枇杷の葉なし

枇杷の生育や、葉・花芽・種のことを日々の生活のなかで書いていく。

曇りとは言え・・・

2020年07月23日 | Weblog
 寒いのです。冷房も点けると切れずで、温度を高めに設定しての使用である。海の日だのスポーツの日だと言われても首を傾げてしまう気温だ。本来なら、本日からがオリンピックなのだそうだが、コロナの拡大で来年になった。然し、その間の費用は日本が負担と言う。東北や災害での復興には遠く及ばず、今後も国民への税の負担は増えるだけだろうな。オリンピック中止に。

 何でもアメリカの言い成りになるのは止めよう。コロナも、沖縄や基地への出入りは自由で、好き勝手をしているのを文句も言えない。コロナの終息どころか、却って増やす勢いになっているが、元々開催したいが為に、嘘の報告をし続けた結果である。都知事に再選されたがそろそろ嫌気がさしているのかな?同じことの繰り返しだし、新しい事には触れられないしでいらついて。

 オリンピックの負担金が膨大な金額で、消費税やら地方税へ降り懸かるのは明らかだ。個人的には無い袖は振れぬ。医者に罹る気は全くないので、健康保険にも入らない。何かあった時と言うが、それは死を覚悟の上で、延命措置は要らないのだ。金の掛かることは一切したくない。長生きをしようとも思わないし、命が尽きれば終えるだけである。その心情を汲んでもらいたい。

 昨夜、リエさんからマスクのお礼があり、ちょっと大きめなのは男性用にしてくれるらしい。手拭いもマスクに作られて、出番を歓んでいるだろうか。昔には、お中元やお歳暮で必ず貰っていたのが、最近はさっぱりなので淋しい。作業に使っても好いし、枇杷葉のエキス漬けにも重宝した。難点は色が落ちないことで湿布用に別にしている。枇杷葉のお陰で、腰も足も痛みが和らぐ。

 市販品は多々あるものの、効果の程は不明であり金も掛かる。枇杷葉の有難さには、何時でも何処でも使えることと自然に還せること。薬には薬害が付きものだし、物に因っては高額でもある。枇杷葉を信じていることには、自然からの力を分けて貰える歓びがあるもの。医者に罹らなくなって今更のように想える。牛乳は下剤になり、焼酎に漬けている薬草も重宝している有難さ。

 梅の効用も凄い。腹痛と言うか腹下しによく効く。夏バテしないためにも、冷房は程々に使うことで、夏は暑い季節なのを認識しよう。だから都会には棲めない。田舎も辺鄙な場所で、枇杷葉の植えられる土のあるのが好い。酸素は一杯であり自然の力を分けて貰える環境。水と塩だけの暮しにしたいと決行するが、これはちょっと無理だったな。冬には足湯で湯たんぽにしよう。

 通草は、耳鼻咽喉に効くのでコロナにも罹り難いようだ。枇杷葉は、血液サラサラに保ってくれるので、日々の飲用をしていれば心配も少ない。出掛けるのも極力控えて、自宅待機の暮しなのも安心だ。知っている者でも事前約束がないと遇わず、知らないのでは鍵を開けるのは無論のこと対応はせずお帰りを願う。すばると二人での暮しを続け、借りた本を静かに読んでいる。

 昨日はホビットを2巻まで観た。今朝は、冷房でお腹を冷やしたので身体を温めている。蒲団もちゃんと被っていたんだが、寝相が悪かったようで。雨が降ったり止んだりの景色で、外を眺めながらカーディガンを羽織る。本日の予定は体調回復としよう。こういう時には沢田研二さんの声が最高。何を聴こうかな…ジュリー祭りにしようかなぁ。何しろ俄かファンなので迷うのです。

 枇杷葉の花芽も年毎に違う。同じ木に付いたり、新しい処に咲いたりする。その香りには、清々しさと馥郁さとが漂ってくる。
 
コメント
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