子供のころから、何月何日が何曜日であるかを覚えることが得意だった私(こんな具合)は、現在でも、何月何日何曜日という単位で、懐かしい出来事を思い出すことが多い。
今年は、私が高校3年生だった平成3年(1991年)と曜日の配列が同じなのだが、そんな平成3年の6月30日(日)は、私にとっては一生の思い出なっている、「高校生クイズ」こと「全国高等学校クイズ選手権」の北海道大会が開催された日。
1年生のときから、「高校生クイズ」はもとより、「アメリカ横断ウルトラクイズ」や、この当時各局で放送されていたクイズ王決定戦番組などを録画して何度も繰り返し見たり、番組の本を繰り返し読んだりして対策を練っていた私は、三度目の正直で今年こそはと意気込んで出場したものの、結果は、最初の「YES・NOクイズ」第四問で無念の敗退。敗退したときの問題に対しては、正直ちょっと物申したい部分もあったりしていたのだが、それでも敗退という現実は受け入れなければいけないということで、悔しさを胸に秘めながらも、そのまま退場と相成った。
なんだけど、1年生のときと2年生のときは、「YES・NOクイズ」が終わるまでは会場で見ていつつも、終わったらそのまま会場を去っていたのだが、このときは、一緒に参加していた同じ中学出身の友人(高校は別)の同級生が、見事に敗者復活を遂げて2回戦に進出したので、そのチームを応援すべく、2回戦以降も会場に留まってクイズの様子を見ることができた。
残念ながら、その敗者復活チームは準決勝で敗退してしまったのだけど、準決勝が終わった後、敗退チームを最寄駅まで送り届けるためのスタッフの車に、私たちも図々しくも同乗させてもらい(今から思えば定員オーバーだったのだけど、まあ時効ということで。)、それが私にとっての「高校生クイズ」最後の思い出となった。
また、「YES・NOクイズ」と2回戦の間に会場をブラブラしていたら、この年からMCとなった福澤朗アナが休憩しているところに偶然遭遇し、声をかけたところ一緒に写真を撮っていただくことができた。1年生のときと2年生のときにも、当時MCだった福留功男アナにも一緒に写真を撮っていただいていたのだけど、その写真は、今でも大切に保存しているので、一生の思い出として大切にしていきたいと思います。
あれからもう28年か・・・。今振り返ると、3年生だった平成3年は、高校時代で最も充実していた年だったので、これからも何回か、その年の出来事について書くかもしれません。勿論、その出来事があった同じ日に。
なので、次に28年前を振り返る記事を書くとしたら、考えられるのは、8月17日(土)かな・・・と思ってたんだけど、そのことについては、12年前に既に書いちゃってました(こちら)。
ならばどうしよう、まだ書いていないネタで、今思い出してもスラスラと書けそうなこと・・・、ま、何かあったら書いてみたいと思います。
(「高校生クイズ」の思い出をざっと纏めた記事がありました。こちらを。)