花鳥風月

生かされて行くもの達の美しさを見つめて,
ありのままの心で生きている日々の、
ふとした驚き、感動、希望、

年賀状を書く季節

2016-12-18 10:19:58 | Weblog

毎日毎日、、、雪を かいているうちに
年賀状の季節がやってきました。

戦後の一億総貧乏家族の時代から、
ソニーと言う

力あるものは学歴を問わないで雇用する会社が現れた、

東京大学以外は相手にされなかった時代は終り

二期受験の国立も、私立大学卒業も
学力いかんで、ソニーの社員になれた時代。

私の在籍していた日大理工学部のある駿河台の街も
ソニーを目指していた友人たちと
喫茶店の「丘」の名曲を聴きながら、

海外進出の夢を実現すべく
昼休みは日本語はご法度の会話タイムを過ごしていた。

夏の合宿は、「花はどこへいった?」をウクレレでつま弾きながら
軽井沢の寮の合宿に参加した。

時代は、高度成長。

友人も、簡単に新しい試みにチャレンジしていた。
大学祭は、泊まり込みでポスターを描いて、

当日は、のどを嗄らして、
ポスターの説明に夢中だった、、、あのころ。

実は人生の「華」の時代だったなんて、、、

72歳になって、、、、気が付いている。

戦後の貧乏から這い上がって、

主人の父はソニーの社員だった。

そのおかげさまで、

主人は北海道大学の医学部に下宿させてもらえたと
ひたすら、、、「運」が良かったという。

ソニーの社員で、纏まったお金がたまると
父親は「自分の会社を作り、ソニーの外郭のグループに入ったという。」

本来なら、どんどん発展するはずが
機械類の「バージョンアップ」の速さに
会社はついてゆけなくなり、

ソニー時代の作品は
朝日文化賞、文部大臣賞、、、芥川賞候補、、、

もうチョイ賞、、、で人生はタイムアップ。

実家は整理して
有料老人ホームで大往生した。

時代が時代だけに、
受け継ぐべきものは、時代に追い越され、

無差別に処理されていった。

おじいちゃんが大切にしていた
訳の分からない「作品の品」は
まとめて神社に寄付された。

主人の妹さんが、
その後、親類の家を回って父親の形見を集め回り
それも神社に奉納したみたいであると、、、推察する。

夫の父親が残したものは、
作品制作のための、制作費の投資になるからと
借用証書と引き換えに、支払った制作費の焦げ付いた証書が

時代にはついてゆけなくなり、
虚しく、、、人工知能に敗れた時代であった。

何事のオワシマスカワ知らねども、、、神頼みで

深いことは考えなくて、
神社に奉納すれば

ゴミとして捨てられるのは
さけることが出来ると思う庶民の心。

我が家に残されたのは、制作費の借用証書。

昭和初期は、夢を実現するにも

一族出し合って、チャレンジ、、、そして、機械類の発達

パソコンは、、、VM21、、、バリュスター、ペンティアム1,2,3,4,5.

ウィンドウ95、、、行列で売り切れ

XP、、、きりがない、、、ウィンドウ10、、、

個人の家でも、専門職に就く人間は

バージョンアップの度に
周辺機器が使えなくなるという、、、厄介な発達過渡期

夫の父親は、時代の速さに

人生が人工知能の渦に巻き込まれた多くの会社の
過渡期を生きた。

オリンパスペンと言う
学生の間でも人気絶頂の
「ハーフサイズ」のカメラを発明した同窓の友人が

夫の為に、
私たちの仲人に入ってくれて
ありえない、、、東京と北海道の結婚を仲立ちしてくれました。



その時、夫は私より、
私の母と話し合い、
外科医の夫を亡くした母に

医学博士を取得した暁には、
教授の許しを得て

お父さんの代わりに
ここで、外科医をやりますと、、、

母と取引した。

私と言う女性は、何処にも存在していなかった。

72歳の今日まで、

母へのプロポーズはあっただろうが、、、

私へのプロポーズの言葉はいまだにない。

母の了承を得た夫は、東京での結納式にも、

オリンパス商事の社長さんをしていた
父親の友人にまかせっきりで

本人は姿を見せなかった。

外科医の妻だった母が、
若き外科医を気に入って、

父の幻と結婚を進めていったというわけです。

医者が医者になるよりも、
医者を続けることの難しさを知っている主人は

金のないのは首のないのと同じ
日進月歩の修身学生の医師の運命上

自分にとって医師を続けられる背景と結婚すればよいわけで

妻になる私は、都合の良い条件であったというだけです。

医師の家庭には、「愛」は邪魔かもしれない。

私自身、、、、野イチゴと言う映画のセリフが思い出された。

「医師は罪があるという、、、罪です。」

夫の初めの罪は

「自分の人生に出逢いの感動とか、愛とかを削除してしまったことです。」

医師として医師をする事を続けるためには、自分だけの戦略で

まっすぐまっすぐ進み続けるという罪です。

家庭より、仲間たち、病院や医局や、スタッフが家族だったことです。

もし、私が外科医の娘でなかったら、

理解に苦しんで孤独に陥り、空しい人生を過ごしていたかもしれません。

ブラックホールを持つ白鳥座が、、、言わば患者様です

医師の医学的力と言う「真田丸」が無かったら、
病気の持つブラックホールに
医師は丸ごと飲み込まれるだろう。

同様に、主人のような考えの人間と家庭を築いてゆくのなら、

医師は医師の考え、
私は薬剤師だから、自分の考えで
全責任は自分でとるから、、、夫に振り回されない

この原則をかたくなに守っても、

命と対面している夫に
いつも優先権があり、

患者様のお肌に触れるがゆえに
主人には雪かきのスコップを持たせた手で
診療にあたってもらいたくないという

初めに命の重さに負けてる私は
ことごとく、、、夫に負けてるように見える雑役婦を

主婦のありようとして容認せざるを得ませんでした。

国立で医局に居る人たちは
今と違って、無給医時代ですから、
親がしっかりと金屏風の強さを持っている方が多い中、


よくぞここまで
人生の雪を搔き続けてきたなーと

私は、、、私を、、、ほめることにします。

全然私に気が付かなくて
自分ばっかり愛している主人に代わって、、、(^^!

結婚して初めて
年賀状を書きたいと思います。

76歳、、、患者様のお役に立っている夫に

色々あったけど、、、貴方には勝てない人生です。
来年も頑張って
私より長生きして、
本当の勝利を目指して、
若さの耐力を維持すべく
リハビリーで体操を続けて下さい。

平均年齢まで活きること、、、それが本当の勝ち組です。