3月22日(水)【読書住光子著『道元』】
最近読んだ本の中から、次の本を紹介したい。もう既にお読みの方もいらっしゃると思うが、念のため。
*『道元-自己・時間・世界はどのように成立するのか』住光子著・NHK出版
此の書は道元禅師の『正法眼蔵』の言葉を中心に、禅師の思想の解明を試みた書である。「みずからがさとった自己、そして世界についての真理を、言葉によって浮かびあがらせようとしている」と筆者は『正法眼蔵』の現成を説明している。
唐代、南嶽懐讓(677~744)は師の六祖慧能(638~713)から「什摩物恁麼来(なにものがこのようにして来たのか)」と問われて、答えられずに修行すること八年。遂にこの問いに対する答えを得た。「作麼生(どのようにわかったのか)」という六祖の問いに南嶽は答えた。「説示一物即不中(これこれといったなら、その途端にそのものから外れてしまいます)」。言語表現不可能な、真実の自己の当体をこのように南嶽は言語表現したのである。
中国祖師たちの禅語録を研究すると、言語表現しえないギリギリのところを、それぞれ言語表現しえたとき、「省(さとり)有り」と書かれている。住光子氏が「言葉によって浮かび上がらせようとしている」と『正法眼蔵』を説明しているが、中国禅の祖師方と同じく道元禅師が『正法眼蔵』を著された意図は全くその通りであろう。また住氏は『正法眼蔵』は「自己と世界の真相を他者に「知らせること」を目的として書かれた」ととらえている。理解しやすい説明といえよう。
住氏は明解な表現で『正法眼蔵』を読み解いている。「無自性・空・縁起」という仏教の中心思想 から道元禅師が『正法眼蔵』を説いていることを、氏は読者に理解しやすく説明してくれている。氏のような視点から、そして氏のような理解しやすい表現による『正法眼蔵』解釈は、浅学な老尼には実に有り難い解説書である。
120頁足らずの薄い本なので、まだお読みでない方にはお薦めしたい。幾箇所か疑問を持ったところはある。(特に坐禅を瞑想と解釈していたのは間違いといえよう。)
住氏は東京大学大学院博士課程を修了されて、現在お茶の水女子大学文教育学部の助教授である。ご専攻は日本倫理思想史。『道元の因果観について-倫理思想という観点から見た道元の思想』などの著書もある。
本書の目次をあげておきたい。
はじめに
自己を知る/真理の探求と伝達/『正法眼蔵』について
第一章真理と言葉
道元における二種の言語/真理をどう表現するか/「青山常運歩」という言葉/先入観 の相対化
第二章言葉と空
「主観の構図-「一水四見」/「空」について
第三章自己と世界
「青山常運歩」とはどのような事態か/自己と全体世界との関係
第四章「さとり」と修行
「同時成道」について/「修証一等」とは何か/「空華」について/脱落と現成/俗世と 「空」
第五章時・自己・存在
「有時」について/自己と時/時の連続性と非連続性/時と修証
最近読んだ本の中から、次の本を紹介したい。もう既にお読みの方もいらっしゃると思うが、念のため。
*『道元-自己・時間・世界はどのように成立するのか』住光子著・NHK出版
此の書は道元禅師の『正法眼蔵』の言葉を中心に、禅師の思想の解明を試みた書である。「みずからがさとった自己、そして世界についての真理を、言葉によって浮かびあがらせようとしている」と筆者は『正法眼蔵』の現成を説明している。
唐代、南嶽懐讓(677~744)は師の六祖慧能(638~713)から「什摩物恁麼来(なにものがこのようにして来たのか)」と問われて、答えられずに修行すること八年。遂にこの問いに対する答えを得た。「作麼生(どのようにわかったのか)」という六祖の問いに南嶽は答えた。「説示一物即不中(これこれといったなら、その途端にそのものから外れてしまいます)」。言語表現不可能な、真実の自己の当体をこのように南嶽は言語表現したのである。
中国祖師たちの禅語録を研究すると、言語表現しえないギリギリのところを、それぞれ言語表現しえたとき、「省(さとり)有り」と書かれている。住光子氏が「言葉によって浮かび上がらせようとしている」と『正法眼蔵』を説明しているが、中国禅の祖師方と同じく道元禅師が『正法眼蔵』を著された意図は全くその通りであろう。また住氏は『正法眼蔵』は「自己と世界の真相を他者に「知らせること」を目的として書かれた」ととらえている。理解しやすい説明といえよう。
住氏は明解な表現で『正法眼蔵』を読み解いている。「無自性・空・縁起」という仏教の中心思想 から道元禅師が『正法眼蔵』を説いていることを、氏は読者に理解しやすく説明してくれている。氏のような視点から、そして氏のような理解しやすい表現による『正法眼蔵』解釈は、浅学な老尼には実に有り難い解説書である。
120頁足らずの薄い本なので、まだお読みでない方にはお薦めしたい。幾箇所か疑問を持ったところはある。(特に坐禅を瞑想と解釈していたのは間違いといえよう。)
住氏は東京大学大学院博士課程を修了されて、現在お茶の水女子大学文教育学部の助教授である。ご専攻は日本倫理思想史。『道元の因果観について-倫理思想という観点から見た道元の思想』などの著書もある。
本書の目次をあげておきたい。
はじめに
自己を知る/真理の探求と伝達/『正法眼蔵』について
第一章真理と言葉
道元における二種の言語/真理をどう表現するか/「青山常運歩」という言葉/先入観 の相対化
第二章言葉と空
「主観の構図-「一水四見」/「空」について
第三章自己と世界
「青山常運歩」とはどのような事態か/自己と全体世界との関係
第四章「さとり」と修行
「同時成道」について/「修証一等」とは何か/「空華」について/脱落と現成/俗世と 「空」
第五章時・自己・存在
「有時」について/自己と時/時の連続性と非連続性/時と修証