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納戸の奥に眠っている箱を久しぶりに出してみると…
買い集めていた45年前の週刊ベースボールを読み返しています

#317 コンバート

2014年04月09日 | 1983 年 



落合博満(ロッテ)…いつもは飄々としていて軽口を叩く落合が珍しく真顔でしばしば「今年は何としてもダイヤモンドグラブ賞が欲しいんだ」と口にする。しかし直ぐに「投票権の有る記者さんには愛想良くしなくちゃね」といつもの落合に戻るのだがそれは本音だろう。" 史上最年少(28歳)三冠王 " も守りの方は御世辞にも上手いとは言えない。投手陣の間に「あっち(二塁)方向にゴロが行くと目をつぶりたくなる」なんて声が有るのも事実。そんな落合に一塁コンバートが命じられたのはキャンプ出発直前に新助っ人・シャーリー投手の加入で外人枠から押し出される形で正一塁手だったレオン選手が横浜大洋へ移籍する事が正式に決まったから。  ダイヤモンドグラブ賞とは現在のゴールデングラブ賞の旧称

実は落合が一塁を守るのは初めてではない。昨年は3試合のみだったが、一昨年は怪我で欠場したレオンの代役で7月初旬から1ヶ月間一塁手を経験しているが本職と言うにはほど遠い。しかし久しぶりにファーストミットを手に一塁守備について千田コーチのノックを軽いフットワークで受け続ける姿に違和感はない。「ゴロの取り方は思ったより柔らかい。二塁の守備で見せたドタバタ感はない。左右の動きが二塁手と比べると少ない分、落ち着いているからかな」と千田コーチも先ずは合格点を与える。ただし実戦形式の紅白戦では強烈な当たりのゴロは無難なく捌いたが連携プレーではミスを犯して課題を残した。

慣れた二塁からのコンバートが裏目に出て打撃面に悪影響をもたらす可能性も有るかもしれないが落合は前向きに考えている。三冠を手にして次なる目標は何かと問われて「日本プロ野球史上初の4割打者を目指す」と公言した。その為には守備の負担が減る一塁手は好都合なのだ。しかし打率4割の壁はとてつもなく高い。打撃の神様・川上やONでさえ越えられなかった壁を越えようと言うのだ。「俺のバッティングなんて型があるようで実は無くてまだまだ発展途上なのよ。そんな中途半端な俺でも分かった事がある。800本も900本も本塁打を打てっこないし安打だって3000本なんて夢のまた夢。だって俺はもうすぐ30歳だぜ」「4割を打つ事ぐらいしないと名前は残らない。可能性はゼロに近いけどアメリカには前例があるわけだし挑戦する価値はあるでしょ」と本気なのだ。

負担が軽くなると言っても何も手抜きをするという訳ではない。練習後には特守を志願して千田コーチから1時間で約700本のノックの嵐を浴びた。一・二塁間のゴロは多少のミスが目立ったものの一塁線を含めて全体的に動きは機敏で「グラブ捌きは上手い、ゴロの取り方は合格。あとは連携プレーの練習あるのみ」と千田コーチは言い、本人も「一塁線側は心配ない。課題は逆シングルだな、でも心配いらないよ」と余裕たっぷり。その言葉通り2月27日の広島とのオープン戦の2回表一塁線ボテボテのゴロに軽いフットワークを見せベースカバーに入った三宅投手に絶妙のトス、5回にも一・二塁間の難しい打球を難なく処理した。

「今は特守のお蔭で身体中バリバリで打撃の仕上がりはまだ五分程度だけど、これは計算内。俺が本気で打席に入るのは例年ラスト3試合くらいだから心配していない」と本人が言う通り暫くは守備に主眼を置く腹づもり。「守備範囲で言うなら二塁手の2/3程度。しかもサインプレーで頭を悩ます事も二塁手に比べたら遥かに少ない。今の状態を維持出来ればオチが言うダイヤモンドグラブ賞も夢じゃないよ」と千田コーチが言うのもあながち嘘ではない。各チームの一塁手を見れば田淵(西武)・小川(近鉄)・門田(南海)・ブーマー(阪急)あたりは現状の落合と大差は無く、強いて挙げれば柏原(日ハム)がライバルとなりそうなくらい。「まぁ見てて下さいな。エへへ…」と不敵に笑う落合だった。



山本浩二(広島)…守備の負担を減らす為のコンバートでも山本と落合では意味合いは異なる。落合の場合は打撃の更なる向上の為のコンバートだが山本は選手寿命を延ばす為のコンバートなのだ。「浩二には主力打者としてまだまだやってもらわなければ困る。その為に守りの負担を減らすのも有効な手段」と古葉監督は明かす。野球を始めて初めて経験する左翼手。コンバートを命じられたのは昨年の秋季キャンプで、コンバートは法政大学入学後に投手から野手に転向して以来の事。

「左翼は初めてだけど同じ外野手だし内野を守る訳じゃないから不安はない」と本人は言うものの道のりは平坦ではない。中堅手なら打球に対してその方向へ走ればよかったのだが左翼手はそう単純ではない。左中間へ飛んだ打球は素直に追えばよいのだが右中間や右翼線への打球の場合は反対方向の三塁ベースカバーに走る必要がある。プロ入り以来14年間守り続けた中堅の習性を拭い去るのは容易ではない。

不安は的中する。2月20日の中日戦、走者を置いて川又の打球が右翼方向へ飛ぶと三塁カバーを忘れて打球を追ってしまった。幸い中継プレーに乱れはなく事なきを得たがもしも送球が逸れていたら失点ものだった。「途中で気が付いたけど間に合わなかった…習性とは恐ろしいもんだね」と本人も反省しきり。さらに2月26日のロッテ戦では左翼線に飛んだ打球を追ったが追い着けずクッションボールの処理を誤り無駄な進塁を許してしまった。「左右中間と違ってクッションボールの処理は難しいね。フェンスの角度は各球場で違うからこれからチェックしないと」と新たな難題出現に困惑を隠せない。

大学時代に「法政三羽ガラス」と呼ばれていた富田(元中日)に続いて星野仙一も引退し神宮を沸かせた仲間で残るは田淵(西武)だけとなり山本自身にも「引退」の文字が見え隠れする年齢となった。それでも今季の目標を「3割・40本塁打」に置きあわよくばタイトル奪取も視野に入れている。年齢的な事を言われるのを最も嫌う。「体力的にピークを過ぎたのは事実。だけど野球は年齢でやるモノでもないし絶対にあと3年はプレーするつもりでいる。その為にも今年は大事なシーズンでズルズル成績が下がると取り返しがつかなくなる」「昨年だって27本目を打った頃までは例年と同じ量産ペースだったのが右太腿の怪我をしてからは本塁打数が伸びなかった。改めて体調管理の重要性を思い知らされた」

左翼コンバート以上にやる気を起こさせているのが同年代の加藤の存在。阪急から移籍して来た2歳下の巧打者にライバル意識を剥き出しにする。「アイツの練習熱心さには頭が下がるよ。あの歳でこれでもかというくらい打ち込んでいる。サチ(衣笠)もよく練習するけどそれ以上かも。負けていられんよ、暮れには皆で美味い酒を飲みたいしね」 掛布や原が昨年以上の力をつけ、今季はスミス(巨人)などの新助っ人など本塁打王争いのライバルは多いが左翼コンバートを克服しバットマンレースに参戦するベテランが一泡吹かせるかもしれない。



門田博光(南海)…もう一人の「ヒロミツ」の門田の場合は前述の2人とは異なり自らコンバートを志願した。1979年にアキレス腱を断裂して以来、指名打者に専念し中心打者として恥ずかしくない成績を残してきたが心機一転、今年から守備につく決意をした。それは穴吹新監督との他愛のない会話から生まれた。昨年の11月東西対抗戦出場の為に東京まで出向いた帰路の新幹線の車中での事、穴吹監督と席を並べて雑談をしていた際に「監督、実は来季は守備につきたいと思っているのですがチームとしては迷惑ですか?」と問うと「エエやないか、足への負担を考えたら外野はキツイやろ。一塁がいいんじゃないか」とアッサリ了承された。

プロ生活14年の間、大男が当たり前の世界で身長170cm そこそこの小柄な門田が生き抜いて来られたのは飽くなきチャレンジ精神を持ち続けたお蔭。アキレス腱切断という選手生命の危機に直面しても「走れないなら走る必要の無い本塁打を打てばいいじゃないか」と前向きな精神を常に心掛けてきた。ただ守備につくと言う事はチーム全体に悪影響をもたらす可能性も出て来る。「こんな背の低い一塁手じゃ他の内野陣がやり難いんじゃないですか」「そんな事は気にするな、皆プロなんだ。一塁手が取れる所に送球するのがプロとして当たり前の事。取れない所に投げる方が悪いと思うくらい図々しくないとダメだゾ」と逆に励まされた。

2月4日から始まった呉キャンプ。ファーストミットではなく特大サイズの外野手用グローブを手に内野手として練習に参加したが正直言って動きはぎこちない。それでも大ベテランが真剣に取り組む姿勢を見て若手の多くが刺激を受けたのも事実。「あの門田さんが中学生のような基本練習を繰り返すのを見ていると胸が打たれます」と球場内にはピンと張りつめた空気が漂う。ベースカバーに入る投手へのトスやバントシフトなど未知の世界でもがき続けた1ヶ月で全てを習得出来た訳ではなく、紅白戦でミスを連発した際には思わずグローブをグラウンドへ叩きつけた。

「本当に下手糞な自分に腹が立つ。こんなんじゃチームの足を引っ張るに決まっている。一時の思いつきで守備につきたいなんて言い出したのを後悔し始めている。もし俺が監督だったらこんな一塁手なんて絶対に使わない」と弱気の虫が現れ始めた。だが周囲は「10数年やっても一人前になれない選手だっているんや。それを1ヶ月足らずでやり遂げようなんて思う方が間違い」と諌める。それでも本人は「これだけ動いたキャンプは初めて。身体中の筋肉が悲鳴を上げているけど心地良い疲れでキャンプの1ヶ月はアッと言う間に過ぎた。周りは無理だと言うけどオープン戦の期間で何とかモノにしてみせる」と自らを奮い立たせる。

自ら門田に一塁コンバートを進言した穴吹監督だが無条件に門田を起用する気はなく、守りの野球を標榜するだけに明らかに守備力の劣る選手は誰であれ使わないと公言している。しかし門田は「打撃と同じで最後まで球から目を離さない事が大切だと今更ながら気づいた。この調子なら100試合以上は守備につけるんじゃないかな、と言う淡い期待というか自信がついてきた。でも監督が使えないと判断したなら潔くDHに戻ります」「でも田淵さんより巧いんとちゃう?」と笑うベテランは例年とは違うシーズン前に静かに燃えている。



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