流浪オヤジの探検日記

KOBEを拠点に各種イベントや名所・旧跡を見て歩き、紹介していきます。

第五福竜丸展示館

2013-05-12 | 博物館・資料館等
第五福竜丸展示館は、江東区に所在する夢の島公園の敷地内にあります。


展示主体となる「第五福竜丸」は昭和29年3月1日、アメリカ軍の水素爆弾実験
によって発生した多量の放射性降下物を浴びた、遠洋マグロ漁船の船名です。


「第五福竜丸の大漁旗」
本船は、静岡県焼津市の清水港を母港としたマグロ漁船でした。


館内では、第五福竜丸の被爆時からその後の経緯について説明されています。


「第五福竜丸の航海図と被災位置」
本船はマーシャル諸島共和国にあるビキニ環礁において、米軍による水爆実験
「キャッスル作戦」に巻き込まれて被爆しました。


「読売新聞 昭和29年3月16日付」


「漁船 第五福竜丸模型」(縮尺1/30)


“木造遠洋マグロ漁船「第五福竜丸」の絵とき”


昭和22年、和歌山県にて建造され、当初はカツオ漁船でした。


その後、静岡県焼津市でマグロ漁船に改造され、第五福竜丸となります。


「エンジン・シャフト」


「上甲板」


「操舵室」


「船首」
本船は帰港後、検査と放射能除去が行われた後に三重県伊勢市大湊町の
造船所にて改造され、東京水産大学・練習船「はやぶさ丸」となります。
そして昭和42年に廃船となりました。


「第五福竜丸エンジン」
屋外にて展示されています。


エンジンは、廃船時に船体から切り離されて貨物船「第三千代川丸」に搭載
されますが、この貨物船は昭和43年に航海途上の三重県熊野灘沖で座礁、
沈没します。


その後、平成8年12月、有志により海底から引き揚げられ、第五福竜丸展示館
の側に展示されました。


「マグロ塚」
第五福竜丸と同じく、放射能に汚染されたマグロは中央卸売市場築地市場の
一角に埋められました。
この様な被害が再び起きないことを願って、マグロ塚を作ったとのことです。


「久保山愛吉記念碑」
第五福竜丸無線長・久保山愛吉さんは、昭和29年9月23日に逝去。
記念碑には遺言である「原水爆による犠牲者は、私で最後にして欲しい」が
刻まれています。


本展示館の全景です。

今後とも、これらを風化させることなく、次の世代へ伝えていくことが大事だと
思いました。
二度と引き起こされることのないことを願いとして。

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