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長崎 風頭公園から稲佐山を見る
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長崎 亀山社中への登り道
知人が長崎の旅行記を写真とともにメールしてくれた。メールという通信手段ができて、便利になった一つに、写真を手軽に送れるようになったことがある。送ってもらった長崎の風景を順を追って見ていくうちに、昔行ったときの長崎の雰囲気を思い出していた。長崎と言う街は九州の西に突き出た半島にあり、周りを海に囲まれ、海岸線の間近かまで山が迫っている。海岸線と川筋のわずかな平地に市街地が集まり、住宅は小高い山に段々畑のように張り付いている。昔何度か仕事で長崎に行ったことがあるが、その都度、故郷の下関に似た雰囲気を持った街だと思ったものである。3方を海に囲まれていて港があり漁港がある。山が迫り坂や石段が多く、維新の歴史を刻む史跡が点在するという共通点も多いのである。
長崎の山に囲まれた街や坂や石段の風景を見て、ひさびさに故郷下関を思い出した。昔の我が家も小高い山の上にあって、石段と坂とを昇っていかなければいけなかった。車が入らないから、ごみ捨ても平地まで往復15分の距離がある。子供たちは全員故郷を離れて行き、残された両親にとっては日々の買い物など、長い石段と坂道は歳とともに負担になっていった。父が80歳を越すころ、さすがにその環境で老夫婦だけが暮らすことが困難になってしまった。一時は市内の老人ホームも考えるようになったが、ちょうど新潟にいた弟が新潟での永住を決め家を建てることになった。それを機に父は下関の家を売り、建築資金を援助することで新潟で同居することにしたのである。それは今から17年前のことである。生まれ育った故郷を離れ、遠く新潟へ引っ越さなければならなかった両親の切なさは、どれほどだったろうと思う。しかし両親はその寂しさをわれわれ子供たちに口にすることはなかった。移住してしばらくして下関にあったお墓を新潟に移し、今はそのお墓に眠っている。
両親が下関を離れたことで、私は帰るべき故郷を失い、新たに新潟へ里帰りするようになった。下関にはわずかな親戚あるものの、わざわざ訪ねていくほどの用事もなく、生まれ故郷は次第に縁遠くなっていった。10年ぐらい前だったろうか、仕事で福岡に行くことがあり、その帰りに下関に立ち寄ったことがある。やはり生まれ育った地は懐かしく、時間の許す限り市内を歩き回っていた。「今度いつ来れるか分からない」、そんな思いもあって、小学校や中学校、母と行った市場、家族で花見に行った公園、子供のとき遊んでいた神社などと、子供の頃の行動範囲をくまなく歩いてみたのである。10年ぶりの故郷とはいえ、就職をしてからは1年に1度程度の帰郷であったから、ほとんど40年ぶりの懐かしさであった。
子供の頃は戦後復興の真っ只であった。街にはスーパーがあるわけでもコンビニがあるわけでもなく、まだ商店街が活況をていしていた時代である。町には人があふれ子供があふれ、そのエネルギーが町全体を包み、人々に明日に向かって進んでいていると言う実感を持たせてくれていた。そんな故郷のイメージが40年経って改めて街を歩いてみたとき、その様相は見る影もないほど変わり果てていたのである。あれほど賑わっていた商店街や市場が、子供たちの遊びでにぎやかだった民家の路地裏が、今は閑散として人の気配も感じられないほどである。若い人が都会に出て行き年寄りだけが残っている街、それは無人の街に迷い込んだような錯覚を覚えたほどであった。
以下10年前に撮った写真を何枚か貼ってみた。
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下関駅前
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駅のそばにある下関漁港
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小瀬戸
下関漁港から漁船はこの狭い水路を通って日本海に出る。
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関門海峡 対岸が北九州市門司区
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関門橋 右が北九州市門司区
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赤間神宮
源平壇ノ浦の合戦に敗れ、8歳で入水された安徳天皇を祀ってある。
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旧秋田商会ビル
屋上に日本庭園と日本家屋がある。
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旧下関英国領事館
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日和山からの眺望
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桜の名所 日和山公園に立つ高杉晋作の陶像
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下関のランドマーク 海峡夢タワー
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昔の商店街はシャッター通り
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廃墟のようになった商店街
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戦後からある住宅地は今もひっそりと残っている
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石段が多く車は入れなし、自転車も使えない
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石段が迷路のように入り組んで、初めての人は100%迷う
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この道を下ってごみ捨てに行く
若い人を見ると、貴重なものを見るように感じるほど若者が少ない
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毎日母が買い出しに行っていた長い石段
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ひっそりと静まり返っている実家への道
入り口が閉ざされた家もあり空き家が目立つ
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小高い山の頂上付近にあった昔の実家
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生まれてから20年暮らした実家の庭、
一つ一つの石の配置まで思い出すことができる。今はどんな家族がすんでいるのだろう。
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長崎 亀山社中への登り道
知人が長崎の旅行記を写真とともにメールしてくれた。メールという通信手段ができて、便利になった一つに、写真を手軽に送れるようになったことがある。送ってもらった長崎の風景を順を追って見ていくうちに、昔行ったときの長崎の雰囲気を思い出していた。長崎と言う街は九州の西に突き出た半島にあり、周りを海に囲まれ、海岸線の間近かまで山が迫っている。海岸線と川筋のわずかな平地に市街地が集まり、住宅は小高い山に段々畑のように張り付いている。昔何度か仕事で長崎に行ったことがあるが、その都度、故郷の下関に似た雰囲気を持った街だと思ったものである。3方を海に囲まれていて港があり漁港がある。山が迫り坂や石段が多く、維新の歴史を刻む史跡が点在するという共通点も多いのである。
長崎の山に囲まれた街や坂や石段の風景を見て、ひさびさに故郷下関を思い出した。昔の我が家も小高い山の上にあって、石段と坂とを昇っていかなければいけなかった。車が入らないから、ごみ捨ても平地まで往復15分の距離がある。子供たちは全員故郷を離れて行き、残された両親にとっては日々の買い物など、長い石段と坂道は歳とともに負担になっていった。父が80歳を越すころ、さすがにその環境で老夫婦だけが暮らすことが困難になってしまった。一時は市内の老人ホームも考えるようになったが、ちょうど新潟にいた弟が新潟での永住を決め家を建てることになった。それを機に父は下関の家を売り、建築資金を援助することで新潟で同居することにしたのである。それは今から17年前のことである。生まれ育った故郷を離れ、遠く新潟へ引っ越さなければならなかった両親の切なさは、どれほどだったろうと思う。しかし両親はその寂しさをわれわれ子供たちに口にすることはなかった。移住してしばらくして下関にあったお墓を新潟に移し、今はそのお墓に眠っている。
両親が下関を離れたことで、私は帰るべき故郷を失い、新たに新潟へ里帰りするようになった。下関にはわずかな親戚あるものの、わざわざ訪ねていくほどの用事もなく、生まれ故郷は次第に縁遠くなっていった。10年ぐらい前だったろうか、仕事で福岡に行くことがあり、その帰りに下関に立ち寄ったことがある。やはり生まれ育った地は懐かしく、時間の許す限り市内を歩き回っていた。「今度いつ来れるか分からない」、そんな思いもあって、小学校や中学校、母と行った市場、家族で花見に行った公園、子供のとき遊んでいた神社などと、子供の頃の行動範囲をくまなく歩いてみたのである。10年ぶりの故郷とはいえ、就職をしてからは1年に1度程度の帰郷であったから、ほとんど40年ぶりの懐かしさであった。
子供の頃は戦後復興の真っ只であった。街にはスーパーがあるわけでもコンビニがあるわけでもなく、まだ商店街が活況をていしていた時代である。町には人があふれ子供があふれ、そのエネルギーが町全体を包み、人々に明日に向かって進んでいていると言う実感を持たせてくれていた。そんな故郷のイメージが40年経って改めて街を歩いてみたとき、その様相は見る影もないほど変わり果てていたのである。あれほど賑わっていた商店街や市場が、子供たちの遊びでにぎやかだった民家の路地裏が、今は閑散として人の気配も感じられないほどである。若い人が都会に出て行き年寄りだけが残っている街、それは無人の街に迷い込んだような錯覚を覚えたほどであった。
以下10年前に撮った写真を何枚か貼ってみた。
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下関駅前
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駅のそばにある下関漁港
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小瀬戸
下関漁港から漁船はこの狭い水路を通って日本海に出る。
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関門海峡 対岸が北九州市門司区
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関門橋 右が北九州市門司区
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赤間神宮
源平壇ノ浦の合戦に敗れ、8歳で入水された安徳天皇を祀ってある。
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旧秋田商会ビル
屋上に日本庭園と日本家屋がある。
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旧下関英国領事館
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日和山からの眺望
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桜の名所 日和山公園に立つ高杉晋作の陶像
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下関のランドマーク 海峡夢タワー
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昔の商店街はシャッター通り
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廃墟のようになった商店街
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戦後からある住宅地は今もひっそりと残っている
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石段が迷路のように入り組んで、初めての人は100%迷う
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若い人を見ると、貴重なものを見るように感じるほど若者が少ない
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毎日母が買い出しに行っていた長い石段
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ひっそりと静まり返っている実家への道
入り口が閉ざされた家もあり空き家が目立つ
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小高い山の頂上付近にあった昔の実家
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生まれてから20年暮らした実家の庭、
一つ一つの石の配置まで思い出すことができる。今はどんな家族がすんでいるのだろう。
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