数年前に大企業を退職して農業を始めた友人から、今の日本の農業の問題点を鋭く指摘している、と勧められた本。
自分自身は農業についてほとんど知識を持ってはいないのですが、「有機農法・無農薬栽培」の無条件な信奉や 「農業の六次産業化」という企業の掛け声にはどうも胡散臭い、というか主唱者はそれを真面目に信じていそうなだけに危うさを 感じています(そんなにいいものだったら規制(農薬の禁止)なり規制改革なりを強引に進めても、賛同者の方が多いはずなのに)。
農業経済学者であり、また、数多くの農業の名人とも親交がある著者は、現在の「農業ブーム」の誤解や危うさを片端から切って捨てています。
- 有機栽培といっても処理が不適切な家畜の糞尿を使うと窒素過多になり、品質が劣る。また、そもそも農薬・化学肥料かどうかの境界自体もあいまい。
- 耕作放棄地は単に担い手不足なだけでなく、転用・転売目的のものも多い。
- 中国や東南アジアの富裕層向けの「日本ブランド信仰」は永続するものと勘違いしてはいけない。
- 農業を語るうえで「美しい農家像」というノスタルジーによるバイアスに気を付ける必要がある。 ・そもそも日本の農地法の規制は有名無実化しており、この状態で「規制緩和」をしても非営農目的の農地取得を助長するだけである(農水省OBに聞いた話でも、20年以上前から農業委員会は補助金を受けるということ以外にはほとんど機能していなかったらしい)。
- JAは非営農関連の事業の方が大きく、また定義のあいまいな準組合員が多数を占めており、もはや農家を代表していない(JAの正組合員戸数は農水省統計の農家戸数をはるかに上回るという妙な状態が生じている)。またJAはすでに政治的にも弱体化している。
こういう状況下で、著者は、現在の「どういう人(または企業)が農業にふさわしいか」という担い手や「大規模化」などの理想論でなく、「それぞれの土地にどういう土地利用がふさわしいか」という土地利用政策に農業政策を転換すべきと主張します。
具体的には
- あいまいなまま放置されている農地基本台帳を徹底的に見直して、所有者や利用状況を洗いなおして情報公開する。
- 徹底的な農地の利用規定を作成し(栽培する作物、肥料や農薬の種類や量、共用用水路の利用方法など)、その利用規定さえ守っていれば 誰が農地を使ってもいいとする
- これにより、より高い地価や小作料を提示できる担い手(=耕作技術の高い担い手)が耕作することが可能になる。 という競争原理を取り入れた方策を提唱する。
これが上手くいくかどうかは素人にはわかりませんが、TPP交渉が推進する一方で(これについても著者は論点がずれていると主張するがここは割愛)、経済団体だけでなく農水省まで「六次産業化」と言っているなかでは、 ルールを決めたうえで参入を容易にし、その代り言い訳を(どちらの側にも)させない、という方法は、やってみる価値はあるように思います。
新書版としては手を広げ過ぎた分、表現が過激だったり、論旨が飛んでいて素人にはわかりにくかったりする部分もありますが「農業(農家)善玉論」にも「悪玉論」にも組みしない主張として、読んでみる価値はあると思います。