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諸星大二郎の漫画について、手元に何の資料もなく語ってみる

2020年11月26日 07時45分25秒 | つれづれ読書録
 道立近代美術館で「諸星大二郎展」が開かれています。
 公立美術館で開く漫画の展覧会といえば「北海道出身」というくくりだったり「高橋留美子」「手塚治虫」といった大御所だったりが通例で、諸星大二郎という人選は意外でした。幅広く知られていて多くの来客が見込まれるという漫画家とは思えなかったからです。少なくとも、この会場でマニアックな漫画家の展示を行うなら、同じ時期に「手塚賞」を得てデビューした「星野之宣展」のほうが先だろうと思っていました。道内出身だし。

 新型コロナウイルスの感染拡大で、札幌を訪れづらい空気が醸成されていることもあり、この展覧会に足を運ぶかどうかはいまのところなんともいえませんが、実は、筆者はこの漫画家の初期の著作を何冊か持っていますので、ちょっとだけその魅力を語ってみたいと思います。
 ただし、本はすべて札幌の自宅に置いてあるので、手元には一冊もありません。実物を見ないでつづるので、思い違いなどもありそうです。どしどしご指摘ください。


 「夢みる機械
 初期短篇。
 このあたりは「少年ジャンプ」で、リアルタイムで読んでいる。
 とにかく怖かった。
 お化けとか霊とか、そういうありきたりな怖さではなくて、存在論的な根底から揺さぶられるような怖さ。
 人は、この怖さを忘れるために性交するのかもしれないと思った。


 「生物都市
 初期短篇。手塚賞入選作。
 人間と機械が溶け合うというライトモティーフは、もしかしたらエヴァの「人類補完計画」に遠く残響しているのかもしれない。


 「浸食惑星
 人口爆発で人類が地下へ地下へと居住域を拡大していく未来が舞台。
 筆者が好きなのは、こんな未来でも、空き地で遊ぶ楽しさを求める子供心と冒険心が変わっていないこと。


 「妖怪ハンター
 こんなマニアックな(絵もストーリーも)作品が「少年ジャンプ」に連載されていたというのは、すごいと思う。短期連載だったので、一話一話のテンションの高さも大変なものだった。古事記や民俗学を素材にして、ここまで独自の世界に再構築するのが、諸星大二郎氏の真骨頂。


 「生命の木
 「妖怪ハンター」のスピンオフ的短篇。私はこれを、ラーメン屋かどこかで手に取った少年ジャンプでたまたま読み、衝撃を受けた。
 隠れキリシタンが題材になっている。「ほんとうに救われる人」とは誰か、進行信仰による救済とは何かを、考えさせる途方もない作品。
(この段落の誤字を訂正しました)


 「マッドメン
 パプアニューギニアの非文字社会が舞台。カーゴカルトなど現代的な話題も取り入れつつ、人間とは何か、文明は人を幸せにするのかを問いかけるドラマが展開する。かなり荒唐無稽な話ではあるが、つい引き込まれて読んでしまう傑作長篇。


 「不安の立像
 短篇。
 筆者が東京に住んでいて驚いたのは、網の目のように張り巡らされた鉄道・地下鉄とものすごい混雑、そして、そこで毎日のように起きる「人身事故による遅れ」だった。飛び込み自殺が「よくあること」で、誰もそれに心を動かしたりしていないのである。
 そういう非人間的でストレスフルな世界の閉塞感をこれほどまでに鮮やかに描いた作品はないだろう。背筋の凍る作品。


 「感情のある風景
 SF短篇。
 アイデアが秀逸。そしてしみじみと悲しい。


 諸星大二郎には、以上のようなシリアスな作品のほか、軽めの絵柄で描かれたナンセンスギャグもあり、作風の幅が広い。
 「ど次元世界物語」のように、ひたすらバカバカしく、複数の絵柄を混在させて、作者も収拾がつかなくなったようなシュルレアリスム的作品もあれば、「奇妙なレストラン」のように、どこか宮沢賢治「注文の多い料理店」を彷彿とさせる恐怖感をさらっと出している作品もあるし、「コッシー譚」のように女の子から「かわいい!」と言われそうな愛すべき掌編もある。
 「鯖イバル」とか「アリゲーター」とか、だじゃれのためにここまでやるか! と思う(笑)。


 さらに付け加えれば、筆者は、以上のような代表作と違って、それほど成功していないと思われる作品のいくつかが、なぜか忘れがたいのだ。
 「ティラノサウルス号の生還」もそうだし、幕末史を米国に置き換えた「マンハッタンの黒船」もそう。企業城下町を皮肉った「城」も。
 いずれも、設定に相当無理があるような気がするのだが、でもなぜか印象に残る。
 「猫パニック」は、1975年ごろ、国労のストや新宿暴動などの記憶がまだ新しく、ちょっとしたきっかけで社会がひっくり返るかもしれないという感覚が底流にある。この感覚は、いまの若い人には、理解するのがとても難しいのではないだろうか。


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