内側のメインを地下鉄とし、地下鉄ほどの輸送力を必要としないところについてモノレールを導入しようとしていたようです。そのために、まずは上野懸垂線を建設して実験をしてみようということなのでしょう。名古屋市の東山公園にあったモノレールも実験的要素があったそうです。その実験のために上野動物園や東山公園を選んだ理由もわかりかねるところではありますが、現在、横浜の桜木町駅からみなとみらい地区までを通る都市型ロープウェイ、YOKOHAMA AIR CABINのような位置づけもあったのでしょうか。もっと現実的な理由も存在したのでしょう。例えば、現在の都01系統の都営バスが走るルート(新橋駅〜アークヒルズ〜六本木〜渋谷)にモノレールを建設して開業させるというのでは、かなりの冒険になっていたことでしょう。
現実には、東京都交通局が路面電車の代替手段となる鉄道として選択したのが地下鉄でした。モノレールは上野懸垂線のみで終わったのです。また、日暮里・舎人ライナーはモノレールではなく新交通システム(案内軌条式鉄道。AGT)となりました。東京の地下鉄では1号線と称される都営浅草線が京成電鉄および京浜急行電鉄の路線と相互乗り入れをしていることが示すように、モノレールでは首都圏の交通需要に適合しないことが明らかになったからでしょう。
浅草線より先に開業した銀座線および丸ノ内線は他の鉄道会社の路線との相互直通運転を行っていませんが、浅草線より後に開業した地下鉄の路線は、リニア地下鉄である大江戸線を除き、全て他の鉄道会社の路線との相互直通運転が前提となって建設されています(長らく他の路線への乗り入れが行われていなかった都営三田線ですら、当初は東武東上線および東急大井町線・田園都市線への直通運転が予定されていました)。東西線に至っては、当初から中央本線および総武本線のバイパス路線(黄色い電車の中央・総武緩行線を想起してください)として想定されていたほどです。このような事情では、モノレールが選択されなかったのも当然と言えます。
長い目で見ると、モノレールは衰退しつつある輸送手段と言えるかもしれません。沖縄モノレールのように21世紀になってから開業し、路線を延長するところもありますが(延長ということならば大阪モノレールの本線や多摩モノレールにも計画があります)、既に記した名古屋市の東山公園モノレール(サフェージュ式)の他に、小田急の向ヶ丘遊園モノレール線(ロッキード式)、姫路市交通局(ロッキード式)、名古屋鉄道モンキーパークモノレール線(アルヴェーグ式)、よみうりランドのモノレール(アルヴェーグ式)、ドリーム開発ドリームランド線(東芝跨座式)などが廃止されています。また、広島県のスカイレールサービスも廃止が決まっています。また、東京モノレール羽田線も、京浜急行と競合するようになってから苦境が伝えられるようになっており(開業時から長らくの間もそうでした)、JR東日本が羽田空港アクセス路線の建設に着手することとなっているために、行く末が気になるところとなっています。
そう言えば、我が川崎市にもモノレール構想がありました。川崎市都市モノレール構想で、川崎市公文書館に計画書などが保存されており、一部がウェブで公表されています。溝の口駅から緑ヶ丘霊園、東高根森林公園、生田緑地、聖マリアンナ医科大学、新百合ヶ丘駅、登戸駅などを通る8の字形の路線で、高津区、宮前区、多摩区および麻生区をカヴァーする構想でした。実現したら、とくに溝の口駅から上作延、神木本町、平、蔵敷、潮見台など、現在でも市バスが多く通る道路の周辺は非常に利便性が高まったかもしれません。溝の口駅といえば、武相中央鉄道という未成線もあり、これも非常に興味深いものです。
向ヶ丘遊園モノレール線は、私もよく覚えています。何せ、川崎市多摩区内の路線ですし、私も何度か乗ったことがありましたから。向ヶ丘遊園にも何度か入ったことがあります。今は藤子・F・不二雄ミュージアムになっています。
モノレールというのは、意外に緩い定義のようですが、跨座式の場合であれば太い軌条に車両が跨がっていますから、モノレールの名称でよいのではないでしょうか。
跨座式でした。
モノレールっていうけどレールが3本あるじゃないか、と。