あずみの民話版画をつくり始める。
安曇といえば言葉の響きもいいので・・・定着してる。穂高豊科あたりは昔は「あずみでいら」と呼んだ。
「安曇平」ということだ。さすが安曇野には負ける。
白馬あたりは「四ヶ庄」と言った。とっくに消えてしまった。白馬って言葉には負ける。
観光用に「北の安曇野」とかいう人もいたが、広まらなかった。
ところでこの版画は大町の民話である。木崎湖の現在キャンプ場になっている北に森城といったお城があった。お城といえば松本城のようなものを連想するが、全部がそうでもない。片方が湖だから攻めにくい城だったろう。
そこから出た話だ。現在もお城の近くの集落は「森」と言っている。