ひろば 川崎高津公法研究室別室

川崎から、徒然なるままに。 行政法、租税法、財政法、政治、経済、鉄道などを論じ、ジャズ、クラシック、街歩きを愛する。

いつまで贈与税の基礎控除について特別措置を続けるのか

2023年12月24日 02時00分00秒 | 法学(法律学)ノート

 2023年12月14日に「令和6年度税制改正大綱」(以下、与党税制改正大綱)が自由民主党および公明党によって決定され、12月22日には「令和6年度税制改正の大綱」(以下、政府税制改正大綱)が閣議決定されました。

 毎年行われる税制改正の方針などを決定し、かつ、国会に提出される改正法律案の骨子を示す重要な文書です。改正が多岐にわたることもあって、租税法の改正の内容を理解するためにも欠かせません。

 与党税制改正大綱および政府税制改正大綱と現行法とを見比べるとわかることがあります。それは、改正の対象とされる事項の多くが租税特別措置法および地方税法附則に関わるということです。勿論、所得税法や法人税法などのいわゆる本則を改める改正も多いのですが、租税特別措置法および地方税法附則の改正の多さも負けず劣らずというところです。

 この租税特別措置法および地方税法附則が、租税法をいたずらにわかりにくくするものであり、公平性などの問題を引き起こすものでもあります。そればかりでなく、租税特別措置法および地方税法附則のおかげで本来の制度が見えにくくなるという難点もあります。最近、政府の各審議会などで「見える化」という馬鹿げた表現がよく使われますが(可視化と書けないのか?)、「『見える化』を言うなら特別措置こそどうにかしろよ」と言いたいところです。まして、租税特別措置法の規定には、とにかく一文が長いものもあり、話の要領を得ない人の語りを聞いているような気分になるものが多いのです。

 また、私のように大学の法学部で租税法の講義を担当する者からすれば「いい加減にこんな特別措置などやめてしまえ」、あるいは「こんな特別措置を続けているならもう本則のほうを改正してしまえ」と思わざるをえないものも少なくありません。

 「こんな特別措置を続けているならもう本則のほうを改正してしまえ」。その代表が贈与税の基礎控除です。

 さて、ここで「問題」です。

 ①贈与税の基礎控除は何円でしょうか。但し、相続時清算課税を選択した場合は除きます。

 ②その金額は何法の何条に書かれていますか。

 両方ともに正解という方は少ないと思われます。

 ①の正解は110万円です。これは多くの文献などにも書かれていることですから、御存知の方も多いでしょう。

 ②については、相続税法と答える方も多いと思われます。たしかに、相続税法第21条の5が贈与税の基礎控除に関する規定です。しかし、同条は次のように定めています(以下、都合上、条文中の漢数字を算用数字に改めています)。

 「贈与税については、課税価格から60万円を控除する。」 

 「おかしい」とお思いの方が多いのではないでしょうか。「贈与税の基礎控除が110万円というのは常識だろ?」、「贈与税の基礎控除が110万円であると本に書かれているぞ!」とおっしゃる方もおられるはずです。お気持ちはわかりますが、相続税法第21条の5が贈与税の基礎控除額を60万円と定めているのは紛れもない事実です。

 いつまでも引っ張らないで、②の正解を記しましょう。租税特別措置法第72条の2の4第1項です。条文を読んでみてください

 平成13年1月1日以後に贈与により財産を取得した者に係る贈与税については、相続税法第21条の5の規定にかかわらず、課税価格から110万円を控除する。この場合において、同法第21条の11の規定の適用については、同条中「第21条の7まで」とあるのは、「第21条の7まで及び租税特別措置法第70条の2の4(贈与税の基礎控除の特例)」とする。

 租税特別措置法第72条の2の4第1項により、23年にわたって110万円とされている訳です。ここまで続けるならば、もう租税特別措置法第72条の2の4を削除し、相続税法第21条の5を改正して恒久的に基礎控除の額を110万円とするほうがよいでしょう。ここで租税特別措置法第72条の2の4の立法趣旨などを探ることはしませんが、租税特別措置法に設けられた規定である以上、当時の経済事情などを念頭に置き、あくまでも臨時的措置として考えられていたはずです。いつまでも特別措置として扱うことの意味がわかりません。

 先程の「問題」で相続時清算課税制度を除外しましたが、2024年1月1日から相続時清算課税制度についても基礎控除が設けられます。実はここにも相続税法という本則に対する租税特別措置法の規定が存在します。しかも、改正当初から特別措置が適用されるのです。

 2024年1月1日から施行される相続税法第21条の11の2第1項は、次のように規定しています。

 相続時精算課税適用者がその年中において特定贈与者からの贈与により取得した財産に係るその年分の贈与税については、贈与税の課税価格から60万円を控除する。

 しかし、やはり2024年1月1日から施行される租税特別措置法第70条の3の2第1項は、次のように規定しています。

 令和6年1月1日以後に相続税法第21条の9第5項に規定する相続時精算課税適用者(第3項において「相続時精算課税適用者」という。)がその年中において同条第5項に規定する特定贈与者(第3項において「特定贈与者」という。)からの贈与により取得した財産に係るその年分の贈与税については、同法第21条の11の2第1項の規定にかかわらず、贈与税の課税価格から110万円を控除する。

 結局、2024年1月1日から適用されるのは相続税法第21条の11の2ではなく、租税特別措置法第70条の3の2です。特別措置の期限が明示されていないので、恒久的に基礎控除を110万円とするのでしょう。最初から相続税法第21条の11の2は死文化していると言わざるをえません。死文化ではなく冷凍保存でもしているような感覚なのでしょう。いつか目覚めさせようと……。

 しかし、立法当時の事情はともあれ(ここでは参照しません)、基礎控除額を110万円としている以上、60万円に改めるべき時期の見通しはあるのでしょうか。むしろ、その時期は到来しそうにないと考えるべきでしょう。相続時清算課税を強化するというのであれば、相続税法第21条の11の2第1項において基礎控除額を110万円と定めるべきでした(ついでに、相続税法第21条の5も改正して基礎控除額を110万円と改め、租税特別措置法第72条の2の4を削除すべきでした)。そうすれば、同じ「所得税法等の一部を改正する法律」(令和5年3月31日法律第3号)において相続税法第21条の11の2と租税特別措置法第70条の3の2の両方を新設するという無駄もなくなります。そもそも、何より同じ改正法律に本則と特別措置が並べられているのもおかしなことであると言えないでしょうか。施行したところで適用の機会のない規定を定める、あるいは残しておく意味がどれほどあるというのか、疑わざるをえません。

 今回は贈与税の基礎控除について記しました。前述の通り、代表例としてあげましたので、他にも「こんな特別措置を続けているならもう本則のほうを改正してしまえ」というものはあります。機会を見つけて紹介することといたしましょう。


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