JR八雲駅。
場所は、私の住んでいた当時(1981年4月~84年3月)と当然ながら変わっておらず、外観も、色は変わっていると思うけど、建物の作りそれ自体は変わっていないと思います。
これはさすがに当時はなかったですね。
ここに描かれている「徳川義勝公」については、後日、別な記事で触れたいと思います。
駅の内部。
右奥の自販機のある辺りには、当時はKIOSKがありました。
同じように、かつてKIOSKのあったスペースが自販機スペースになっている駅は全国に沢山あると思います。
今もそうだけど、八雲町内には書店が少なく、住んでいた頃は、愛読書だった「テレビランド」(徳間書店)をここで買った思い出もあります。
駅の外へ出てみました。
今は道道になっていますが、かつてはこの道が、八雲町内のメインストリート、国道5号でした。
現在の国道5号は、バイパス形式で海側へシフトしています。
このお店のあった場所に、当時、化粧品や衣料品、文房具や書籍などを取り扱うお店がありました。
「井筒屋」という名前で、ここで買ったことを今でも覚えている本があります。
画像はお借りしてきたものですが、「秘密戦隊ゴレンジャー」から、昨日もちょっと触れた「太陽戦隊サンバルカン」までの5大戦隊の大図鑑。
手放してしまったことを心底後悔している本の一つです。
「まんだらけ」や神田の古書店街などで根気よく探してはいるのですが・・・。
当時から残っている建物はほとんどないと思いますが、この旅館は、建て変わってはいると思うけど、旅館自体はここにありました。
実は、八雲を離れてからちょうど10年が経った94年の春に、札幌から八雲へ一泊の旅行をしたことがあって、そのとき、ここの旅館にお世話になっていたことがあります。
写真の家具屋さんも、恐らく当時はなかったと思います。
こんな記事を書いていました。
もう40年も前の話だから書いちゃうけれど、この記事で書いている相手の実家は、当時このメインストリートでお店を経営していました(何屋さんかは、個人の特定防止のために割愛)。
今はどうしているのかな・・・と、たまに思い出すこともあります。
機会があれば再会してみたい気持ちは勿論あるけれど、元気で幸せでいてくれればいいなと思います。
この郵便局はですね・・・、多分当時からこの場所だったと思います。
ここを利用したこともあるとは思うのだけど、自宅のあった住宅街の方に小さな郵便局があった(今もある)ので、そっちの方が記憶に残っています。
写真右側のビルは、転勤族だった私の父親が勤めていた、某電信電話会社のビル(当時は公社でした)。
あの頃は、家族ぐるみのレクとかが沢山あって、社屋内で開催されたレクにも参加したことがあるのを覚えています。
そんなこんなで、当時からある建物も少なくなってきたな~と思いながら歩いていましたが、このお店、金物屋さんなんだけど、このお店は、間違いなく当時からそのままです。
店名は、写真のアルファベット表記ではなく、漢字表記だったはずだけど、間違いなく当時から同じ場所にありました。
こういう場所を見つけると嬉しくなりますね。
とまあそんなこんなで、40数年前に思いを馳せた町中探索、色々なことが思い起こされて良かったです。
久しぶりに訪れた町、思い出の場所が多いですね。
木彫りの熊、何気ない民芸品だと思っていましたが
冬の間の収入源として農家の方々に作るよう奨励
されていたというのは考えてもみませんでした。
ところでナナマガラーさんはテレビランド派だったのですね。
わたしはテレビマガジンを愛好していました。
>ナナマガラーさん、おはようございます。... への返信
いつもコメントありがとうございます。
八雲町と木彫り熊の関わりについては、来週、関連記事をアップしますので、またお付き合いいただけると幸いです。
ammoniteさんはテレマガ派だったんですね。
私も、テレマガも何度か買ったことはありますよ。
「てれびくん」とか「冒険王」なんかも、数は少ないけど買ったことがあります。
あの頃はヒーローものに夢中の日々でしたね。