世界一周タビスト、かじえいせいの『旅が人生の大切なことを教えてくれた』 

世界一周、2度の離婚、事業の失敗、大地震を乗り越え、コロナ禍でもしぶとく生き抜く『老春時代』の処世術

世界の流れと日本の停滞

2012年09月21日 | 国際
世界は大きく変化している。

どう変化しているかというと


① グローバリゼーションの加速

グローバリゼーションとは何か。

それは、世界が一つに繋がっていくことを意味する。


そのつながりに入っていけず、指をくわえて傍観しているのが日本。

いつの間にか置いてきぼり。



② 経済体制の変化。

それは、社会主義統制経済でもなければ、

競争を前提とした資本主義自由主義経済でもない。


競争から共存へとシフトしている。

ここでも世界の繋がりの鼓動がある。


ポストキャピタリズムの後の形はまだ見えない。

見えるとすればそれは何か。



③ インターネットの進化

急速な情報社会の進展がますます世界を一つにしていく。

情報化に乗り遅れないことと、

振り回されないよう情報操作を誤らないことが肝心だ。



④ 生き方、働き方の価値観の変化

食べるため、お金を稼ぐためから人のため。

ライフスタイルの多様化。

仕事の選び方。



⑤ 世界構造の変化。

経済のみならず、

環境、エネルギー、人口問題、自然災害への対処の仕方を

個人の問題として考えなければならない。


国民から地球市民への意識の変化。




⑥ 加えて政府、政治の弱体化。

個人やグループ、コミュニティがより大きな影響力を持つ。




今日は変化とて停滞の課題を投げかけて、

日本の将来、変化に対応した日本人の行動、

めまぐるしく変わる世界の動向について


次回から折を見てつぶさに検証していきたい。



海外進出の条件

2012年09月19日 | 国際
何を基準に海外進出すればいいのか。

どの国の、どこで何をすればいいのだろうか。


今回に限らず中国の惨状を目の当たりにすると不安がよぎる。

大企業も、スーパーも、コンビニも、ユニクロも、

飲食店もことごとく被害に会い、閉店を余儀なくされている。


海外進出には当然リスクが伴う。

人件費が安い、景気が上向きで消費者が沢山いる。

これは共通項だろう。


安く仕入れて高く売る、のは商売の大原則だ。

今までは、安く仕入れるために人件費を極力抑えた

一種の搾取経済が成り立っていた。



だが、情報グローバリゼーションの現代、

旧然たる帝国資本主義的発想ではやっていけないことは自明の理である。


海外に進出するとき、特にアジアを想定する際に

アジア進出の必要性は十分に理解しているけれど

実際何をどうしたらいいのか分からない、


ということがまず挙げられるのではないだろうか。


さらに

日本の事業もやりながら新規にアジアビジネスを立ち上げるにはどうすればいいのか。


まず何を売ればいいのか。

どう展開すればいいのか。


現地に知人がいないし、言葉も通じない。

情報もPC上以外のことは分からない。

資金はどうするのか。

まずどこにアプローチすればいいのか。


こうした疑問が次から次と浮かんでは消え、

消えては浮かぶのではないだろうか。


こうした考えを抱く人は、そもそも

このまま日本国内で仕事をしているだけで本当に大丈夫なんだろうかと

将来に不安を抱いている人だ。


不安を抱いて当然だ。

不安がない人の方が怖い時代である。


海外(アジア)進出の課題は大きく分けて二つ。

① ビジネスモデルが構築できなこと

② 現地の人脈がないこと

―――――――――――――――――――――――――――――


いずれにしても、

現場に足を一歩も踏み入れないで語ることなかれ、と言いたい。


インターネット情報やセミナーに参加したくらいで

判断すれば痛い目に合うことは必至だ。


まず行って、現場を見て、

何かを感じて、そこから考えるべきだ。


そこで最も大事なことは、

自分の馬に合っているか、

そこの水が自分に合うか、


もっというなら、好きになれるか、ということだ。

好きになるのは、

その国自体であり、人であり文化、慣習であり、

食べ物であり、気候であり、臭いであったりする。


そして、宗教、政治。



嫌な国でいくら儲けるビジネスを構築したところで

長続きはしないだろう。


だからボクは、中国と韓国には歯牙にもかけない。


嫌われている国より、好んでくれている国の方がよっぽどやりやすいことは

分かり切ったことだ。



ズバリ、結論を言おう。

ベトナム、フィリピン、カンボジア、ラオス。


この4か国に集中すべきだ。


㊟ これはあくまでも、ボクの主観と好みによるものです。



【補足】

今回の尖閣問題でも、

アジアの国は、特にベトナム、フィリピンは中国からの侵略を受けているので

「日本を応援している」という。





The Philippines support Japan

戦争状態

2012年09月18日 | 国際
これは最早事実上の戦争状態といえる。

少なくともそう認識して事に当たらなければならない。


中国国民の過半数が戦争を望んでいるとも伝えられている。

だが日本人は、武器を使わない心理戦争を覚悟しなければならない。


これは、あくまで外交上の駆け引きである。


海上保安庁はあらゆる事態を想定して訓練を積み重ねてきていると信じたい。

あらゆる状態をシミュレートして、対処の仕方を叩き込んでいるはずだ。


これは企業戦略と通じるものがある。


うまくいくときは一通りでもよいが、

うまくいかないときは何百通りもある。


そしてその一つ一つに対処方法を想定し、

実際にシミュレートしておかなければならない。



果たして、中国はどう出るのか。

それに対して海保、日本政府はどういう手を打つつもりなのか。

自衛隊は?




中国が挑発行為に出ることは当たり前だ。

その対処法を一歩間違えば、中国の思わぬツボにはまることになる。


相手は、単細胞の気違いなのだから。


まともに対処しようものなら、難癖をつけてこちらが悪者にされることは分かっている。


体当たりしてきたらどうするのか。

上陸しようとしたらどうするのか。

上陸してしまったらどうするのか。

けが人や、死者が出たらどうするのか。

武器を使ったらどうするのか。


それでも不測の事態が勃発した時、

どこまで権限が与えられているのか。



的確な判断と行動が求められることは言うまでもない。


どう出ても、中国は日本を非難し、

犠牲者や過激派を英雄扱いするだろう。


バカの一つ覚えのようにいつもの作戦に出るだろう。

北朝鮮と体質は全く同じなのだから。


バカを相手の時ではないが、

襲いかかられてまで、手をこまねいていてはこちらが危ない。


細かく状況を撮影し、どんな場面に遭遇しようとも

国際的に正当防衛と言える状態を作り出すことが賢明だ。



日本人に犠牲者が出ることは極力避けたいが恐れていては、見透かされてしまう。

真のヒーローがこちらにあることを国際的に証明しなければならない。


そして国民一人一人が一丸となって事に当たる必要がある。

世界中が注視している。


毅然たる、しかも冷静沈着、正義を貫く姿勢が求められる。


ここで引けを取るようであっては、

ますます日本の価値は凋落の道を加速することになるだろう。


平和ボケの日本人、目を覚ませ!

心理戦争に備えよ。


震災の時見せた、さすが日本人と言える対処ができるや否や。

正念場だ。

刻々と変わる事態の進展に目を離してはいけない。

野蛮な国に明日はない

2012年09月16日 | 国際
外国に行くたびに

ボクは日本人として生まれたことに感謝させられる。


同時に誇りに思う。


特に欧米の人から未だに声をかけられる。

あなたのところは津波の被害にあわなかったか?と。


ボクの住んでいる九州は大丈夫でした。

と答えると、

それはよかったと言ってくれ、

必ずと言っていいほど付け加えられる言葉がある。



それは

Respectable people (尊敬すべき人々) だ。


あんな壊滅的被害にあっても

理性を失わず、お互い譲り合う姿。


略奪も暴力もほとんど起きない。


あれは信じられないと。

なぜ日本人はそうなのか?

と驚きの目を持って尋ねられる。



そして、日本に来たことがある人は口をそろえて言う。

日本人が自然に列を作って電車を待つ姿だ。

そして、降りる人を優先する。


日本では当たり前すぎて、

なんでそんなことに感心するのかと

こちらが驚くほどだ。


そんな時、ありがとうと言ってボクはこう答える。

日本は神(Shinto) の国です。


モラルを重んじます、と。

そういうと、大いに納得したように皆首を縦に振る。


――――――――――――――――――――――――――

ところがどうだ。

かの国は暴動、焼き討ち、略奪ときた。



手が付けられない。


当然新規ビジネスにも、在沖日本人の生活にも影響が出ている。

それだけでなく在日中国人も肩身の狭い思いをしている。


抗議は仕方あるまい。

デモも意思表示の行動として許されるだろう。


バカ民族としか言いようがない。

こんな国が、世界を率いれるはずがない。


暴力で人が従うか。

人も、民族も尊敬されてナンボだ。


―――――――――――――――――――――――――

竹島を実効支配しているもう一つの蛮国に対して

日本にあるその国の料理店を日本人が襲ったか。


焼き討ちしたか。

略奪したか。


相変わらず日本人はニコニコしながら〇国料理に舌鼓を打っているではないか。



大人しくなり過ぎたきらいは否めないが、

暴力に訴えるよりはましだ。


一部、戦争だと騒ぐ馬鹿者もいるにはいるが。


毅然たる態度を示すことは必要だ。


非暴力主義で民族を、国を救った英雄たちを見習いたい。

今、日本国民はその英雄になる資格がある。


日本国民がノーベル平和賞に値する民族であることは明らかだ。


その意気込みで事に当たれば、

必ず解決策は見えてくる。


話し合いの通じないかの国々の挑発に乗ってはいけない。

我々は選ばれし神の国の民族なのだから。



世界を歩けば

至る所で、日本人というだけで尊敬の念を抱かれるのだ。


日本人は、誇りと自信を持って世界に貢献しなければならない立場にある。


そして、世界はそれを日本人に期待する。

今こそ、日本人の日本人たる姿が光る時なのだ。




災害と、不況にあえぐ日本だが、

それを乗り越えた時、いっそう日本人が世界で輝きを増すのだ。


負けるな日本人!

ガンバレ、ニッポン人!
 










東南アジア進出戦略国際会議

2012年09月13日 | 国際
初の『東南アジア進出戦略国際会議』を行った。





テーマにふさわしく

ベトナムから二人、ラオスから一人も参加してくださった。


3人とも大学生で、起業家でもあり

まさに発展目覚ましい若いエネルギーを感じさせていただいた。


参加者は、多士済済。


エスティシャン、ラグジェリアン、ビューティコンシェルジェ、

古物業、通関業者、放送局の人、ショップオーナー、起業スクール代表

Dr,Fishを世界に広める人、古(いにしえ)の味を世界へと広める人、などなど

世界へ羽ばたこうという意気込みの人々が集まり、

熱気あふれる意見交換が行われた。



まず冒頭、

なぜ東南アジアなのかというくだりから入った。




それは、これから世界の中心は東南アジアになっていくというセオリーからだ。



各自自己紹介の後、それぞれの課題を述べていただいた。

これは、主体性を持った全員参加型の国際会議なのだ。


その後、


アジアをまたにかけて飛び回る無国籍人(?)から

ラオスについて講義があった。





続いて、ベトナムと日本の架け橋を掲げる美人講師によるベトナム情勢について。




話もさることながら、あまりの可愛らしさに皆ウットリ。



最後は、正真正銘ベトナム美人によるアオザイファッションショー。




スケベな(オッと失礼)オヤジ達がこぞってツーショット記念撮影となだれ込んだ。



       鼻血を出すもの、続出(?)


そこですかさず「男子限定ベトナム・ビジネス(?)ツアー」のチラシをばらまいた。


効果てき面、ピラニアのように食いついてきた(ジョーク)。

こちらは、マジ11月に実施する。


そして、アオザイを着たベトナム美人をゲットしよう!


最後は何の戦略会議だったのか、

いささか疑問が残った。


心地よい疑問だが。



そういうわけで、

具体的行動に移す段階が待っている。


みんなで協力、

みんなで楽しむがモットー



さあ、狭い部屋でウジウジしてないで

世界へ飛び出そう!








International Party

2012年09月09日 | 国際
新たなInternational Partyがまた一つ盛り上がりを見せている。

熊本の若い男性、こうし、たいしコンビがしかけたパーティだ。


外国人とお友達になりたいという人には

うってつけのパーティだろう。





だが、本当に外国人とお友達ンあるには、やっぱり、英語は必須だ。

そして、社交性、ユーモア、マナー。


パーティは、総合学習の場と心せよ。




ボクも素敵な彼女、いや友達をゲット。





フリートークのマンスリー・パーティとはまた一味違った雰囲気がとてもいい。

主催者の熱意や意図がにぎわいを誘う。


だけどやっぱり最後はこの人、マリアの歌で締めくくった。






熊本の若い人たちがが国際意識に目覚め、

こうして熊本在住の外国人ともっともっと交流を深めることは、


熊本を国際都市にするために必要不可欠なことだ。



フリートークは、こうした人たちを応援し、

協力を惜しまない。


若者よ、世界へ飛び出し、羽ばたこう!

活路は世界のいたるところにある。


それもこうした地道な一歩から始まるのだ。

彼は生きていた シリア編

2012年08月28日 | 国際
シリア人の知り合いから

ある筋を通して連絡があった。


連絡が取れなかったのでずっと彼のことを心配していたのだ。

シリアの痛ましいニュースを見るたびに

彼の穏やかな顔が脳裏に浮かんだ。


彼は今どうしているのだろう。

彼は生きているのか、と。


―――――――――――――――――――――――――――――――

去年の3月、留学生だった彼は日本からシリアへと帰国した。


ちょうどアラブの春が吹き荒れていた時だったが

「シリアは安全でいいところだよ。おいでよ」

と言い残して去っていった。


「ボクは、必ず行くからね、Keep in toutch(連絡取ろうよ)」と答えた。



彼がシリアに帰国した翌月、内戦が勃発した。

そして、一年5か月、国際社会の必死の努力にもかかわらず、

収まるどころか激しさを増しているのは周知のとおりだ。


――――――――――――――――――――――――――――――

その彼が以下のような便りをよこした。


Indeed, the situation is worsening everyday

but my family and I are still safe.


Sorry for the tragic lose of the Japanese journalist in Aleppo.

Since we are losing so many people here everyday,

hearing about death

became so normal thing and the lose of the Japanese journalist did not leave a big effect here

especially that the government declined responsibility

due to the unauthorized entry to Syria (according to what they said).

Another Japanese journalist contacted me a while ago to arrange visiting Syria

but I explained to him the situation and how dangerous

it is to enter without permission.


This year, summer is not that hot as usual here.

At least I can enjoy the dry air.

I miss Kumamoto so much

and I am making efforts to obtain another scholarship to leave to Japan or any other place.



【和訳】

本当に状況は日に日に悪くなっていますが、
私たち家族は皆まだ大丈夫です。

アレッポでの日本人ジャーナリストの悲劇につきましては、こころからすまなく、残念に思います。
でも毎日たくさんの人が死んでいますので、死の知らせを聞くことが日常茶飯事になっていますので、
日本人ジャーナリストの死は、ここでは何の大きな影響もありません。
特にその女性はシリアに不法に入国しているので、シリア政府は責任を否定しています。
(と政府は発表しています、真実は分かりません)

しばらく前のことになりますが、別の日本人ジャーナリストが私にコンタクトしてきて、
シリアに来れるように手配して欲しいと頼んで来ました。
私は彼に状況を説明し、無許可で入国することがいかに危険な事かを説明しました。


こちらの夏はいつもより暑くないです。
(戦争で大変ですが)少なくとも乾燥した夏は楽しめます。

熊本が本当に恋しいです。
日本、またはどこでもいいんですが、どこかここを脱出できるように、
どこかで奨学金を得るため、色々努力しているところです。

     (通称ミルクさんのブログから抜粋)




―――――――――――――――――――――――――

ニュースでは伝わらないシリアの様子や

彼の気持ちがよく分かる。


アサド政権が査証(ビザ)発給をごく少数に絞っているため、

反体制派の協力でトルコからひそかに越境して取材に当たる

欧米やアラブのジャーナリストも少なくないといわれ、

山本さんらもこのルートを使ってアレッポ入りし、悲劇に遭ったとみられている。



シリアではこれまで数千人から数万にの人が犠牲となっており、

その大多数は一般住民といわれる。


多い日は、一日200~300人の人が犠牲になっているという。


町に地獄絵が描かれ続けられている。




「人が死ぬのが日常茶飯事になっており、

死について何も感じなくなっている」


これが戦争(内戦)なのだ。


戦争(内戦)では、殺人が正当化される。



全く痛ましい状態だ。



―――――――――――――――――――――――――――――

ボクはこのニュースを伝えてくれた人に

彼を何とか助ける手立てはないものか尋ねた。


何かボクにできることはないか、聞いた。



それに対して以下のような返事がきた。


「私は何もできませんが、

大学の先生関係、NGO等が色々力を尽くしてくれていると思います」 と。



スピルバーグ監督の作品で

Saving Private Rian (邦題;プライベイト ライアン)」

という、トムハンクス主演の戦争映画があったが、


”Saving him” と訴えたい心境だ。


行けるものならすぐにでも飛んでいきたい衝動に駆られる。




だが正直、事実何もできない自分にイラつく。


それでも、我々は

「人生にイエス」 と言わなければならないのだ。

なぜベトナムなのか

2012年08月23日 | 国際
なぜボクはこうまでもベトナムに魅かれるのか?


5年前、初めてベトナムを訪れて以降、

足しげく通い始めた。


年に3~4回、今まで通算16回の訪問を数える。



アジアには

韓国(5回)、中国、香港(3回)、インド、ネパール、モンゴルを始め、

東南アジアでは、ベトナム以外にタイとフィリピン、

それにカンボジア(1回)、ラオスしか行っていない。


まだ、少なくとも

インドネシア、マレイシア、ミャンマー、バングラデシュには行かなければならない。




それなのに

なぜベトナムだけにこんない飽きもせず通うのか。

理由を述べよう。


何か得体のしれない蠢きのようなエネルギーを感じるのだ。

まるでパワースポットに入り込んだような波動がある。






ただ混沌としたインドとも違う、

エジプトのカイロとも違う、

モロッコやトルコの旧市街の猥雑さとも違う何かを感じた。


若さと、未開と、そして発展を遂げる国といったイメージだ。



ベトナムには大きく分けて3カ所の見所がある。

北のハノイ、

中部のフエ、ホイアン、

そして南部のホーチミンシティ。


それぞれに特徴があり、顔が違う。


日本の町や、多くの国の町の顔が

金太郎飴のように今何処へいっても同じに見えるだけに、

ベトナムのそれぞれの町の顔は際立つ。



東の海、西の山、山紫水明に富む。


ベトナム国内には50以上の民族が生息しており、

ラオスや中国との国境にほど近い山岳少数民族の生活も興味深いものがある。


そしてそのほとんどが、ベトナム国民として平和に暮らしている。

中国とは雲泥の差がある。



―――――――――――――――――――――――

ボクが行くのは主にハノイだ。


旧市街に宿をとることが多い。

10日間、ハノイを動かなかったこともあるが

ピープルウォッチングだけでも飽きない。






極度の喧騒の中は、自然に似る。

東京で人ごみの中にいると不思議と孤独を感じるのと似ている。


周囲の人々やビルが視界から消え、

まるで草原の真っ只中に放り出されたような感覚を覚えるときがある。

それに近いのだ。


内陸なのに湖が多く街の至る所でオアシスを感じさせる。





ハノイを漢字で「河内」と書くのもその由縁だろう。


日本と同じお米の国である。

2毛作、3毛作で取れるため、コメを輸出している。

水田が多く、日本の原風景を感じさせてくれる。


――――――――――――――――――――――――

まだまだある。

とにかく若い。

10代後半から働いている。

それがエネルギーの源だろう。

日本が失った大きな財産がそこにはある。



共産国でありながらまったくその匂いがしない。

庶民の暮らしを見ていると自由そのものだ。


もちろん、汚職や賄賂はつきものだが。


そのくせ安全である。

夜道を歩ける安全性はどこより勝るだろう。

もちろん油断は禁物なのは何処も同じだが。



食べ物に関して言えば日本人の口に合いやすいものが多い。 

香草は好き好きだが、野菜を多く使うのは日本食より健康食かもしれない。

ライスペーパーでクルリと巻いた生春巻きはボクの大好物だ。





そして、お米の国なのに、これまたパンが美味い。

それも、フランスパンときた。

そもそもフランス領だったところから来ているが

コッペパンのような形をしていて、外がパリパリで中はフンワリ。

サンドイッチがよく似合う。



宗教面においても、日本と同じ大乗仏教の国であり

お寺は町の各所にあってもさほど宗教臭くはない。


それとお箸の国であることも日本と共通している。

何より、親日的である。

これは、韓国、中国と比べれば実にありがたいことだ。

日本人というだけでリスペクトされる雰囲気がある。



ボクを最初に虜にしたのは

ビールとコーヒーの国でもあったことだ。


男たちは昼間から路上の低い椅子に腰をかけて

ビールジョッキを煽っている。


「昼からビール」はボクの大好きなライフスタイルだ。


それに、街中のいたるところにカフェがあって、

コーヒーのいい香りが漂っている。



ボクの嗜好にピッタリ合致した。





ベトナム人は一般に勤勉で手先が器用だ。

そして性格的には、明るい。

まるでラテン気質を持っているかのような錯覚に陥る。


それでいて

アメリカを打ち負かすような底知れぬしぶとさを持っている。


ベトナム戦争が尾を引いているのか、

アメリカ文化の匂いがしない。

マックもスタバもサブウェイもセブンもない。

どこか物足りなく、ホットもする。


むしろ、建物に見られるフランスの風が優雅さを感じさせてくれる。


忘れてはいけないのがベトナムの女性だ。

ベトナムの女性はよく働く。

男がだらしない分、女がガンバル。


だからベトナムの女はやたらと強い。

夜の営みに関してはなおさらだ。


結婚すると、男はみんな奥さんの顔色を見ながら

戦々恐々と暮らしている。

時に滑稽だ。


それもまたベトナム女の魅力なのだが。

アオザイ姿がそれをまたそそる。











まあ、そんなこんなで

ボクもドツボにはまり込んでしまったわけで・・・。


結局は、そこかい?なんてヤボなことは言いっこなしだよ。



さあ、男諸君!

ベトナムに行きましょう、ベトナムに。


もちろん、女性にも良い国ですゾ。

東南アジア進出研究会発足

2012年08月22日 | 国際
世界はこれからアジアの時代になることは

多くの知識人の間ではもはや常識化している。



まずこんな記事がある。


アジアの国と地域が2050年までに

市民の所得の高さで世界トップ級に浮上する。

一方で、日本は低成長国の筆頭となる。


これは、英ナイト・フランクと米シティグループ系の金融機関がまとめた

世界の富裕層の動向報告書2012年版で明らかにした。
    (ネタの出どころ CNN.co.jp)



さらに

2010年から50年までの40年間で、

市民の1人当たり所得はシンガポールが13万7710ドル(約1090万円)となり、

世界首位に浮上
する見通し。

次いで香港(11万6639ドル)、

台湾(11万4093ドル)、

韓国(10万7752ドル
)の順となり、

アジアの国と地域が上位を占める。


欧米諸国のうち上位5位に残ったのは米国のみで、

1人当たり所得は10万802ドルの予想だ。



また購買力平価でみると、

シンガポールの1人当たり所得は

2010年の時点で既に推定5万6532ドル(約449万円)と世界最高の水準に達している。

次いでノルウェー(5万1226ドル)、

米国(4万5511ドル)、

香港(4万5301ドル)、

スイス(4万2470ドル)
の順となっている。


1980年代に大西洋中部にあった世界経済の「重心」は、

2050年にはインドと中国の中間あたりの地点に移ると予想されている。



目覚ましい経済成長が予想される筆頭国は

ナイジェリア、

インド、

イラク、

バングラデシュ、

ベトナム、

フィリピン、


モンゴル、

インドネシア、

スリランカ、

エジプトが挙げられ、

上位10カ国中7カ国をアジアが占めた。



一方、「旧世界」の経済活動は成長の低迷が予想され、

中でも人口の高齢化が進む日本は最も成長が見込めない国の筆頭とされた。


次いでスペイン、

フランス、

スウェーデン、

ベルギー、

スイス、

オーストリア、

オランダ、

イタリア、

ドイツの欧州諸国も低迷が予想されている。




―――――――――――――――――――――――――――――

ナントも情けなく、恐ろしい話ではないか。

それでもあなたは日本だけにしがみついて生きるつもりですか?


日本は良い国です。

だけど、もう一か所生産&生活拠点を設けておくことは

決して損な話ではないのではないだろうか。



だからボクはアジアへ行こうと呼びかけた。

特に、東南アジア、

その中でも、ベトナムへと。


しっかり上記の成長国に入っているではないか。

ボクの目に狂いはない!(ちょっと自信過剰)



ただし、

インドは政治汚職やインフラ整備が追いつかず伸び悩んでいるし、

中国も人件費高騰により工場の米国回帰など起きているだけに、

中国依存は現在よりも下がっている可能性は高い。


それにここで挙げられた国々は政治と治安の不安、リスクがある。


といった情報もあるので、手放しでは喜べない。

むしろ要注意である。




――――――――――――――――――――――――――――――


だが、正直なところ

どうして進出すればいいのか分からないのが現状だと思う。


ボクもまだドップリ試行錯誤の中にある。


苦し紛れに現地のコンサルなどに頼もうなどしたら

膨大な費用を請求された挙句、

ロクなネタを提供されかねない。


ここは自分の足を運んで

自分の目で確かめなければ失敗する確率大だ。


だから『ベトナム面白人生を発見する旅』

http://blog.goo.ne.jp/dreamincountry/e/7e5ce8c638950cf5501af6648b18fe6b

を企画した。


既に2人の人が興味を示している。


これを機に、

ベトナムに限らず、フィリピン、バングラ、スリランカ、

ミャンマー、カンボジア、ラオス、インドネシア、マレイシアなどなど


東南アジアに特化して

どうすれば進出できるかについて討議していきたいと思っている。



情報を共有することで、

それぞれがお気に入りの国で、

やりたいことをやれるようにみんなで考えていこうというものだ。



そこで

『東南アジア進出研究会』を立ち上げることにした。


これはビジネスのみならず、

生活面でも考えていく内容を盛り込んでいる。




日本を捨てよといっているのではない。

これからは日本以外に少なくとももう一つは生活拠点を築いておく必要がある

と言っているのだ。


半年は日本、

後の半年は東南アジアで暮らす。


ナントもいい話ではないか。

考えただけでもウキウキワクワクしてくる。



『東南アジア進出研究会』の会合日時は

例によって追ってfacebookのイベントでお知らせします。


さあ、お金をためて、東南アジアへいこう!!



【補足】

11月にベトナムへ行くときには

それぞれの企画課題を携えて行ける状態にしたいと思ってます。


ボクは、

既に着物でアオザイを作りその販売先を探しています。

ベトナム、日本双方で。




さらに、

今や全国区になったくまモン

招きくまモン貯金箱を陶器で作らせようと考えています。


これは、ハノイ近郊にあるバッチャンという陶器の町で

『招き犬ラッピー』を作らせ

100体輸入した経験があるからです。


      招き犬ラッピーは現在も販売中です。



その他コーヒー関連の事業、

クールジャパン計画など進行中です。


以上参考まで。


※ 事業の協力者、パートナーを募集しています。

 一緒に海外進出しませんか。

関心のある方は、お気軽にお問い合わせください。

dreamincountry@gmail.com

または

090-2078-4971 かじえいせいまで。

ヘルシー料理は良いけれど

2012年08月05日 | 国際
またまた生きて帰ってきた。


無事ミッションを終えて。

事故も、けがも病気もなく。


悲しいかな

10日で4キロ太ってしまった。


ベトナム料理は全く美味いから。

飲んで、食って、食って飲んだ。





雨季だというのに

ピーカンと晴れて、陽射しが暑い。

余計にビールが進む。






今回は、

高級ホテルに泊まり、

食事はホテルのレストランや

今まで行ったことがに様な値の張るレストランが多かった。


   Cha Ca 料理専門店


   Sea food レストラン


     シーフードは特に美味い!



    普段はこういう道端ばかりで食っている




さらに今回は移動はすべてタクシー。


今までのハノイの旅では有り得なかった。

ほとんどバイクでの移動だったから。





太っても不思議ではない。


またすぐ元に戻るだろうが。

エスペラント世界大会閉幕

2012年08月04日 | 国際
1週間に渡った国際行事が幕を閉じた。






いろんな体験をさせてもらった。


エスペラントも初めてだし、

世界大会も初めてだし、


全盲の人のお世話も初めてだった。


15~6回目のベトナムだが

今まで知らなかったベトナムにも触れた気がした。


     こんなことも今までなかったし


その意味で充実した10日間であった。



最後に訪問団一同との会食を済ませて

今夜遅く帰国の途に就く。


盲人協会を訪ねて

2012年08月03日 | 国際
ベトナム盲人トレーニング・リハビリセンターを訪ねた。






ここには8年前、

JICAで1,000万円をかけてPCと点字プリンターを寄贈して

盲人のスキルアップに貢献した日本人がいた。


     PCと左側にあるのが点字プリンター


     プリントアウトされた点字







日本における盲人は約30万人。


ベトナムは倍の約60万人で、

そのうち半分の約30万人が子供だという。


これはベトナム戦争における枯葉剤の影響が強いといわれる。













       ブレードメモポケットとよばれる小型の点字用のメモ
        22~23万円するそうだ


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その日の夕食をごちそうになった。


   看板にある BIA HOI とは、生ビールのこと

余談だが

最初に覚えたベトナム語は、

「エモ~イ、ビア・ホイ!」 だった。


これは、「おねえちゃ~ん、生ビールちょうだい!」という言葉。

まあ、日本では「とりあえずビール」みたいなものだね。


何といっても何処の国に行っても、

ボクにとっては生きていくうえで最小限必要な言葉だから。



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よく「自分探しの旅」などといわれるが、


むしろ

「未知の世界探しの旅」 といった方がいい。


あるいは、出会いと巡り合う 「人探しの旅」といってもいいかもしれない。


ボクはまた未知の世界を知ることができた。


今のところ五体満足であるが

いつ自分自身も不自由な身になるか分からない。


日本には82か所の点字図書館があるという。


ベトナムには一か所もないらしい。

だから彼らは日本の力で何とか作ってほしいという。


そしてそれを実現しようとする日本人がいる。


彼らから

勇気をもらい、希望をもらい、エネルギーをもらった。


これらは日本だけに居ては感じなかったものだ。



未知の世界がある限り、

巡り合う人々がいる限り


旅を続けなければならない。


それによって自分は一つずつ成長していくのだから。


旅のもう一つの意義は

「成長の旅」 ともいえるだろう。


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おまけの写真


エスペラント語の実態

2012年08月02日 | 国際
エスペラントの世界大会も残すところ実質あと3日間となった。


毎日勉強会やイベント、ツアーなど、

さまざまに予定を組んで取り組んでいる。



そもそも人造語である。

母国を持たない。


それぞれの国で愛好家が練習するしかないのだ。


だからこそ一年に一回どこかの国で開かれる

アジア大会や世界大会が日ごろの勉強の成果の唯一の見せ場なのだろう。


だから、このグループ内では当然エスペラント語を公用語として使う。


だが、その程度も様々。

流暢な人から片言な人まで。


もともとネイティブなるものがいないのだから。



ツアーガイドのベトナム人も

英語とエスペラント語の二人体制で臨む。



参加国は62か国に上るが

ポーランドが発祥の地というだけあって

圧倒的にヨーロッパ勢が多い。



日本勢は総勢53名。

東日本勢が圧倒的で、西日本からはわずか9名だ。


意外と少ないのが中国人と韓国人、それにアメリカ人だ。

ツアバスの中でも一人としてお目にかからない。


だからか、静かでいい(?)。


ただ、なんとなく宗教団体っぽい雰囲気がして疎外感を感じてしまうのは

ボクがエスペラントをしゃべらないからなのだろうか。


もっぱら英語の通訳者と話すボクは異端扱いされているような気がしてしまう。



それもそのはずだ、

ボクはあくまでも全盲のエスぺランチストの介添え役なのだから。


その彼ももっぱら観光を楽しんでいる。



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この日も片道4時間半かけて、

一日山岳少数民族巡りを楽しんだ。


ラオスの国境近く。

ベトナムには50以上の少数民族が共存している。


内陸なので農業が主な産業なのだろうが

観光もうまく生かして日銭を稼ぐ。




      民族舞踊を堪能




      民族酒(どぶろく)を戴く
      竹をストローに飲むのだ



     可愛い子に魅せられてお土産もつい買ってしまう



雨季だというのに雨に当たることは少ない。

この日も、じりじりと太陽が刺す。


これも晴れ男の面目躍如といったところだろうか。


後は、暑さでのどを潤すため飲んで、飲んで、飲んで、



飲んで



飲んで



アー、満足!
   


最後は牛さんと仲良くなったヨ。


若さの源

2012年08月01日 | 国際
全盲の老人と過ごして1週間。

予定の半分が過ぎた。


強硬スケデュールにいささか疲れ気味だ。



エスペラントの会合というより

観光に重きを置いたスケデュールが組まれている。


ボクも今までに行ったことのないところが多い。


訪れる先は、寺院やお土産屋が多く少々辟易している。




夕食に久しぶり日本食屋に彼を連れて行った。

ボクも時々通うところだ。


スタッフはみんなベトナム人だが日本語をそこそこ話す。



外のバイクの洪水といい、

カラオケ、マッサージの若いスタッフに囲まれて

慣れるにつけ彼もはしゃぎだした。



盲学校の教員上がりで、

今までこうした環境は経験がなかったのだろう。


日本語ができるスタッフと陽気に会話を楽しんでいる。

そして、ついにメルアドまで聞き出した。




2歳の時に失明したという彼は

声からしか相手のイメージを計れない。


可愛い子といっても

どんな子がかわいいのかという基準が分からないという。

 
      ベトナム製日本酒? ベトナム酒だろう



そして、言った。

若くて可愛い子に興味を持つなんて考えもしなかった、と。


かじさんといると若返る、という。


そう、まだ老け込む歳じゃないですよ。

世界にはこんなエネルギッシュなところもあるんです。


もっと楽しみましょう!


今日も一日ツアーで山岳民族に会いに出かける。



彼にとっても新しい発見ができると嬉しい。

平和の言語

2012年07月31日 | 国際
世界大会であり

ベトナムにとっては国際会議の一環としての国家事業だから


当然といえば当然なのだが、

マスコミ各社も沢山集まった。


そしてテレビに新聞を総ナメにした。


これはベトナムの英字新聞の記事だ。




      世界を繋ぐ平和の言葉として紹介されたエスペラント



なんといって

ベトナムの副首相(左側の女性)が出席したほどだから

国家事業としての力の入れようが分かる。



参加国62か国の

ハノイにある各国大使も大勢参加した。



そんな中、日本はといえば、

ナント大使の秘書が来ていただけだった。



ボクもJICA時代、

日本大使館を表敬訪問し、当時の大使には面会したが、


言葉に自信がないのか、

エスペラント世界大会なんてと軽視ているのか、

はたまた、接待ゴルフに出かけているのか、


ナントも日本人としては肩身の狭い思いをした。



こういう時に顔を売るタイミングを逃すのが

日本政府ののバカさ加減を露呈する場面。


これじゃあ、いつまでたっても外交べたから抜け出せない。




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日本人は

民間外交の方が光る。


個人的に頑張っている人はたくさんいる。


手前味噌だが、ボクもその一人。


     昨夜の晩餐会でオランダ代表と



草の根外交、国際貢献は政治家以上の意味絵を持つ。


能無し政治家なんかに頼っていては

いつまでも日本は浮上できない。


一人一人が外交官として

世界に羽ばたく時が来た。