2月16日(木)晴れ【道元禅師の坐禅観 和歌からの考察】
今日も寒いです。寒さに負けてこのところ、体が固まってきているような感じがあります。いろいろと書類的な仕事をすることが実に億劫になっています。やらねばならない仕事を後にして、ブログを書いています。
私にとって、道元門下として、実に初歩的な疑問がまだ解けません。なぜ道元禅師は坐禅を「只管打坐」や、「修証一等」のように「坐禅こそが覚り」であるということを提唱なさったのだろうか、ということです。このような疑問をいまだ持っているということに対して、皆様のご批判は覚悟の上です。
さて、皆さまが「アクセスされたページ」という中に、私がかなり前に書きました「道元禅師の和歌の解説」がありまして、自分自身反芻してみようと思い、ちょっと、ここにそのまま転載させていただきます。かなり前は、随分長い文をしっかりと書いていたようです。我ながら感心しています。お付き合いくださいませ。
「この心あまつみそらに花供ふ 三世のほとけにたてまつらなむ」
道元禅師の和歌集の伝承本としては、原初本に近い系統の書写本、『建撕記』に所載された系統、面山開板の流布本の系統、単独伝写本の系統をあげることができる。現時点では16種類ほどが数えられる。その中で面山瑞方(1683~1769)が開板下した流布本では、この和歌に「坐禅」と題をつけている。
伝承本によっては、語句に多少の違いがあり、上の句も「空にも」と「みそらに」とあり、下の句を「たてまつらばや」としたものもある。
この心は天に捧げる花、三世の諸仏に奉る花であるという。「この心」とはどのような心をいうのであろうか。 実は「この心」というのは坐禅そのものをいう。そのように解釈できる根拠はどこにあるかというと、道元禅師の『永平広録』の中に、それを見出すことができる。
〈原文〉
上堂。云。記得。先師天童住天童時、上堂示衆曰、衲僧打坐正恁麼時、乃能供養尽十方世界諸仏諸祖。悉以香華・燈明・珍宝・妙衣・種種之具恭敬供養無間断也。(中略)師云、永平忝為天童法子、不同天童挙歩。雖然一等天童打坐来也。如何不通天童堂奥之消息。且
道、作麼生是恁麼道理。良久云、衲僧打坐時節 莫道磨塼打車、供養十方仏祖、妙衣・珍宝・香華。正当恁麼時、更有為雲為水示誨処麼。顧視大衆云、凡類何能聞見及、自家一喫趙州茶。
『永平広録』巻七 522上堂
〈訓読〉
上堂。云く。記得す。先師天童、天童に住せし時、上堂し衆に示して曰く、「衲僧打坐の正に恁麼の時、乃ち能く盡十方世界の諸仏諸祖を供養す。悉く香華・灯明・珍宝・妙衣・種々の具をもって恭敬供養すること間断なし。(略)」師云く、永平忝くも天童の法子となって、天童の挙歩に同じからず。然りと雖も一等に天童と打坐し来る。如何が天童堂奥の消息に通ぜざらん。且く道え、作麼生か是れ恁麼の道理。良久して云く、衲僧打坐の時節、磨塼打車は道うまでも莫く、十方の仏祖に妙衣・珍宝・香華を供養す。正当恁麼の時、更に雲の為、水の為示誨の処有りや。大衆を顧視して云く、凡類何ぞ能く聞見に及ばん、自家一たび趙州の茶を喫せん。
傍線部のみ少し注釈してみると、
如浄禅師は言われた。「衲僧がひたすらに坐禅するまさにその時、盡十方の諸仏諸祖を供養するのである。絶え間なく香華・灯明・珍宝・妙衣・種々の具をもって敬い供養しているのである」と。それをうけまして道元禅師も「私がひたすら坐禅する時は、磨塼打車はいうまでもなく、盡十方の仏祖に妙衣・珍宝・香華を供養することです。」と言われている。
道元禅師も言われるように、如浄禅師の法嗣ではあるが、まったく同じというわけではなく、この語についても微妙な違いがある。つまり、如浄禅師は坐禅は仏祖への供養と言われるが、道元禅師は更に進めて、坐禅は仏祖に供養する妙衣・珍宝・香華そのものであると言われているのである。
「この心」を「真の心」とか「清い心」などと受け取るのは間違いとさえ言えよう。心情的な解釈は道元禅師の和歌には通用しないのである。禅師は美しく優しい言葉を使われるが、実は揺るぎない力強い仏道の世界を詠いあげているのだ、と私は読み解く。禅師の和歌は和歌だけから解釈しようとすると、充分でないだろう。
『天聖広燈録』という書物の中には、須菩提という釈尊の弟子が巌の中で坐禅をしていたら、梵天(『碧巌録』のなかでは帝釈天)が花の雨を降らせたという話がある。それに対して道元禅師は、この坐禅の姿そのものが三世の仏に奉る花だという。うっかり間違えると、坐禅をして神通力を得られるのではないか、というような考えをしている人がいるかもしれない。梵天が花の雨を降らせるほどのものだ、それはすごいと感心するかもしれない。
道元禅師が言われるのはそうではなく、私自身の坐禅が三世の諸仏に捧げる花だというのである。龍樹の名は「つらつら日暮らし」和尚のブログに最近紹介された「道元禅師最後の説法」の531上堂にも出てくるように、道元禅師は龍樹(2、3世紀頃の人)を深く学んでいるはずである。龍樹の『中論』に説かれる空観を学んでいる道元禅師にとっては、坐禅こそは空そのものの体現に他ならない。瞑想とは全く違うのである。
しかし、坐禅は三世の仏に供える花である、このように美しい言葉で詠まれると、坐禅を行じる者としてはいかにも嬉しいかぎりではなかろうか。足の痛さも忘れるようにさえ思う。そして坐禅こそは空そのものの体現に他ならないとしたら、習禅ということはなく、どの坐も、誰の坐も三世の仏に供える坐である。
全ての人、一人一人の坐禅が、三世の仏に捧げる花。この世にこうしていただいている命の不思議。その命に坐りきろう。命は儚いものではあるが、「儚いままに永遠だ」と私の本師、余語翠巌禅師はよく言われた。永遠の命に、而今、此処に坐りきる。
お互いにただ自らのまことを尽くして生きていこう。坐禅は三世の仏に奉る花なのである。
*522上堂の語をこの和歌の解釈の裏付けとして、秋田県龍泉寺の佐藤俊晃先生が指摘なさった。
*趙州(778~897)の「喫茶去」の意味は「お茶でも飲んで出直して来い」という厳しい接化(教え)であり、「お茶でも飲みなさい」というようなやさしいものではない。駒澤大学の石井修道教授の著書にある。