青エンピツから万年筆へ
軽量級の青エンピツこと青山久人投手はチーム内で「アイツはドライボーイだ」と専らの評判だ。昨年入団した早々から人を食ったような発言で担当記者たちを煙に巻くことも再三。むしろコーチや先輩選手たちをハラハラさせていたくらいであった。いい意味ではプロ向きのハートの持ち主とも言える。その青山投手が今季二度目の先発に起用された5月21日の対大洋6回戦でスイスイと投げているうちに何とプロ初完投・初完封勝利をやってのけたのだ。オバQこと田代選手ら猛打を誇る大洋打線が完封されたのは今季これが初めて。まさしく初物ずくめの青山投手にとっては嬉しい今季初白星であった。
最後の打者・長崎選手をシュートで空振り三振に仕留めると女房役の木俣選手から受け取ったウイニングボールをポ~ンと一塁側スタンドへ投げ込んでしまった。「やっぱりアイツはドライだな。普通なら記念すべき球は大事に取っておくもんだ」と中日ナインを驚かせたが、その直後に青山投手の両目から涙が。勝利インタビューも出来ないくらいの号泣でこれには選手も記者たちも二度ビックリ。「ドライに見えてもヤツも人の子だったんだな」と周囲は青山投手が人並みの青年だと分かって逆に爽やかな印象を受けたようだ。
青山投手がこの日の先発登板を中山投手コーチから言い渡されたのが3日前の甲子園球場。登板前夜はあれこれ考えているうちに明け方まで眠れず僅か2~3時間足らずの睡眠だった。「このチャンスを逃がさないゾ」と自分に言い聞かせてマウンドに上ったのが望外の初完封に繋がった。しばらくして涙が止まると青山投手は元の人を食ったようなおトボケを取り戻していた。すぐに折れてしまいそうな青エンピツがいつの間にか一回り太くなって丈夫な万年筆に成長した、そんな感じの青山投手である。
大島の " 意識 " が変わった
今季が開幕して1ヶ月間、三塁のポジションには阪急から移籍して来た森本選手がデンと構えていた。地元名古屋のテレビには「一発長打の大島クン」というCMが流れているが、一発を売り物にしている大島選手のバットはずっと湿りがち。そんな大島選手に森下コーチが「オイ、いま頑張らなくてどうするんだ。亡くなった兄さんが見守ってくれてるぞ」と励ました。5月10日の対阪神4回戦の試合前に兄・隆さんの訃報が舞い込んで来た。この試合に臨んだ大島選手は代打で出場して同点タイムリーを放った。
大島選手の頬を涙が流れ落ちた。兄の死を契機に大島選手の人生観が変わったのだ。「今まで兄貴におんぶしてのんびり生きてきた。だけどこれからは自分が一本立ちして実家の家族の面倒をみなくては」と。こう考えた時、大島選手はそれまでの自分には心のどこかに甘えが巣食っているのに気がついた。それからは余計なことは考えずひた向きに野球に没頭しているうちに森本選手から三塁のポジションを奪い取った。プロ入り9年目にして初めての定位置確保となった。
森下コーチの激励はこうした背景があったのだ。それと同時に「お前の実力はこんなもんじゃない。もっと努力しなければいつまた元のベンチ要員の控え選手に逆戻りしてしまうぞ」という意味も込められていた。5月末の巨人戦では打順が六番から五番に昇格した。対左腕投手攻略用の変更だったが大島選手がクリーンアップ(三・四・五番)の一角になったのは今季初だった。それだけに首脳陣の大島選手に対する期待の大きさが分かる。
テレビ中継は見るべきですね
阪急へ移籍した稲葉投手や島谷選手が新天地でバリバリ活躍している。中日ファンは2人の活躍を嬉しく思う一方で「それにひきかえ中日に来た連中はパッとせんなぁ」と嘆いている。むろん当事者の戸田投手にもそんな声は届いている筈だ。森本選手は怪我で欠場だし大石投手は二軍落ちしている有様を見て同僚の戸田投手の胸中はさぞ残念無念で歯ぎしりしたほどであったに違いない。戸田投手自身も5月11日の阪神戦で2勝目をあげて以降、勝ち星はストップしたままで焦りのせいなのか体調まで崩してしまったが、次の先発予定を前に戸田投手は「今度こそ頑張らなくては」と気合いを入れ直した。
登板前夜、戸田投手は自宅で川崎球場での大洋対巨人戦のテレビ中継を見ている時にある考えが閃いた。「そうだ、俺は投げる時に手首を十分に返してなかったんだ」と。人間という者はふとした瞬間に忘れていたものを思い出すことがある。その時の戸田投手はまさしくそれだった。ベテランだけに気がつけば修正を実行するのは早い。6月12日の対大洋10回戦に先発した戸田投手はそれまでとは別人のような投球で9奪三振・2失点に抑え完投勝ちした。「長かったですね。左打者への内角へのスライダーが良かった。テレビ中継を見たお陰です」と心から嬉しそうに戸田投手は笑った。
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