龍の尾亭<survivalではなくlive>版

いわきFCの応援、ソロキャンプ、それに読書、そしてコペンな日々をメモしています。

Mercedesのc220d購入記その⑦(終わり)

2019年09月09日 22時03分23秒 | クルマ

さて、やっとC220dの契約を本気でするに至りました。
オプションは全部入っていて、新車価格が710万円。新古車だからそれが500万円弱。諸経費含めると500万円をオーバー。

ETC2.0もあり、カメラもつけてくれ、車体のコーティングもつき、だというので、低年式のデミオに下取りを変えて、ざっと総額500万円。
レヴォーグの下取り200万円とすれば、300万円での購入になりますが、家族価格でレヴォーグを購入してもらったので実質三百数十万の支払い。
でも、ワゴン4WDをいつでも家族から借りられるメリットがあり、自分で2台持ちする必要もなく、息子も満足。

というわけで、契約することになりました。
だいたい納得したものの、しかしどうしても新古車とはいえ実車があるのに試乗しないでお金を払うのはちょっと、ということで、ナンバーが付いた時点で試乗をさせてもらうことにしました。
試乗といっても契約自体は済ませているので、異常がなければ支払いはするわけですけれど、まあとにかく乗ってみないと。

結果、さくっと一回り乗っただけですが、一応納得。支障はないからとにかくディーゼルターボを乗り倒そうと決意。

2019年9月5日が納車になりました。

納車のとき、ドキドキした度合いでいうと、ロードスターNCの時以来でしょうか。ロードスターは初めて乗ったときがあまりにも一大衝撃だったので、納車のときはワクワクしたものの、出会いのドキドキはそれほどでもありませんでした。
このC220dはワクワクというよりドキドキの方が強かったように思います。
右側のコラムがシフトノブ、左側がウィンカー(とワイパースイッチ)なので、「左、左」と呪文を唱えながらの初日運転でしたが、感想は

「圧倒的に素敵」

でした。用途や好み、道具に対する姿勢によって全く違ってくると思いますので、何がいいかはあくまで人それぞれですが、私にとって、そしてCクラスを乗るという点からいうと、余裕のある、そして高回転まで回して飛ばすものではないこの2.0リッターのディーゼルターボのエンジンは、Cクラスらしさを味わうために最適解だったと思います。

元来、レガシィ、レヴォーグの前はロードスターNCを10年乗っていたわけで、私はどちらかというと多動症的にハンドルを切っていれば楽しいタイプです。メルセデスに乗る理由は、その性向からいえばそんなに強くありませんでした。ただ、亡妻がメルセデス好きで中古のAを乗っており、息子にも強くCクラスワゴンを勧めて載せていたので、彼女がブランド好きなのは知っていました。
5月に彼女が亡くなって、気分を切り替えようと思っていたときに、思い出したのが去年買おうとして諦めたCクラスでした。
仕事を辞めたらゆったり彼女と長距離の自動車旅行をしたいね、と常々言っていたことも思い合わせ、ゆったりといい気持ちで長距離を旅する最適解かもしれないと考えてc220dを購入したのでした。

買った当日に福島往復、翌日に東京往復、と600キロ強を運転しましたが、燃費はいずれも車載のコンピュータで23km/L~24km/L。満タン計測でも20km/Lを越えていました。

唯一気になったのは、コンフォートで低速発進したときに、意味なくギアチェンジ前に回転が上がるという挙動があったことでした。
普通燃費重視なら、2000回転より下でギアチェンジしても良さそうなのに、意味なくギアを保持してしまう瞬間がたびたびありました。
アクセルの踏み具合で回避できるのでしょうが、発進直後だけときたま、なのでちょっとまだ把握しきれていません。

あとは、不満なし、かな。

運転支援系のシステムは、ブレーキを踏みきって停止するときの感触は、レヴォーグの方が自然です。最後までぎゅっと踏むのがC220d。ふっと最後に人間にちかく衝撃をなくしてくれるのがレヴォーグ。アイサイト、やるなってところです。
しかし、アタブティブヘッドライトはLEDで細かく対向車が眩惑しないよう制御してくれるシステムが秀逸。マツダと並んでいますね。レヴォーグは上下の制御だけです。
あとは、車線中央維持装置は、レヴォーグはスイッチが入ったり切れたりが忙しく、そのたびにピカピカアラートが出るので人によってはうっとおしく感じることがありそうです。
メルセデスの場合、どんなカーブでも支援してくれるという訳ではありませんが、トレースしきれなくなると悲鳴を上げるということではないので、むしろ副操縦士という感じの役割を果たしてくれる相棒、といった趣です。

全般に、メルセデスの方が「執事」がそこにいる感があります。レヴォーグはあくまで運転者が運転していて、機械は弱いしかし適切な支援をする黒子に徹している感じです。
メルセデスの方が自動運転に近いスタンスかもしれません。たぶん会社はそういうことを絶対(責任とれないから)言わないと思いますが。

あ、思い出しました。

一つc220dが、高速でインフォテインメントシステムがハングアップしました。まあどこのナビでもタイミングによってはハングアップしますが、まだリセットのやり方を聞いていなかったのでいささか焦りました。
コンピュータでいろいろな制御をしている分、止まってしまうと何もできないので、これは気をつけてほしいところ。
ま、コンピュータだからある程度は仕方がないですね。
スイッチがコンソールにあって、長押しすれば復帰する、と教えてもらいました。


高速の伸びというか加速の自然さはマツダ6よりいいかも、です。もう一度向こうに乗ってみないと正確なことは言えませんが、高速道路ではメルセデスに一日の長かな。高速なら車線自動変更もc220dはできますし。

いずれにしてもレヴォーグ、C220dどちらも、高速道路なら135km/h(レヴォーグ)あるいは220km/hまで自動セットができ、ハンドルさえ握っていればほぼ自動で前車に追随してくれるので、半自動運転といってもいいぐらいです。
スカイラインに搭載されたプロパイロット2.0のように、絶対に高速の速度規制を守らなければハンドルを離せない「タコな」システムよりはよほど役にたちます。
今のところ、社長交代が続くこともあり、「どうしちまった日産」ですねえ。スカイラインに法定速度守らせて自動運転して、何がほしいのか分からないですね。

それと、やっぱりエアサスは私の好み、というかメルセデスのイメージにぴったりでした。
コンフォートかスポーツプラスかを選択すると、だいたい乗り心地の方向性二つ(ゆったりとしっかり)をカバーできるので、快適です。
これは道路と気持ちと速度とに併せて切り替えるのが吉。マメに変える価値はあると思います。人によっては余計なこと、と思うかもしれませんが。そして、故障のリスクはバネ式より確かに大きいのも事実でしょうが。
それでも、この快適さは選ぶ価値あり、だと思います。


結論

「高速道路を中心に、長距離をゆったりとクルージングするとすればC220dは最良の選択」

これからそういう使い方が多くなるので、ゆっくりパートナーとしてなじんでいきたいと思います。



Mercedesのc220d購入記その⑥

2019年09月09日 21時10分14秒 | クルマ
C220dの話になるといいながら、今回はマツダ6のお話です。

マツダさんに事情を正直にお話して試乗させてもらいました。
これ、いいクルマです。
みなさんご案内でしょうが、ディーゼルエンジンの振動や音はきれいに押さえられていて静かだし、トルクフル。
ただ一点、アクセルワークはトルクがある分だけ気を遣うかな、とも思いました。

これは後で気がつくことなんだけれど、マツダ6(アテンザ)は6速ATなんですよね。
C220dは9速ATだから、トルクの乗りがよりスムーズ。アクセルワークに気を遣わないのはC220dの方かもしれないと思います。

マツダ6も内装は十分上質で、デザインもカッコいい。
これで新車購入でC220dの新古車より数十万円も安いとなると、マツダ6もいいなあ、という感じになります。

ただこれもミッションとの関係もあるのかもしれないけれど、高速道路に入ってからの加速も、C220dの方がスムーズというか力が前に出ている感じがありました。
音はマツダ6の方に軍配が上がりそうな気がします。

というわけで、ギリギリの見積もりということにはなりませんでしたが、比較対象の感触を得たところで、翌日メルセデスへ。

ところが、なんと自賠責を切っているのでC220dの実車運転はできないとのこと!
これはちょっと残念というしかないですよねえ。
少しでも乗れるかと思っていたのに。

ただ、クルマのプールに実車がおいてあるので、その場で乗り込み、エンジンをかけることはできました。

静か。
エンジン音それ自体はたぶんマツダ6の方が穏やかなのですが、メルセデスは遮音が違うのだと感じます。店の外を走っているクルマの音が聞こえてこないんですよね。
ドアを開けれると(かなり静かでディーゼルエンジンはうるさいのイメージとはもはやかけ離れているものの)カラカラと音はします。
しかし、中では間違いなく静かです。

内装は、マツダ6を乗ったときにはこれで十分、と思ったのですが、比較するとやはりメルセデス。100万以上値段が違うだけのことはあります。
内装色もつや消しの黒の木目。

「これに乗れたらいいな」

という思いが強くなってきました。

さてしかし、300万ちょっとでC220dを購入するためには、レヴォーグを下取りにしなければなりません。結局レボーグに支払った300万円を含めると、総額600万円になります。
たしかにフルオプションのC220d(レーダーPも、AMGも、レザーシートパッケージもついている)は新車で710万円。新古車だから総額600万円とはいえ、当たり前に私の常識を(すら)大きく越えています。



クルマはぜいぜい300万まで、という感覚があります。
友人が最近購入したマツダ2のディーゼルターボの4WDが300万弱。
去年私が買ったレヴォーグ1.6GT-Sが320万ちょっと。
友人が買ったプリウスでも新車は330万円ぐらいはしたそうです。

給料をもらって普通に生活している人の感覚はそんなところだと思います。
クルマに興味がない人なら、感覚は約半分の値段になるでしょうか。
軽自動車の新車が150万円~200万円ですから(高いですねえ、軽も)。

中古にするとかなら選択肢は増えますけれども。

「これは無理」

そんな感じに落ち着きそうになりました。
さてしかし。

そこでふと、家族が乗っているデミオが古くなっているなあ、と思いつきました。
家族がもし、レヴォーグに乗るなら、そして現在市場価格が250万円程度のレヴォーグを100万円引きぐらいの150万円で買えるとしたらどうだろう?

そんな「奸計」が頭をよぎりました。
家族にそれを打診すると、最初は唐突すぎて拒否反応を示したものの、冷静に考えたら悪くない話だね、となり、今乗っている7年落ちのデミオを下取りにして、150万円で私のレヴォーグを家族内譲渡する話がまとまりました。


ということは、家にレヴォーグとC220dの2台をそのまま置き、かつ出資は300万程度に抑えることができ、家族も満足し私も満足できるということではありませんか?!

これを読んだ冷静な人はきっと呆れていることと思います。

そうです。

クルマを買うおじさんなんて、こんなものです(苦笑)。

しかし、4WDワゴンとディーゼルのセダンを家においたまま、家族はデミオからレヴォーグにアップグレード、私はC220dが乗れるという素晴らしい計画に魅了されていったのです。

まだ実車試乗もしていないというのに(笑)。

國分さん「ハンナ・アレントと哲学」②

2019年09月09日 18時04分55秒 | メディア日記
國分さんのアレントに対する相性の悪さ、つまり「ツン」を前回書いた。
今回は「ツンデレ」の「デレ」についてメモから起こしてみる。

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この五年ぐらい新しい政治的動きがある。民主主義的な動きだ。アメリカ、イギリス、EU、そして日本でもその動きはある。
これらを考えるときに、何が手がかりになるのか、といえば、アレント以外にいない。
 1950年代の段階で、現代のプロトタイプを分析した。
20Cの初期大衆社会を見ながら「今の世の中」を見事に分析している。、それはつまり、1930年代ワイマール期に初めてサラリーマンが一般化した瞬間でもあった。

この分析は恐ろしいほど現代社会に当てはまる!
言ってみれば現代社会に対する深刻な危機意識が私(國分さん)をアレントに向かわせている。

これは「挑戦」のつもり。
アレントの「保守主義」が必要なのではないか、ということでもある。

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以上イントロの「ツンデレ」メモでした。
ここからはまた後で。

國分さん「ハンナ・アレントと哲学」①

2019年09月09日 13時31分03秒 | メディア日記
9/6(金)に新宿(正確には千駄ヶ谷)の幻冬舎で
國分功一郎さんの 
「ハンナ・アレントと哲学」
(四回連続講座の一回目)
を受講してきた。

合計4 万円にもなる高価な講座で、後から講義録音データも付いてくるというサービスぶり。なんかそうなると、講義内容を自分メモとはいえ詳細に書くのはためらわれるが、あくまで「オレフィルター」を介した感想なら書いても良いかな、ということで、録音データが来ないうちに感想を書く。いつもの内容に即したメモじゃないので流して読んでください。

講座を聞いていたら國分さん(の一般向け)講座常連の知人が言っていたコトバを思わず思い出した。
「國分さんってアーレントに対して少年みたいにツンデレだよね」

講義冒頭は、その「ツンデレ」(^_^;)の解説から始まった。
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私(國分さん)はスピノザとジル・ドゥルーズの専門家。いわばフランス系哲学。
ドゥルーズはラディカル系。
スピノザは隠者的。

アレントは違う。ドイツ実存主義(ハイデガーとヤスパースに師事)。

アレントは、ドゥルーズに対してはコンサバ系といえるし、スピノザに対してはコミュニケーション系と言える。

ドゥルーズについての言及はないが、スピノザについてアレントは

「あいつ(スピノザ)は自由について何も分かっちゃいない」

と批判している。
 スピノザは、人間がものを考えるのは勝手に考えるのはのであってそもそも自由。
それは奪えない、とかんがえる。

それに対してアレントは「んなこと考えてるからスピノザはダメなんだ」とダメ出しをしている。
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まあ、ざっとそんな感じ。つまり、國分さんのやってきた哲学とアレントはかなり違う。

國分とアレントは相性が良くない、

つまりツンデレの「ツン」の部分がこれです。

しかしじゃあなぜ、わざわざ高い受講料を払わせてまでアレントについての話をするのか?
ってことになります。

こんどはツンデレの「デレ」の話だ。
デレといってももちろん話しは深刻といえば深刻になる。
(続きは後で。)

相聞歌2019年最後の短歌

2019年09月09日 00時58分09秒 | 相聞歌
2月10日(日)
鳥舟に乗れるは裸の生命のみ十二単の如き諸事を脱ぎ置く(た)

その諸事の中に私も入るのか駄々っ子のごと問うてみたき夜(ま)

緩和ケアと言えども苦痛はあるものを日の降り注ぐ丘に憩いたし(た)

「面倒な身を捨て高く飛びたい」と言った19の貴女(きみ)を覚えている(ま)

森蔭に社の多く鎮まりてみちのくの神のまなざし光る(た)

「もう飽きた」入院四日で言う妻に病室の窓から早春(はる)の陽光(ひ)がさす(ま)

死してなおあなたを守ると誓う我たぶん愛とはそういうものだ(た)

半年を共に闘病したことはそれも二人の財産だろう(ま)

「ぞうきんは?」夫(つま)の電話に病院のベッドから心は駆け出しており(た)

大概はできると言いつつその実は道具の在処(ありか)を妻に尋ねつ(ま)


2月11日(月)
行きたきは梅の香ただよう山の道風とたわむる身体がほしい(た)

弘前の城の桜を眺めていたあの日の温かさをふと思い出す(ま)

病重くその日その日を生きるなり夫(つま)のぬくもりカンサーギフト(た)

寄り添える身のあるうちは泣きはせぬそのあとのことはそのあとのこと(ま)

苦しみを子等には決して見せぬよう背を背けたる心の痛し(た)

なにくれと厳しき母を気遣う息子よ君は優しき大人になった(ま)

3/5(火)
抗癌剤止めますと主治医に言い切って生の残り火かきあつめる夕べ(た)

頸城(くびき)から身を振りほどき何処へと帰らんとするか妻のたましひ(ま)


3/6(水)
一秒でも早くと退院を訴える私看護師は戸惑い医師は声をかけず(た)

病院を逃げ去るように出た後で「ちょっと海まで寄り道」という妻(ま)


3/7(木)
ひたすらにただひたすらにほっとして病ともども昔に帰る (た)

ぞうきんの置き場所もゴミの分別も我に教えて逝かんとするか(ま)


3/8(金)
わずか三か月(みつき)亡くした娘に地蔵尊をたむけて桜のつぼみふくらむ(た)

病妻を乗せて押しゆく車椅子亡き娘子(むすめご)の墓参ぞ悲しき(ま)


3/9(土)
夫(つま)植えし花々眺め日が暮れる生命伸びゆく音響くごと(た)

やらないと決めていたはず庭いじりそれでもやれば意外に楽し(ま)

3/10(日)
医療器具並んだ部屋でのみ生きられる生命の灯(ともしび)細くゆらめく(た)

治療から緩和ケアへと変更すほっとする思いと震える心と(ま)

「今日からは治療を止めて緩和だけ」清々しいほどの妻の笑顔よ(ま)


3/11(月)
一つ一つ心残りを片づけて飛び立つ羽根を大きく伸ばす(た)

アッピア街道石はめるがごとく遺品渡す次世代よもっと幸せになれ(た)

人生の課題を次々片づけて君は何処(いずこ)へ飛ぼうとするのか(ま)

3/12(火)
眠れぬとあせるほどに目は冴えて遠き春雷を言い訳にする(た)

一人一人必ずくぐる門とはいえどなぜに今かと答えなき真夜中(た)

どこまでも張りつめた思い持て余し忘れたくてがむしゃらに働く(た)



辞世   平成三十一年三月三日作

初蝶の風を味わう桜枝夢を渡りて青空高し


なんだかこの時期のことはあまりよく覚えていないし、日記やメールにも残していない。ただ妻を向き合うことが全てだった、といえば聞こえはいいが、慌てふためいてオロオロしてばかりいたのかもしれなかった。

3月6日に病院を退院して、3月9日に在宅緩和ケアの専門医にお世話になる。
それからの3ヶ月弱は本当に貴重で大切な時間にもなり、とても重要な体験をする期間にもなるのだが、その時期二人は短歌を書かなくなる。
もはや私たちの言葉はそこでは役割を終えていた、ということだろうか。

まだ最後の三ヶ月には整理がつかず、書き残した日記を一度も開いていない。
ともあれ、癌再発以後に彼女が残した短歌はこれが全てだ。

ここまで読んできていただいてありがとうございました。

在宅緩和終末ケアに入ってからの彼女については、機会があったら項を改めて。