2016年4月に発生した熊本地震は、熊本地方(熊本市など)や阿蘇地方に甚大な被害をもたらしました。JR九州の豊肥本線でも、長期間にわたって肥後大津駅から阿蘇駅までの区間が不通になりました。豊肥本線は2020年8月に全線での運行を再開しましたが、阿蘇地方にはまだ復旧していない鉄道路線があります。豊肥本線の立野駅から高森駅までの路線、南阿蘇鉄道高森線です。
高森線は国鉄の路線でしたが、1980年代の国鉄再建の一環で第一次特定地方交通線に指定され、廃線の危機を迎えます。同線の高森駅から高千穂線(後の高千穂鉄道高千穂線。既に廃線)の高千穂駅までの路線も建設されていたのですが、完成しないままに廃止となっています(完成していたら熊本駅から延岡駅までのルートができたのです)。1986年4月、高森線は国鉄の路線としては廃止となり、第三セクターである南阿蘇鉄道に移管されましたが、元々沿線人口が少ないことなどから、経営は苦しかったようです。それでも、トロッコ列車を走らせるなどの努力によって路線は維持されました。
しかし、熊本地震のために全線が運休を余儀なくされます。2016年7月には途中の中松駅から終点の高森駅までが運行を再開しますが、起点の立野駅から中松駅までの区間は現在も不通のままです。立野駅から高森駅までは17.6キロメートルですが、立野駅から中松駅までは10.6キロメートルですから、およそ6割の区間が不通である訳です。他の鉄道路線と一切接続しないのでは相当苦しいのではないかと思うのですが、営業区間の乗客は増えつつあったそうです。しかし、COVID-19の感染拡大により、南阿蘇鉄道は「正念場を迎え」たという訳です(後掲記事からの引用です)。朝日新聞社が、2021年4月20日の9時付で「南阿蘇鉄道、コロナで再び試練 期待されるJR乗り入れ」(https://www.asahi.com/articles/ASP4M5KPCP42ULUC02S.html)として報じています。
2020年度、日本の多くの鉄道会社は乗客減のために運輸収入も大きく減らしました。南阿蘇鉄道も例外ではありません。「2020年度の運輸収入は地震直後並みに落ち込む見通しで」あるということですが、それで話は終わらず、第三セクターに転換する際に交付された交付金(およそ4億5000万円)を底をつく寸前です。この交付金が基金となったのですが、熊本地震によって基金は大きく取り崩されており、2020年度には1800万円ほどにまで減少しています(ちなみに、これとは別に住民から募ってつくられた基金もあるのですが、「手をつけない」こととしているそうです)。
2015年度における南阿蘇鉄道高森線の利用客はおよそ25万7000人、運輸収入はおよそ1億1000万円ほどでした。しかし、2016年度の利用客はおよそ3万7000人、運輸収入はおよそ1500万円となりました。いずれも約7分の1にまで落ち込んだ訳です。また、2019年度の運輸収入はおよそ2900万円でしたが、2020年度はおよそ1400万円に落ち込む見通しであるということです。ディーゼルカーの燃料、保線などの維持費用を考慮に入れると、存続は相当に厳しいということになります。
上記朝日新聞社記事には、高森線の全面復旧は2023年夏が目処とされているという趣旨が書かれています。しかし、問題は復旧のための費用で、総額でおよそ70億円という試算が出ています。このうち、鉄橋の架け替え工事の費用はおよそ40億円です。同線には第一白川橋梁という有名な鉄橋があります。水面からの高さが64メートルほどもあり、建設当時は日本一だったそうです。今年2月に撤去作業が始まったそうですが、この橋梁の掛け替えだけでもかなりの費用がかかるでしょう。
高森線の復旧費用の97.5%は国費で賄われることになっています。これは南阿蘇鉄道の社長でもある高森町長が国に要望したことによって実現した訳ですが、2.5%は南阿蘇鉄道が自ら支出しなければならないということでもあります。総額70億円と仮定すると、1億7500万円を南阿蘇鉄道が支出するということです。基金を取り崩しても足りないということになりますから、借金などをしなければならなくなるでしょう。もっとも、上記朝日新聞社記事によれば、高森線の沿線自治体である南阿蘇村と高森町(終点の高森駅のみ高森町が所在地です)が2021年度予算で赤字補塡を行うということですが、両自治体の財政力との関係はどうなのでしょうか。
それでも高森線を全面的に復旧し、豊肥本線への乗り入れを目指すようです。豊肥本線も高森線も国鉄の路線でしたし(高森線は豊肥本線の支線でした)、国鉄時代には直通運転も行っていたのではないかと思われます。その意味では自然な流れとも言えます。しかし、国鉄の路線であったはずの第三セクターの路線の多くは、国鉄→JRグループの路線との接続を切られてしまいました。立野駅では豊肥本線の線路と高森線の線路はつながっているようですが、直通運転などは行われていなかったのでした(但し、上記朝日新聞記事では「線路をつなぐための費用は4億2千万円と試算するが、国の補助金活用も想定して高森町と南阿蘇村で負担する考え」と書かれています。高森線全線復旧後に改めて線路をつなげるということなのでしょうか)。南阿蘇鉄道再生協議会がJR九州に対して豊肥本線への乗り入れを要望しているそうで、肥後大津駅までの運転が想定されているようです。ただ、それなりの費用もかかるでしょう。上記朝日新聞社記事では「JR九州に支払う線路使用料など費用の圧縮が今度の課題だ」と書かれていますが、これはJR九州が管理する立野駅への乗り入れのための費用ということでしょうか。南阿蘇鉄道の車両が豊肥本線に乗り入れるのであれば、JR九州が車両使用料を南阿蘇鉄道に支払うのではないかとも思うのですが、その調整も必要になるでしょう。
〈異なる鉄道会社の路線への乗り入れの際に、乗り入れられる会社は乗り入れる会社に車両使用料を支払います。東急田園都市線・東京メトロ半蔵門線・東武伊勢崎線・東武日光線、あるいは東京メトロ日比谷線・東武伊勢崎線・東武日光線というように相互乗り入れをしている場合には、車両使用料が相殺されるようにダイヤが組まれるのですが、京都市営地下鉄東西線・京阪京津線のように、京阪の車両が東西線に乗り入れるだけのいわゆる片乗り入れの場合、京都市交通局は京阪に車両使用料を支払わなければなりません。一方、京都市交通局の車両は京津線に乗り入れないので、京阪は京都市交通局に車両使用料を支払う必要がありません。〉
2023年に全面復旧し、豊肥本線への乗り入れが実現することが望ましいと思うのですが、それは2年先の話です。まずは全体の6割におよぶ立野駅から高森駅までの区間の復旧ですが、費用が莫大であるだけに、会社の命運をかけた作業となるでしょう。また、復旧したからといって利用客数および運輸収入がどの程度まで伸びるのかも未知数です。仮に高森線がJR九州の路線であったとすれば、復旧は断念されたのではないかとも考えられます(日田彦山線の添田駅から夜明駅までの区間について、鉄道路線としての復旧が断念され、BRT化されることを想起してください。この区間の大部分は福岡近郊区間です)。鉄道会社の規模からすれば、相当に大きな資金を必要とする復旧工事になることは明らかであり、沿線自治体の体力にも影響を及ぼしかねないだけに、非常に気になるところです。
ここまで記してきたのは、大分大学教育学部・教育福祉科学部に勤務していた7年間に、何度か高森駅へ行ったことがあるからです。南阿蘇鉄道高森線に乗ったのは1998年12月19日の一度だけですが、何度か、車で大分市から熊本市へ行った時の帰途に高森駅に寄りました。このブログに「南阿蘇鉄道高森駅」という記事を掲載していますので、御覧いただければ幸いです。