ちゃんと目は覚めた。
不思議なものだ。いつもなら深夜を過ぎて床に就けば、寝坊は確実である。それが翌日に予定が入ると、必ず一時間は前に目が覚める。子供の頃、明日は遠足だとウキウキして眠るのが遅くなっても、翌朝は時間にきっちりと間に合うように目は覚めた。あれと同じ現象なのだろう。
枕もとの携帯を確かめると、六時きっかり。見事な覚醒だった。集合時間は八時である。二時間早くても、二度寝するのは禁物だ。
倉庫で草刈り機を点検した。出番のない冬を越した機械で、ぶっつけ本番はタブーである。エンジンがかからないなんてことがままある。燃料を抜き忘れての冬越しをしていれば、十中八九エンジンはかからない。
「おはようっす。ご苦労はん」
集合場所の営農倉庫前に役員が待機していた。打ち合わせているのか、真面目な顔で睨みあっている。邪魔かと躊躇するが、挨拶をしなくては、こちらの格好がつかない。
「おはよう。早いやないけ」
隣保長のYが受けてくれた。役員の顔ぶれはすっかり若返っている。自分の子供といって差し支えない顔を揃えている。
「ナンボ早うても、ここへ来とったら、時間に遅れる心配あらへんやろ」
「そらそうや。まあお利口さんなこっちゃ」
冗談は通じる。相手が笑ってくれるとホッとする。年を取ると、余計な気苦労をしてしまう。
定刻になると、二十数人が顔を揃えた。半分以上がふだん喋る機会もない連中だった。それぞれ気心の知れあった同士で群れている。
「この頃、どないしとんや?」
声の主は年長のTだ。元気者で通っていても、年齢の影響は隠せなくなっている。すこし曲がりかけた腰と白髪頭は甥の象徴だ。
「ぼちぼちやってますわ」
「仕事は?」
「ブラブラしてますねん。定年退職してもうたら、気力は沸かんし、もうお仕舞やね」
お互いに内情は分かった上での会話である。村という狭いテリトリーで暮らすノウハウは、こうやってお互いが身につけていく。
一斉にエンジン音がうなった。もちろん例外はある。年に二度の共同作業でしか使われない草刈り機の手入れは、どうしても怠けがちになる。使う前日までに点検始動を済ませていないと、本番でエンジンはうんともすんとも言わなくなったりする。その何台かの草刈り機をなだめすかす姿が、きょうも見られる。
八時にスタートした草刈りは、割りふられた範囲を何人かずつが組み、手分けして刈り進める。エンジン音に追いまくられながら機械を操作する目まぐるしさ。とても無駄口などたたいてる暇はない。ふだん口数が多い連中も、ひたすら作業に集中する。
草刈りは手慣れたものだ。二十年以上やり続けて来ると、操作も自然と上達する。畔の雑草を刈り払うのもコツがいる。刈り払った草が、次に刈る部分を覆わないように、位置を計算する。左回転なら左に振り草を刈る。右へ戻すときは刈らないのが原則である。回転力に支障が及び生じるキックバックを避けるためだ。事故につながりかねない『ヒヤリハット』は、作業する誰もが経験している。
「ガチッ!ガチッ!」
草刈り機の丸のこ刃が時々石を噛む。油断すると、小石や砂利などが吹き飛び、作業者を襲い危険この上ない。のんべんだらりと草は刈れない。注意力は終始欠かせない。
ふと顔を上げると、遠くの土手に作業者が数人座り込んでいる。休憩時間が来たらしい。誰彼が教えてくれるわけではない。共同で作業する仲間と、阿吽の呼吸で休憩を取る。近くにいた仲間のKに、さっそく合図を送った。
エンジン音が止まると、実に静かだ。田んぼに囲まれた農道や畔道は別世界となる。