この第8巻では、源氏が亡くなり、一挙に6、7年の月日が流れた。この展開には「あれっ」と思ってしまった。物語は、源氏の息子たちの話しに舞台が変わる。息子薫は14歳、友人の「匂兵部卿」(今上帝の弟、三の宮)の話から始まる。二人は、衣服に香を焚き染め、人も驚くほどのいい香りをあたりに放っている。
「橋姫」からは、言われるところの「宇治10帖」の物語だ。薫は既に20歳になり、宰相の中将になってい。宇治に宮廷社会から忘れられた八の宮(桐壺帝の八の宮)と呼ばれる宮様がいて、世間とは隔絶した奥山で仏に帰依した暮らしを送っている。宮には、姉は大君、妹は中君と呼ばれる二人の美しい娘がいた。
仏の道に関心を持っていた薫は、宇治八の宮の清らかな暮らしに興味を覚え、ある日宇治を訪ね、二人の姉妹に出会う。姉妹のことを友達の匂兵部卿に話し、いつしか二人で宇治に通うことになる。
薫中将は、姉の大君、匂兵部卿は妹の中君に心を寄せるようになる。そんなある日、二人の姫のそばに仕える老女から、薫は自分の出生の秘密(母親女三宮と柏木の不義の子)を聞かされて愕然とする。
八の宮は、山にこもって勤行の日々を送っていたが、病にかかり、二人の娘を残して亡くなってしまう。
「つひにゆく道とはかねて聞きしかど
きのふけふとはおもわざりしお」(「椎本」)
最後の章は「総角」、これを「あげまき」と読むのは知らなかった。飾り結びの一つで、四っつの結び目が美しい結び方だ。
「あげまきに長き契りをむすびこめ
おなじ所によりもあはなむ」
姉妹と薫、匂兵部卿とのやりとりが、いつ終わるともしれないほど続く展開に少しうんざりさせられたが、驚いたことに、大君も病に倒れ、亡くなってしまった。一人残された中君はどうなるのか、というところで「総角」の章が終わる。恋の会話はほとんど歌のやり取りで進められるという、平安貴族の優雅さにはただただ、「フムフム」と頷かざるを得ない。
「林望 謹訳源氏 九」の刊行は2013年2月4日となっているので、しばらくは源氏物語と離れることになる。