著者はロシア大使館公使、ウズベキスタン・タジキスタン大使を歴任した外交官。
一度講演を聞いたことがあるのだが、澄ましたところがなく歯に衣着せぬトークが面白かったので本書を購入。
最近題名は編集者が営業を考えてつけることが多いが、「ワルの外交」というタイトルは著者がつけたらしい。
そのココロはまえがきに書いてある。
・・・この本は二つのことを提案する。一つは、日本人はもっと「ワル」になって、巧妙・老獪な広報・宣伝合戦を展開していこう、ということ。そしてもう一つは、この世界を動かすものは高邁な理念とか理想より赤裸々な利益であることを肝に銘じて、高邁な理念のウラに隠れた真実の動きを見極めてから行動しよう、ということである。
これは、日本の政府に提言したものではない。普通の人たちに提言したものである。というのは、韓国や中国と歴史問題で口論するにしても、慰安婦は強制連行されたかどうか、あるいは南京で虐殺されたのは30万人なのか1万人なのかというような議論は、日本国内ではよくしておく必要があるけれど、これをアメリカとか西欧とかの第三国でやると、「慰安婦」「虐殺」という言葉が先に立って、日本のイメージをかえって下げる。第三国で広報をやるのだったら、もっと別のやり方がある、それはどんなやり方か、というのが一つ。
そしてもう一つは、国際情勢の中で日本が置かれた真の状況を見極めるノウハウを持っていないと、戦前、満州事変をきっかけに過度の国家主義に傾き、壊滅的な戦争を招いた過ちをまた犯す、国際情勢の真相、歩留まりを見極めるには何に気をつけたらいいか、ということである。ワルの外交、ワルの視点とでも言おうか。
本文にはいろいろなエピソードがちりばめられていて非常に面白い。
外交というのは首脳対首脳(または外交官対外交官)というような1対1の交渉ではなく、それぞれの当事者が本国の期待や周辺国の思惑を意識しながら行うもので、しかもそれぞれの国や状況によって交渉当事者と政治家・官僚・国民との関係や国内の利害対立の状況も異なるし、関係国の利害も異なる。
そのような状況で、建前を主張しつつ実利を得て、しかも将来に禍根を残さないためには、著者が言う「ワル」-現実的で冷静に考え実利を取る-姿勢が重要ということなのだと思う。
一方で日本人は「一騎打ち」が好きなのか、報道や我々の関心も「交渉に勝ったか負けたか」「どこで譲歩したか」というところが中心になりがちのような気がする。
TPP交渉でも「フロマンUSTR代表vs甘利大臣」という構図がクローズアップされたり、それが進展しなければ「オバマvs安倍」という話に持っていきたがる。しかし条約は国会での批准が必要であり、当事者もそこの落としどころを見ながらの交渉になる。その交渉の途中で「勝った負けた」といちいち騒ぎ立てられたり、経済界から念仏のように「TPP早期成立」が唱えられる状況があると、それらも交渉の1要素として「形を整える」ことを実利より優先する方向に動いてしまうかもしれない。
なので、国民も外交に対しては単純に熱くなってはだめだよ、と本書は言っているように思う。