ひろば 川崎高津公法研究室別室

川崎から、徒然なるままに。 行政法、租税法、財政法、政治、経済、鉄道などを論じ、ジャズ、クラシック、街歩きを愛する。

一般職公務員と特別職公務員

2020年02月11日 14時00分00秒 | 法律学

 「国家公務員には国家公務員法が適用される。」

 意図的に曖昧な表現としましたが、仮にこのような文章が国家公務員採用試験の短答式問題(俗に言う択一式)に選択肢として登場したら「妥当でないもの」となります。

 理由はおわかりでしょう。最初の文章を読めば、「〜を除く」、「〜はこの限りでない」という趣旨が明確に示されていませんし、その趣旨を読みとることもできません。したがって、「国家公務員には国家公務員法が適用される。」という文章は「全ての国家公務員には国家公務員法が適用される。」という意味で解釈すべきこととなります。

 しかし、国家公務員法の規定を読めば、国家公務員であるから国家公務員法が適用される、という訳ではないことがわかります。

 まずは国家公務員法第1条第2項を御覧いただきましょう。次のとおりです(原文の漢数字は、一部を除いて算用数字に改めました)。

 「この法律は、もつぱら日本国憲法第73条にいう官吏に関する事務を掌理する基準を定めるものである。」

 次に国家公務員法第2条です。今問題になっている検察官の定年は、この条文に関係します。

 同条第1項は「国家公務員の職は、これを一般職と特別職とに分つ」と定めています。これが冒頭の文章に関係するものであり、今回の問題を考えるために重要な前提となります。何故なら、同条第4項が「この法律の規定は、一般職に属するすべての職(以下その職を官職といい、その職を占める者を職員という。)に、これを適用する。人事院は、ある職が、国家公務員の職に属するかどうか及び本条に規定する一般職に属するか特別職に属するかを決定する権限を有する」と定めており、同条第5項が「この法律の規定は、この法律の改正法律により、別段の定がなされない限り、特別職に属する職には、これを適用しない」と定めているからです。

 要するに、国家公務員法は、原則として、特別職の国家公務員については適用されないという訳です。

 それでは、特別職の国家公務員とはいかなる人々なのでしょうか。国家公務員法第2条第3項に列挙されています。例えば、第1号は内閣総理大臣、第2号は国務大臣をあげています。検察官はどの号にもあげられていませんので、特別職ではなく、一般職であるということになります。

 しかし、一般職であればいかなる国家公務員についても国家公務員法が適用されるかと言えば、そうではありません。「特別法は一般法に優先する」という法の原則に従いますので、一般職の公務員であっても或る事項(例えば定年)について他の法律に「別段の定め」があれば、そちらが優先することになります。

 例えば、検察官の場合、採用の方法が他の一般職国家公務員と異なります。検察官法第15条第2項は、検事を一級または二級に分け、副検事を二級と位置づけています。

 次に第18条第1項です。同項は、二級の検察官の任命および叙級を受ける資格のある者を「司法修習生の修習を終えた者」(第1号)、「裁判官の職に在つた者」(第2号)および「3年以上政令で定める大学において法律学の教授又は准教授の職に在つた者」(第3号)としています。同条の第2項は副検事について定めていますが、一般職の国家公務員採用試験に合格した者(国家公務員法第33条・第36条本文・第42条以下)をあげていません。

 さて、定年です。国家公務員法第81条の2は「定年による退職」という見出しの下、次のように定めています。

 第1項:「職員は、法律に別段の定めのある場合を除き、定年に達したときは、定年に達した日以後における最初の3月31日又は第55条第1項に規定する任命権者若しくは法律で別に定められた任命権者があらかじめ指定する日のいずれか早い日(以下「定年退職日」という。)に退職する。」

 第2項:「前項の定年は、年齢60年とする。ただし、次の各号に掲げる職員の定年は、当該各号に定める年齢とする。

 一 病院、療養所、診療所等で人事院規則で定めるものに勤務する医師及び歯科医師 年齢65年

 二 庁舎の監視その他の庁務及びこれに準ずる業務に従事する職員で人事院規則で定めるもの 年齢63年

 三 前二号に掲げる職員のほか、その職務と責任に特殊性があること又は欠員の補充が困難であることにより定年を年齢60年とすることが著しく不適当と認められる官職を占める職員で人事院規則で定めるもの 60年を超え、65年を超えない範囲内で人事院規則で定める年齢」

 第3項:「前2項の規定は、臨時的職員その他の法律により任期を定めて任用される職員及び常時勤務を要しない官職を占める職員には適用しない。」

 また、国家公務員法第81条の3は「定年による退職の特例」の見出しの下に、次のように定めています。

 第1項:「任命権者は、定年に達した職員が前条第1項の規定により退職すべきこととなる場合において、その職員の職務の特殊性又はその職員の職務の遂行上の特別の事情からみてその退職により公務の運営に著しい支障が生ずると認められる十分な理由があるときは、同項の規定にかかわらず、その職員に係る定年退職日の翌日から起算して1年を超えない範囲内で期限を定め、その職員を当該職務に従事させるため引き続いて勤務させることができる。」

 第2項:「任命権者は、前項の期限又はこの項の規定により延長された期限が到来する場合において、前項の事由が引き続き存すると認められる十分な理由があるときは、人事院の承認を得て、1年を超えない範囲内で期限を延長することができる。ただし、その期限は、その職員に係る定年退職日の翌日から起算して3年を超えることができない。」

 一方、検察庁法第22条は、「検事総長は、年齢が65年に達した時に、その他の検察官は年齢が63年に達した時に退官する」と定めています。同法には定年の延長に関する規定がありません。

 そうすると、検察官の定年の延長については国家公務員法第81条の3が適用されるようにも読めます。しかし、検察庁法第22条が、わざわざ検事総長とその他の検察官とに分けて定年を規定しているところからすれば、検察官については国家公務員法第81条の3の適用がないと解釈することも可能です。むしろ、そちらのほうが自然でしょう。検察庁法第23条が検察官適格審査会の審査および検察官の免官を定めていることからして(しかも、同条第2項第1号は「すべての検察官について3年ごとに定時審査を行う場合」に検察官適格審査会の審査がある旨を定めています)、検察官の定年の延長は検察庁法の射程距離の範囲外と考えるのが、法の趣旨に適っているとも考えられます。

 今日(2020年2月11日)付の朝日新聞朝刊3面14版の記事「定年延長『検察官適用せず』 1981年政府答弁 政権対応と矛盾」に、今回の問題に関する内容があります。立憲民主党の山尾志桜里議員が1981(昭和56)年の衆議院内閣委員会における答弁を引き合いに出して質疑を行ったのに対し、森雅子法務大臣は「議事録の詳細は知らない」とした上で「人事院の解釈ではなく、検察庁法の解釈の問題である」と答弁したそうです。

 私がこれを読んで驚いたのは法務大臣の答弁の趣旨です。よくもこれで大臣としての答弁ができたものです。答弁者または答弁の文案作成者の怠慢としか言い様がありません。

 国会における政府見解の陳述は、議事録に残るだけでなく、公的に、法律(など)の解釈・運用に案する政府の見解として示されたものですから、わからない、知らないでは済まされません。当然、議事録などを参照しなければならないものです。また、しっかりとした逐条解説書であれば、国会における質疑および答弁も引用されています。このようなものを参照せずに、現在の検察官法や国家公務員法の解釈を行っているのでしょうか。議事録も逐条解説書も国会図書館や大学図書館にありますし、私自身も時々国会図書館などへ行っては参照をし、論文などに取り入れています。おまけに、今は国会の議事録も国会会議録検索システムを使えば比較的容易に参照できます。

 私は、別に解釈を改めてはならないと記している訳ではなりません。改めてもよいのです。但し、その場合には、過去の政府見解を引き合いに出して、その上で改めるというような趣旨を明言しなければなりません

 また、もし検察官の定年の延長に国家公務員法が適用されるのであれば、人事院規則11−8(職員の定年)も関係してきます。「人事院の解釈ではなく、検察庁法の解釈の問題である」で済まされないでしょう。国家公務員法に特別な規定(「別段の定め」)がない限り、国家公務員法が適用されるのに人事院規則が適用されないということはありえないからです。

 山尾議員が取り上げた1981年の衆議院内閣委員会の議事録ですが、この年の国家公務員法改正により定年制が設けられるということで、かなりの論戦が行われていました。先程記した国会会議録検索システムを使って、参照し、引用してみましょう。

 第94回国会衆議院内閣委員会第9号(昭和56年4月23日)において、当時の中山太郎総理府総務長官が国家公務員法の改正の趣旨を「国家公務員については、大学教員、検察官等一部のものを除いて、現在、定年制度は設けられていないわけでありますが、近年、高齢化社会を迎え、公務部内におきましても職員の高齢化が進行しつつあります。したがって、職員の新陳代謝を確保し、長期的展望に立った計画的かつ安定的な人事管理を推進するため、適切な退職管理制度を整備することが必要となってきております」と述べています(2頁)。

 そして、同じ第94回国会の衆議院内閣委員会第10号(昭和56年4月28日)です。神田厚委員は、「指定職の高齢化比率が非常に高いわけでありますが、54年現在で60歳以上の者の占める割合は約40.1%。定年制の導入は当然指定職にある職員にも適用されることになるのかどうか。たとえば一般職にありましては検事総長その他の検察官さらには教育公務員におきましては国立大学93大学の教員の中から何名か出ているわけでありますが、これらについてはどういうふうにお考えになりますか」と質しました(24頁)。

 これに対し、人事院事務総局任用局長の斧誠之助政府委員は、次のように答弁しました。

 「検察官と大学教官につきましては、現在すでに定年が定められております。今回の法案では、別に法律で定められておる者を除き、こういうことになっておりますので、今回の定年制は適用されないことになっております。」(24頁)

 山尾議員が引き合いに出すのは、この斧政府委員答弁であると思われます。やや断片的ながら、趣旨は明確です。検察官には、国家公務員法第81条の2および第81条の3は適用されないということです。国家公務員の定年制に関するこの両条は、第94回国会に提出された改正案の趣旨などからして、セットになって適用されると考えるべきであり、第81条の3は第81条の2を前提としていると解釈せざるをえません。斧政府委員の答弁も、私が記した解釈と同じものを採用することを前提としているのでしょう。国家公務員法の改正より前から検察庁法に定年に関する規定が存在していたことも大きいでしょう。

 森法務大臣の答弁は、検察官については国家公務員法第81条の2は適用されないが(何故なら検察官法第22条があるから)、第81条の3は適用される、と言っていることと同じです。それならば、従来の解釈を改めたと明言すべきであり、また、その根拠を明確に示さなければならないでしょう。「人事院の解釈ではなく、検察庁法の解釈の問題である」という答弁は、我々のような学者の主張などであれば理解できますが(それでも、まともな学者であれば公定解釈などを参照してから自説を述べます)、国家公務員法や検察官法を運用する行政権(政府)の主張としては通りません。

 従来の公定解釈を変えるのであれば明言する。明確な根拠をもって主張する。こうした当たり前のことが、最近の政治においてしっかりとできていないような気がします。今回の話は、その典型例とも言えるでしょう。


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