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納戸の奥に眠っている箱を久しぶりに出してみると…
買い集めていた45年前の週刊ベースボールを読み返しています

# 793 ノムさん

2023年05月24日 | 1977 年 



パ・リーグの前・後期どちらかは優勝してもいい実力を持っている南海だが、前期は惜しいところで阪急に勝ちを譲り後期もスタートで大きく躓き短期決戦としてはいささか苦しい。ファンはヤキモキだが野村監督が前期シーズン当初に漏らした発言が妙に気になってくる。その発言とは…

オーナーに絶対の信頼
前期シーズン開幕から南海が快進撃を見せていたころ野村監督はポツリ「とにかく前期が勝負なんや。勝たないと俺なんか吹っ飛ばされるやろうから…」ともらした。その言葉の裏には優勝しないと辞めさせられるとの思いが込められている。仮に前期がダメでも後期シーズンを制覇すればよく、なにも前期に固執する必要はないのだが敢えて野村監督は前期を強調する。それだけ自身のクビが危ないことを感じとっているのかもしれない。現実は最後の最後まで前期優勝を阪急と争ったが敗れた。やむなく後期シーズンに願いをつないだがオールスター戦までに5勝10敗と大不振で最下位に低迷する誤算となった。

短期決戦でスタートから躓いたハンデは大きい。現在の成績から勝率5割にしようとすると3連戦を2勝1敗ペースで18試合を要する。既に16試合を消化しており、計算通りにいっても34試合目つまり後期の折り返し点となる。だが足並みの揃わない投手陣と貧打の攻撃陣では2勝1敗ペースも難しい。「何から手をつけたらいいか分からない」と野村監督は頭を抱えている。野村南海の落城が後期も続けば進退問題が現実味を帯びてくる。比較的新しい担当記者の間でポツリポツリと話題が出つつあるが、古参の記者達は「話は出ても結局はウヤムヤになるよ」とシラケた表情。

「ノムさんが自分から辞めると言ったことはない。常々『辞めさせられても文句は言わない』とノムさんは口にするけど裏を返せば辞めさせられることはない、という強い自信があるからだ」とベテラン担当記者は言う。この言葉は南海の歴史が証明している。優勝を逃した昭和50・51年のシーズン後に野村監督は進退伺いをフロントに預けた。だが川勝オーナーは熱烈なノムさんファンで野村監督が窮地に追い込まれるたびに「南海の監督は野村しかいない」という鶴の一声で残留を決めてきた過去がある。球団内の人事権は森本球団代表が全権を握っているが、野村監督の件については球団代表も立ち入ることは出来ない。


ワシは守備の人になる
今シーズン野村監督の口癖が守備の人になる、である。確かに年々打撃力は低下しホプキンス、ピアーズの両助っ人の加入と若手の成長もあって野村監督のバットが火を吹かずとも影響は少なくなった。代わりに捕手という守りの要としてチームの勝利に貢献しようというのだ。20数年のキャリアもあり余人に真似できない野村監督の投手リードは卓越した心理面の駆け引きの妙を持っている。しかし守りの要というには肩の衰えはマイナスポイントだ。7月16日からの対ロッテ3連戦(大阪球場)でロッテは計8回の盗塁機会で6回成功している。盗塁阻止の為に投手にウエストボールを投げさせても刺すことが出来なかった。

「南海と戦う時はコレ(盗塁)にかぎる。ヒットや四球が二塁打になるから楽や」とカネやんは高笑い。16日の試合では9回表2対2の同点の場面で有藤選手が四球で出塁すると、すかさず二盗に成功。野村監督の送球ミスも重なり有藤選手は労せず三進。次打者の右犠飛で決勝点を許し南海は負けた。決して足が速いわけではない有藤選手相手でもこの有り様だ。他にも走者が本塁突入する際のブロックに迫力が感じられないと指摘する評論家もいて、どうやら野村監督が言う守備の人という言葉はまともに受け取れない面もあるようだ。

「満足なプレーが出来ないことは監督自身が一番わかっている。何とかせねばという必死の気持ちは痛いほど伝わってくる。42歳になって捕手という激務に耐えるのは本当に大変だ。しかし盗塁がこうフリーパスでは庇いようがない」と突き放す記者がいる一方で「今回の守備の人になるというノムさんの発言は得意の相手を油断させるもので打つ方はアカンとアピールしといてイザという時に一発かましてやろうという作戦じゃないかな。確かにパワーが落ちたのは事実だけど、打撃技術はまだまだ若い連中より秀でている。相手に野村は安パイと思わせたらノムさんの思う壺だよ」という意見もあり真相は藪の中だ。


時にはドッキリ発言も
阪急と首位を争っていた時の事、クラウンとの試合で前半4対0とリードしながら後半追い上げられて辛うじて勝利した試合後に、金城投手のピッチングに不満があった野村監督は報道陣が囲んだ輪の中で「金城のヤツ、八百長でもやってるんじゃないか。4対0で勝ったら都合でも悪かったんかね」と発言した。記者たちは野村監督の本心ではなく、いつものボヤキだと分かっていたが翌日のスポーツ紙の紙面に載るとこれが物議をもたらした。金城投手は問題にせず沈黙を守り大人の対応をとったが、南海ナインの中にはそこまで言う必要があるのか、との声が上がった。

「監督の立場にある人間が口に出してはならないことを言ってしまった。八百長なんて言葉はタブーであり禁句であることは誰だって知っている。監督ならそんなことを言う前に金城投手を交代させなかった自分を責めるべきだろう」と苦言を呈する評論家もいた。幸いにも金城投手は次の登板で好投したから問題が大きくならず事なきを得たが、これが気が小さい選手や逆上しやすい選手だったらチームが空中分解していてもおかしくなかった。思慮深い野村監督にしては珍しい放言だったが常日頃「ウチの選手は大人し過ぎる」と選手らに奮起を促す為だったとしたら少々勇み足であったようだ。


もうリーダーが出て来てもいい
さるスポーツ紙に『野村今季限りで現役引退』と報じられると「俺は " 銀球式 " を迎えるまで辞めないよ」と反論した。銀球式とは結婚25年を銀婚式と呼ぶことに掛けた野村監督の造語だが、つまりあと3年は現役を続けるという発言だ。3年前に巨人の長嶋選手が引退した時も「ワシは惜しまれて去ることは出来ん。ファンが1人でもいるならボロボロになっても辞めん」と野村監督は言った。惜しまれながら余力を残して引退するのと対照的なボロボロの引き際はプロフェッショナルとして一つの生き方である。そんな野村監督も最近は「ワシではもうチームを引っ張っていく力はない。門田や藤原がその役目を担ってくれんと」とポロリと弱音を吐くことが増えた。

それだけに前期シーズンで優勝を逃し、後期シーズンもスタートダッシュに失敗し苦しい展開になったことに歯ぎしりしたくなる思いであろう。だがこのまま尻尾を巻くとは思えない。チームを立て直し再スタートをしなければならない。その為にどんな手をうつのか?「鬼コーチが欲しい。ウチの選手は大人しいから負けだすと元気がなくなる。そんな時にハッパをかける鬼コーチがいてくれると助かる。本来ならブレーザーの役割だが、やはり日本人のコーチが言ってくれた方が説得力があるから好ましい」と。新たなチームリーダーと日本人鬼コーチ。それらが揃えばノムさんのボヤキも減るかも?

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