おとうさんは、ひと月ぶりに帰って来た。えらく疲れ果てている。
人が変わって口数が少ない。ひと月前の明るい饒舌ぶりが微塵もなかった。
高学年のタカシにも、そんな大人の変わりようは理解できない。
「どうやったの?もう限界って顔してるよ」
おかあさんは気を使って訊いた。
「ああ、もうアップアップだよ。もう寝るわ」
おとうさんはごろりと横になった。そのまま眠って、大きないびきを掻きだす。頬の肉が落ちてげそっとした顔だった。
タカシは堪らなくなり訊いた。
「おとうさん、よっぽどしんどいんだね」
「大変なお仕事をして来たんだもん。仕方ないのよ」
おかあさんは首を軽く振り笑った。
ひと月前、熊本に向かったおとうさんは、現地で電気の復旧工事に追いまくられた。
地震で破壊された送電施設は無限に近かった。
電力会社から派遣された電気技師のおとうさんは、現地スタッフを監督しながら、工事に携わった。
気苦労は人の数倍したし、尽きることはなかった。
おかあさんの説明に、タカシは頷いた。
でも、おとうさんの大変さは、想像すらできない。
「タカシは覚えてないかな、まだ小さかったから。震災で家が焼けてしまったの……」
「うん。覚えてないけど、お話しはいっぱい聞いたよ」
阪神大震災。タカシの家は縦に横に揺れて崩れてしまった。そして、燃え移った火で跡形も残らなかった。
幸い家族は命拾いしたものの、それからの苦労は言葉に言い表せない、と両親からしょっちゅう聞かされて育った。
「その時ほかの県から応援に来てくれた人たちの不眠不休の活動のおかげで、みんな救われたの。おとうさん『その人たちへ感謝を忘れたら、絶対あかん!』って口癖にしてた。『今度の災害は恩返しや!』熊本へ出発する日に、おとうさんが言ったの覚えてるやろ」
おかあさんに言われて思い出した。
あの時、お父さんの目がギラギラ光っていたのを。あれはおとうさんの覚悟を示していたんだ。
「出来んことをしようとしたら、そらもう邪魔なだけや。だから出来んことはせんこっちゃ。非常時は出来ることをやらなあかん。それが一番役に立つ。タカシ、よう覚えとくんやど」
こんこんと言い聞かされた。
おとうさんなら出来ることを精いっぱいやる。役に立ったのは間違いない。邪魔になるなんて考えられない。
思わずおとうさんの寝顔を見た、尊敬のまなざしで。
「ムニャムニャ!」
寝言で誰かを叱咤する。現地での奮闘を夢の中で再現している。げそっとした顔に逞しさが浮き上がる。
おとうさんは闘って来た。未曽有の状況下で、闘いが終わることはない。
たぶん、いや今も闘いは続いている。おとうさんの戦場を引き継いだ人が闘っている。
(ありがとう、おとうさん、頑張ってくれて……!)タカシは心の中で呼びかけた。
「ああ、よく寝たな」
目覚めたおとうさんは驚いた。
タカシが体にしがみついた状態で眠っている。
よくよく確かめると、タカシの表情は、とても安心しきったものがある。
(フフフ。こいつめ)
おとうさんはタカシの顔に頬をすり寄せた。ここにも守ってやる大事なものがある。全身全霊かけても悔いはない宝物だ。
「あらあら、やっと起きたんだ」
おかあさんだった。
「ああ、疲れが取れたよ。もしかしたら、タカシが手伝ってくれたのかもしれないな」
おとうさんは、体から離れない小さな息子の手を見つめながら、心底そう思った。
悪夢のような現地での悪戦苦闘ぶりを夢に見ていた。
向こうでは仲間がいた。信頼しあい復旧に向けて働いた。そして、ここでは、愛する息子タカシの応援を受けている。
「……負けるな、おとうさん、頑張れ……!」
タカシの寝言は心強い。これ以上の援軍はない。おとうさんはつくづくそう思った。
「しばらくゆっくり出来るの?」
「いや、また熊本へ行くことになっている。すこしでも役にたたなきゃなあ」
「体だけは大事にしてよ。あなたを必要とする、タカシがいるんだから。絶対だよ」
息子を見つめ、おとうさんは力強く頷いた。
今夜の一冊は、
シートン動物記
まさかマンガ版に出会えるとは、
思いもしませんでした。
しかし、
素晴らしい、
感動的な絵とストーリーの
シートン動物記はありました。
漫画が人の心へ
届けるものが無限だと
感じさせてくれた作品でした。