こころの文庫(つねじいさんのエッ!日記)

家族を愛してやまぬ平凡な「おじいちゃん」が味わう日々の幸せライフを綴ってみました。

田舎・完結編

2014年12月21日 00時07分39秒 | おれ流文芸
「それがホンマかも知れんな、ハハハハ」
 その日の父は不思議と機嫌が良かった。未だかって淳二の前で見せた事のない饒舌ぶりだった。
「おい、ちょっと一緒に行くか?」
 立ち上がった父は、淳二の返事も待たずに外に出た。慌てて追いかけると、もう大分先を歩いている。背中がたくましく見えた。
 父はズンズンと山道を登った。六十を過ぎたとは思えない足取りだった、
「ちょっと一服するか」
 父が足を止めたのは、村の有数の観光資源『揺ぎ岩』である。大きな岩が細い根元だけで支えられ、押すと岩が揺れた。言い伝えでは、善人が押すと揺れるらしいが、悪い心を持った人がいくら力を持って押そうと、決して揺れないと言うのだ。
 淳二が子供の頃から、この岩はあった。いや正確に言えば何百年前からある訳だ。そして、淳二が押すといつも揺れた。単なる言い伝えではあったが、自分が善人と認められたようで、子供心に嬉しかった記憶がある。
 松の根っこが地表に現れているのに腰を下ろした父は、ポケットをモゾモゾ探っていたかと思うと、板チョコを取り出した。
 父とチョコレート、妙な取り合わせである。
「酒も煙草もやれんでのう。口が寂しい手ならんから、最近はこれを持ち歩いとる」
 弁解しながら父は板チョコを二つに折ると、淳二にほって寄こした。
「ここは懐かしいじゃろうが、お前も」
「ああ、中学を卒業して以来だ」
 子供時代は頻繁に足を運んだものだが、高校生になってからは、とんとご無沙汰だった。
「押してみろ、折角来たんじゃから」
「…ああ」
 なにを今更子供染みた事をと思ったが、『揺ぎ岩』を見ていると、無性に押したくなった。一歩足を前に進めた。手を上げ岩膚に触れてみた。ザラッとした感触が懐かしかった。
 思い切ってグイッと押した。だが、揺れない。ビクともしないのだ。揺れているかどうかは、岩の輪郭を樹影の中に見詰めていれば直ぐに判断出来た。今は確かに揺れていない。
「どうした?ちょっとも揺れんぞ」
 父がはしゃいだ声を出した。
 淳二は板チョコを全部口に頬張ると、両手に力を集中させて、もう一度押した。しかし、全く揺れる気配はなかった。
「わしにもやらせろ」
 父が代わって岩を押した。今度は揺れた。じっと見上げる淳二の眼は岩の動きをとらえていた。押すタイミングのせいかも知れない。
「ハハーン、東京の暮らしに染まり過ぎたんを見透かされたんやな、ハハハハ」
 父の何気ない言葉だが、ズキンと刺さった。
「なに、直ぐ元に戻れるさ」
 父は板チョコを齧った。
「どうだ、淳二、暫く淳朗を助けてみるか?あいつ一人じゃ山まで手が回らんからな」
 呟くように言った父は、やはりニッコリと淳二を見た。どうやら、その山に淳二を連れて行く途中らしい。淳二は無言で頷いていた。           (完結)

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田舎その3

2014年12月20日 00時06分41秒 | おれ流文芸
「ああ、まだ決めてない」
「頼りないこっちゃのう」
 懐かしい父の口癖が出た。
「…俺、百姓できるかな?」
「アホ、お前に百姓ができるかいな」
 父は笑っていた。いつ以来の笑いだろうか。
「もう、こっちで落ち着くんやろな」
「うん、ここが一番ええ」
 本音だった。孤独でしかなかった東京生活を考えれば、正に天国だった。
「だったら就職したらええがな」
「いい働き口あるかな?」
 淳二は他人事のように軽く言った。
「ゆっくり探したらええ」
 父との会話は、それで終わった。
 淳二は三年ぶりの自分の部屋でグッスリと熟睡した。夢のカケラも見なかった。眼が覚めた時は、既に昼過ぎだった。余程、東京での生活の疲れが溜まっていたに違いなかった。
 十日ばかりゴロゴロして暮らした。誰が文句を言うでもなく悠々自適だった。
 食事は時間になると母が準備してくれた。そんなご馳走ではないが、母の手作りは美味かった。ちゃんと息子の嗜好を心得た配膳だった。
「どうじゃ、ここを受けてみんか?」
 頃を見計らったように父が言い出した。
「ちゃんと市長に頼んどいたから大丈夫や」
 父はさも嬉しげに言った。
 父が持って来た話は、市の臨時職員採用である。幸運なら正規の職員に引き上げられる可能性があるらしい。
「これが申し込み書や。明日が受け付け機嫌やで、今日中に書き込んで出したらええ」
 すっかりその気になっている父を前に、淳二は素直に頷いた。
 十日後に面接があった。集団面接と言うので、六人ばかり並ばされて質問された。強張った顔付きで居並ぶ五人と隣り合わせでも、淳二はいたって平静に構えていた。
「公務員を志望する動機は何ですかな?」
 白髪のいかめしい顔の男が無表情で訊いた。
「市民に奉仕する立派な仕事で、誇りを持って働くつもりであります!」
 国鉄清算事業団から来たと言う男が、えらく四角張って答えるのに思わずニヤッとした。どうにも可笑しくて堪らなかった。
 他の四人も似たり寄ったりの答え方をした。
(…ああ、面接はあんな風に答えるようになっているのか。しかし、俺出来るかな?)
 そんな事を思っているうちに、淳二の番が来た。まあいいやって気持ちで答える事にした。
「田舎でやり直すには一番適当な仕事だと考えました。やれるかどうかは分かりませんが…」
 いかめしい顔の男も、居並ぶ五人も少し妙な反応を見せたのが気配で感じられた。
(どうもお呼びでないようだな…)
 淳二は、もうどうでもいいような気持ちになった。不採用になれば父も母も気落ちするに違いないが、自分の肌が合わない仕事はご免だった。どうせ長続きする筈がない。
 ますます気楽になった淳二は、後の質問も思った通りの事を言った。軽口を叩きもした。
 結果はやはり不採用だった。
「わしの力も足らんかったのう」
 淳二から通知を見せられた父は、悪戯をして見付けられた子供みたいな表情になった。
「本人の力が一番足らんかったんじゃ」
 淳二は悪びれずに言った。
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田舎・その2

2014年12月19日 00時04分47秒 | おれ流文芸
淳二の帰郷祝いの形で、家族揃って鋤焼きの卓を囲んでいた。何かと言えば鋤焼きを囲むのが、昔からの習慣だった。
 酒とビールも出て、淳二と淳朗の兄弟だけが呑んだ。父は最近胃潰瘍と診断され、酒を含む刺激物を断っている。
 根っから酒好きで晩酌を欠かした事のない父の姿しか知らない淳二は、いかにも不思議そうな顔をした。しかし、父は取り合わず、黙々と鋤焼きに箸を運んだ。
「ああ、遊ぶには持って来いの所だけどな」
 そう、遊ぶにはあんないい街はない。だが、田舎人が、特に関西人が暮らすには不向きだ。淳二は遠い所を見詰めた。
「ほなら、お前にはピッタリやった訳や」
 皮肉でもない口調で淳朗は言った。少し呂律が狂いかけている。
「だけど、遊ぶには金が要るんだからな」
「仕送りじゃ足りんかったんか?」
「あれはアパート代と飯代でパーさ」
「東京は物が高いさかいな」
「ああ」
 淳二が入った会社は一年もたたないうちに倒産した。それもただの倒産ではない。計画倒産と言うやつである。粉飾経理の揚句、突然に経営陣の姿が消えた。
 淳二がいつも通りに出社した時、既に会社は債権者で一杯になっていた。淳二を目敏く見付けた債権者の一人が詰め寄って来た所を、這う這うの体で逃げ出した淳二である。
 結局、給料も貰えなかった淳二に、広い東京で縋る相手は誰一人いなかった。
「ええ女の子でも見付けたんかい?」
「駄目や。全く相手にされんかったわ」
 口惜しいが、三年間の東京生活では全然女性と付き合う機会に恵まれなかった。一度は好みの女の子に声を掛けてみたが、結局軽くあしらわれてしまった。以来、怖くなった。
「窪田浩美って覚えとるか?」
「え?」
「お前の同級生やがな、覚えてないんか」
「い、いや知ってる。あの子がなんや?」
 窪田浩美は頭が良くて、いつも級長をやっていた。実は淳二が心ときめかせた相手である。その浩美を忘れる筈がなかった。確か、東京の名門S女子大に合格している。
「可哀想に、あの子死んだんや」
 信じられない言葉だった。
「それも東京のラブホテルでらしいんや」
 淳朗の眼が、瞬間淫らに光った。
「ほんまに何しに東京へ行ったんやら」
 いきなり母がボソッと言った。
 淳二はドキッとした。母の言葉が、まるで自分にむけられているように思えた。
「田舎もんが東京なんど行っても、ロクな目に遭わんわい」
 母の言葉に誘発されたみたいに、父がまるで怒っているように言った。
 仕舞い風呂にゆったりと身を沈めると、やっと自分の家に帰った気がした。東京で通った銭湯の騒々しさに、全く落ち着けなかった苦い光景がフッと浮かんで消えた。
 足と手を思い切り伸ばした。体がフワーッと湯に浮いた。実に爽快な気分である。
 焚き口に人の気配がした。
「どうや、湯加減は?ぬるうないか?」
 父の声だった。心なしか年を随分食った感じがする。もう六十を越している。
「うん、大丈夫や。熱いぐらいかな」
「お前は熱い湯が嫌いやったのう」
「まあね」
 父の言葉が跡切れた。それでも立ち去る気配はなかった。焚き口に座り込んだのか。
「…どないするんや?こっちで」
 一分ほど沈黙が続いて、やっと話し出した父。          (つづく)
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どうして?(ミセス通信掲載文)

2014年12月18日 06時34分18秒 | おれ流文芸
「ちゃんと留守番しといてね」「お父さん、お昼は自分で作って食べるのよ」「帰りは遅くなるから、お風呂沸かしといて」
 妻と二人の娘がてんでに言いたい放題だ。そのくせお出かけは邪魔者扱いでお呼びがかからない。どうしてこうなったんだ?
 本来我が家の子供は男二人女二人とバランスが取れていた。息子二人は大学時代、必ず盆正月や村の秋祭りには家に帰って来た。おかげで息子任せで秋祭りに出なくて済んでいた。それが卒業して就職すると状況は一変する。最初こそ祭りや盆正月には顔を見せていた息子たちは、いつしか戻らなくなった。
 勤務先が遠方になったせいもあるが、もう息子を頼れない私は秋祭りも出戻りの身に。
そして我が家は男一人きりの女人天下だ。どんどん私の肩身は狭くなる。なんと父親の立場は脆いのかを身を持って思い知らされた。
 しかし、いくらなんでもこれはないよな。神様、俺ってなんか悪い事しましたか?
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田舎その1

2014年12月17日 00時14分48秒 | おれ流文芸
田舎

 三年ぶりの田舎だった。
 乗合バスから降り立った淳二は、ゆっくりと首を回して辺りを見た。何も変わってはいなかった。三年前そのままだった。
 バス停の前にある煙草屋も相変わらずくすぼけた雰囲気のままだ。お喋りで有名なおシカばあさんが、ガラス戸を開けて顔を覗かせた。ちっとも変ってはいなかった。
「おばさん、セブンスターちょうだい」
 おシカばあさんは、暫らく眉根を寄せてむつかしい顔をしていたが、やっと合点がいったらしく、歯の欠けた口元をニヤッと歪めた。
「丸尾の淳ちゃんじゃないん?」
「ああ、そうだよ」
 覚えていて貰えたのが嬉しかった。面映ゆくもあり、頬がチョッピリ赤くなった。
「東京へ行ったんじゃなかったんかい?」
「帰って来たんだ、今日」
 くどくど説明するのは嫌だった。今度の帰郷は決していい意味じゃなかったから尚更である。挫折による帰郷と言っていいだろう。
 淳二は煙草を受け取ると、まだ話し足らなそうなおシカばあさんに軽く会釈して離れた。
 バス停のある県道から山の方へ十五分程歩けば、懐かしの我が家である。自然と足の運びが早まった。黒いアスファルトを荒っぽく敷いただけの狭い道は、くねくねと曲がって家の前まで続いている。道を間違えようがなかった。
 平日の昼間とあって全く人影はなかった。もちろん農閑期に入ったせいもあるのだろうが、淳二には好都合だった。
 家は戸締りがしてあった。多分、みんな揃って買物にでも出掛けたに違いない。母親の性格の影響でじっと家に落ち着いているのが苦手な家族だった。なにがしか暇が出来ると、買物を名目に直ぐ車で出掛ける習慣だ。
 別に帰郷の連絡を入れてた訳でもないが、閉じられた玄関口で寂しさを覚えた。
 とにかく待つしかなかった。別に帰郷したからと言って、急いで逢いたいと人間がいる訳でもない。淳二は玄関口へ無造作に置かれてあるビールの空きケースに尻を下ろした。
 家族が戻ったのは、予想以上に遅かった。もう日暮れかけていた。買物の量と種類から見て、隣町のスーパーまで遠出したのだろう。
 最初に淳二を見つけたのは、兄の淳朗だった。淳二とは年子である。淳二と違い、家業である農業後継者としてスンナリ納まっている。無口だが心優しい兄だった。
「帰っとんたんか?淳二」
 恰度、手持ちの推理小説に気を奪われていた淳二は、誰に声を掛けられたのか、直ぐに判断がつかなかった。戸惑いがちに顔を上げると、懐かしい兄の顔が笑っていた。驚いたふうな両親と兄嫁の顔もあった。
 慌てて立ち上がると、急に気恥ずかしくなった。親や兄弟に気を使う淳二ではないが、兄嫁は他人だった。しかも、兄嫁の礼子は淳二の同級生でもあったから尚更である。
「お前、いきなり帰って来て、何かあったんか?」
 苦労性の父が額にシワを寄せて訊いた。
「仕事はどうしたんだ?」
 母が妙に甲高い声で言った。
「辞めた、結局…。あわなかったんだ、俺に」
 問答は、それで終わった。
 昔気質の父や母には、自由人を気取って好き勝手に生きる淳二を理解できる筈もなかった。高校に入った時から、父や母は淳二に当たらず触らずとなった。小説や評論集を読み耽る理屈っぽい息子と、尋常高等小学校を出ただけで、後はひたすら米屋野菜を作り生きて来た親達との接点は、探すだけ無駄だった。
 淳二は高校卒業と同時に東京へ出た。特にこれと言って目的を持ってはいなかった。ただ、田舎にはない機会があると思えたのだ。
 入学金さえ払えば誰でも入れる、三流劇団の養成所に籍を置いた。授業の演劇理論とか実技には全く興味が湧かず、セッセとアルバイトに精を出した。
 田舎からの仕送りで生活は充分できたが、東京の魅惑的な夜をエンジョイする金が、いくらでも必要だったからである。
 二年目に淳二は小さな会社に入った。養成所で知り合った友人の父親が経営する会社である。どんな形にしろ落ち着かなくてはと、殊勝な心掛けになった淳二が、遊び仲間の友人に頼み込んだのである。
「東京は良かったか?」
 淳朗が人の好い顔を赤く染めて訊いた。
(つづく)
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名古屋の夜はふけて

2014年12月16日 00時19分41秒 | おれ流文芸
 13日(土)に岐阜県へ。第12回下田歌子賞の表彰式に招待されて恵那市岩村町に入った。初めての土地にキョロキョロと。魅力いっぱいの町だった。人生で初めて味わう『最優秀賞』のウハウハ気分だったせいもあったかも知れないが、それにしても素敵な風土が私をトリコにした。
 うっすらと雪に染まる情景も、日ごろのせかせかした生活を忘れさせてくれた。それにしても、昨日の何とも空しい親子体面はなんだったのだろうか?
 せっかくの機会と、一日早く名古屋に。少し離れた南岡崎駅前の居酒屋店長として働く長男の顔を見たくて足を伸ばしたのだ。家を離れて数年、家にも帰れない息子の事は毎日心配していた。それでも、恥ずかしながら息子の顔が、笑顔の記憶が薄れていく自覚に焦燥感を憶えていたのも事実だ。
 妻や姉妹にメール連絡はあっても、父親は無視。男親とはこんなものだろうかと諦めてはいたが、やはり親子は親子。実に複雑である。
 居酒屋のレジで訊ねた。
「お店のスタッフに○○がおりますか?親父なんですが……」「あ?店長さんの…」
 何とも面はゆい。そこにアイツがやって来た。華やかな法被姿の息子だった。
「あれ?どないしたん?」
「ああ。ちょうどこっちにくる機会が出来たから、ついでに寄ったんや」
「よう一人で、来れたなあ」
「若い時は、わしも東京に何回も一人で出向いたもんやで」
親父の真の姿を息子はまず知ることはないだろう。私は心の中で苦く笑った。
「一人やけど、席あるか?」
 私も飲食業を長年やっていた。一人客の扱いが難しいのはよく分かっている。まして、今は忘年会シーズンと来れば、一人客は歓迎されない。その通りだった。
「あかん。いま一杯やわ」
 賑わう客席を振り返った息子はあっけらかんといった調子で言った。
「そうかそうか。そうやろな。わかった、もう行くわ。無理せんと頑張れや」
 ちょっと気張った風を見せて背中を向けた。居酒屋の外に出るとピューッと『信州の空っ風?』が首筋を襲った。ブルルと身震いすると、足を踏み出した。
「また帰るわ」
 いきなり居酒屋の引き戸が開いて息子が笑って言った。記憶から遠ざかろうとしていた愛する息子の笑顔が、そこにあった。
「おう。帰って来い。待っとるぜ」
「気―つけてな」
 息子の声を背中で聞きながら、私は闇が広がる東岡崎の夜の中を歩んだ。胸が切なさで占められていた。宿泊先にあぶれての名古屋駅前を始発便の早朝5時過ぎまでの深夜6時間余りを歩きまわった。あしが痛くなる程だった。携帯の歩数計は3500歩を示していた。歩かないと厳しい寒さを我慢できなかったろう。最初に考えていたマックでの時間稼ぎは、24時間営業が最近の不景気のせいで3時閉店。1時からテークアウトだけの切り替えに変わっていた。入るだけ無駄だった。だから、ひたすら歩いて夜を過ごした。
 表彰式記念イベント会場で受けた親身な対応に、いつしか昨夜の空しさと疲弊感がみるみる癒されるのを感じた。
 『最優秀賞』の立場は、思った以上に心地よかった。東京ほかの遠方から足を運んで来た入選者らは、家族や友人を伴っているのが多かった。内心羨ましかった。子供が4人いる家族だが、結局いつも私は一人で行動するしかないようだ。今回は主役とあって、その孤独さも感じる暇は貰えなかったのが好きだった。
 帰り道。恵那から名古屋駅に。駅前のバスターミナルから出る新バスは最終便24時30分。5時間余りを持て余すことになる。フッと東岡崎に行ってみたい誘惑に駆られた。が、すぐあきらめた。もういい……。
 また歩きはじめた。名古屋駅の雑踏を何度も行き来し、忘年会帰りの若い人たちの風俗を見て楽しんだ。考えてみれば、私にもあんな時があった。もう40年近く前になる。年齢は無情に加算されて現在に至っている。
 バスターミナルは若者たちで溢れていた。案内スタッフのやはり若い男女が凍えるような寒さに身をこごめながらも、テキパキと人ごみをさばいている。大したものだ。頭が下がる思いだった。
 神戸大阪方面行きの深夜バスは満席だった。バスの二階席の後部に男性客が集められた配置だった。他が若い女性ばかりなのに、頗る驚いた 時代は私が予想する以上に変わっているのだろう。疲れがどっと出て来る。
 深夜バスがスタートすると同時に、私の意識は遠のいた。もう眠りは誰にも邪魔されないのは確かである。
 ただ、今日は人生の終わりを控えた私には、冥利に尽きる一日だった。それで充分なのではなかろうか。たぶん……!

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祭りに燃えた夜

2014年12月15日 00時04分00秒 | おれ流文芸
 祭りに燃えた夜

10月15日は、わがムラの秋祭りが例年通りに行われた。私が住む地区にある高峰神社の氏子となる、西畑、東畑、窪田、西谷西と東の5地区から、布団屋台と神輿が出て練り回る。それなりに伝統のある祭りだった。
 今年の祭りは、我が家にとっては、かなり趣きが違うものになった。小3の息子が屋台の乗り子として初舞台を踏んだのである。その屋台を担ぐ父親としては、嬉しさ照れが半分半分の複雑な境地だったが、息子の方は相当意気込んで本番を迎えるに至った。
「二人とも朝風呂で身を清めて出るのよ」
 抜かりなく私の両親から即席の知識を仕込んで来た妻にいわれるがままに、朝早く風呂を沸かして入った。いつもなら平気で一緒に風呂に入っている息子だが、新たな気持ちでの入浴となると、何となくこよばゆい気がした。息子も少し緊張しているのか、言葉数がやけに少ないのがおかしかった。
 もともと、乗り子は少4からと決まっていたが、昨今の少子化傾向あおりを食った形で、息子は1年早く屋台に乗ることになった。太鼓蔵に一週間通い詰めた練習で、太鼓打ちは慣れただろう。子供は大人と違って覚えが早い。とはいえ本番は初めてなのだ。緊張するのも無理からぬ話である。
 昇り竜の絵柄の襦袢を着込んで兵児帯をキュッと締めると、不思議に気持ちも引き締まった。さあ、男衆を競う一日が始まるのだ。
 父親の心配をよそに息子は元気いっぱい屋台に乗り込み、太鼓を打った。4人一組のの乗り子が打つ太鼓のリズムは乱れを見せず豪快に響いた。息子の掛け声がはっきりと聞こえた。
 宮入と宮出に初乗りの息子の出番はなかったが、練り回す道程で都合4かいも、息子が乗っている屋台を父親が差し上げる幸運に恵まれた。
「ドン!」
「よーいやせ!」
「ドン!」
「よーいやせ!」
「ドン!」
「そら、よーいーとせ!」
 で、かき手が呼吸を合わせて勢いよく差し上げる。これこそ男ならばこその独壇場だった。
 しかも、息子が乗り手だと、やはり違うものだ。木の淹れ方が全然違う!乗りに乗っている。
「よいやさ、よいやさ」
「ドンドン!」 
 屋台を荒々しく前後に揺さぶる。祭りの醍醐味が、誰をも酔わせる。誰もがみんな火事場の馬鹿力を自然に剥き出していた。そこでは、もはや個人意識は無く、ムラの一員としての情熱を燃え上がらせる仲間の姿ばかりがあった。顔に表れた誇りと決意が映えて輝いていた。
 夜の9時頃に屋台を太鼓蔵に仕舞うと、蔵の前にシートを広げて無礼講の宴会が始まった。祭りを仕切る青年グループと私ら中年組や老年組が入り交じって酒を酌み交わした。乗り子もジュースの乾杯で仲間を気取った。 
 暗くなった帰り道、私と息子の話は面白いほど弾んだ。普段なら珍しい冗談口をたたき合う父親と息子だった。祭りでの燃焼は親子を初めて男同士と認め合わせるのに絶大な効果があったのだ。
 家に帰り着くと、私と息子はテーブルの上に並べられたご馳走が山盛りの皿に手を伸ばした。太鼓蔵の酒盛りでしこたま腹を満たしているが、気分の高揚はそんなものとは無関係だった。
「うまい!」
「うん、うまい!」
 息子と父親はパクついた巻き寿司を冗談にささげた。にやりと笑いを交わすと、親子の際限のない饗宴が始まった。祭りの仕上げは、こうでなくてならない。満足感に浸る私だった。

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東京で再生だ

2014年12月14日 13時01分08秒 | おれ流文芸
四十数年ぶりの東京だった。二度と行けないと思っていた永遠に憧れの地である。その機会をくれたのは、なんと公募ガイド。
 情報ページで見つけた若者を考えるつどい2014エッセ募集に応募したのは七月過ぎ。慌てて書いて間に合わせたが、それがなんとか佳作に選ばれた。入賞者は東京中野である表彰式と集いに参加すると交通費が貰えるのだ。基準で計算された定額で、佳作は往復運賃の六割ほど出る。使う交通機関は何でもいいと言うのがミソだ。
 高速夜行バスで往復すると宿泊の必要もない。しかも新幹線よりかなり安くなる。東京で飲み食いする分は賄える。その他大勢の扱い参加であろうとも、この機会を逃せば、もう二度と東京を味わえない。貧しいものを神様は、公募ガイド様はちゃんとお見捨てにはならなかったのだ。もう迷わず参加を申し込んだ。たぶん私の仲間は他にもいたはず。
 集いの会場に着いて驚いた。豪華だった。しかもお土産付きで交流パーティまであった。バイキング方式のご馳走を食べ放題。満足この上ない一日を遅らせて貰った。
 帰途、バスの中で私は新たな野望に燃えていた。来年は厚生大臣賞が目標だ!二けたの賞金が出て舞台で表彰される。それに表彰者を集めての記念撮影。交通費は佳作と違って往復満額なのだ。国の省庁外郭団体の公募の大盤ふるまいは流石だ。欲に目が眩んでしまったようだ。私は小市民だから仕方がない。
 早速何度も公募ガイドのページをめくった。いつもなら読みながしていた財団法人や社団法人主催の情報を探す。今までは目がとまってもお堅いイメージしかなくて敬遠していたのが実に愚かだった。論文はまだしもエッセは原稿用紙五枚ぐらいまでが多い。テーマだって身近だ。それで、あの夢のような賞金と待遇だ。よーし!やるぞ!
 公募ガイドは、高齢者の仲間入りでやる気を失いかけていた私に新たな力をくれた。
 

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父の存在・完結編

2014年12月11日 00時28分05秒 | おれ流文芸
優子は、やっと素直に答えた。
「でも、あんまり安心し過ぎるのも考えもんかな。だって、お父さん、本心はやっぱり一人娘のあんたを手放したくないんやから」
「本当?」
「そうよ。何やかや言ったって、寂しがり屋なんやもん、お父さんは…」
 多津子は聖母マリアみたいな顔になった。
「こらーっ!何グズグズしとんじゃ!花婿はんの前ぐらいサッサとせな、呆れて逃げてしまいはるで」
 源治は一層、声を張り上げて呼んだ。
「お父さん、それはないですよ、絶対に!」
「そない甘い事言うとったらアカんで。最初が肝心や、尻に敷かれとうなかったらな」
「それは、お父さんの事ですか?」
 卓也もすっかりリラックスして源治とやり合っていた。案外、気が合う二人なのかも知れなかった。
 その夜、優子は昼間の興奮の余韻が残っているせいか少しも寝つけなかった。
 新しい第一歩を踏み出した記念すべき日なのだから、高揚しても無理ない話である。
 優子は二階部屋から張り出して設えられた物干し台に出て見た。
 もう秋である。ひんやりした夜風が優子を撫でて通り過ぎて行く。空には結構にぎやかに星が瞬いていた。
「あんた、待ってよ!」
 多津子の声が階下でした。
 見下ろすと、源治が大股でバタバタと家から出て来た。お気に入りのジャージの上下を着ているのを見れば、今から駅前のパチンコ屋に遠征するつもりらしい。
 追いかけるように多津子が姿を見せた。これまたラフなスタイルで、なんと突っ掛け草履の足元である。夫唱婦随でのパチンコ屋遠征なのは、誰が見てもハッキリしている。
(大変な親を持ったものだ、私って)
 優子は正直、そう思った。でも、そんな二人は紛れもなく父であり母であった。それが証明された、騒がしい一日だった。
 優子は部屋に戻ると、手早くパジャマからジャージに着がえた。
 今から追いかければ、百メートルも行かないうちに源治と多津子に追い付ける。しかし、それでは面白くない。優子は先回りして二人をビックリさせてやろうと考えていた。
 電話が鳴った。出ると卓也が妙に疳高い声で喋った。卓也も優子と同様に昼間の興奮が治まっていないのは確かだった。
「優子のおやじ、俺、気にいったよ」
 卓也の第一声は優子を喜ばせた。
「あんなに気が合うなんて思いもしなかったな。大体、優子が、行く前に脅かしたりするから、おやじさんの前で、俺、ビクビクもんさ」
 昼間の卓也の姿が自然に浮かんで来た。蒼白に近い表情で、冷や汗をかきしゃちこばっていた卓也が、そんな事は忘れたかのようにはしゃいでいる。優子はニンマリとした。
(調子いいやつ!?)
 その時、優子の頭に閃いた。卓也は父の源治とソックリな性格をしている。そうだ、そう言えば、ズーッと前から何となく、そう思っていた気がしないでもなかった。
 娘は最後に、父親に似た男を結婚相手に選ぶーそれを実感する優子だった。 (完結)
                
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父の存在・その2

2014年12月10日 00時08分08秒 | おれ流文芸
「でも…」
「大丈夫やから、心配せんとき。お父さんかて、あんたの幸せになる事、放っとく筈あらへん。なあ」
 多津子の言葉は優子の気持ちを楽にさせた。
「ほな、先に寝る。お休みなさい」
 優子は軽く頭を下げると部屋を出た。源治の反応を確かめるまでもなく、優子は後の始末を多津子に託しきっていた。
 あれから両親二人の間で何が話されたかは想像も出来ない。しかし、今朝の源治の態度には明らかに前進が見られていた。多津子を信じて任せたのは正解だったと優子は思った。
 卓也が伯父の小杉を伴って姿を見せたのは、予定の時間より三十分も早かった。
 黒の礼服を着込んだ小杉は、あまり馴れていない様子で、頻りに額の汗をハンカチで拭っている。それでも汗は止まりそうにない。
 卓也の方も、優子と一緒にいる時とは、まるで別人を演じていた。ちょっと不良っぽい仕草、優子が好きになった一面なのだが、スーツに身を固めた卓也からは消え去っていた。
 彼らの早い訪問に源治は滑稽な程慌てた。股引き姿でいたのでは、まあ、当然の混乱ぶりなのだが、優子の知っている限りの父で、未だかって、こんな風に慌てたのは記憶にない。
「今日は、まあ突然押しかけましてな…」
 小杉が前口上を言っている間、源治はいとも神妙に頭を下げて聞き入っていた。
「…そう言う次第で、こちらの娘さんを、卓也の嫁として迎えたいと、今日はご両親のご承諾を得に足を運ばせて頂きました」
 不馴れに思えた小杉なのに、しっかりした口調の口上は意外なものだった。
「ハ、ハー、それはご丁寧に、どうも」
 米撞きバッタよろしく頭を下げる源治は、舌を噛みかねない調子で受けた。
 多津子は、後で固くなって控えていた優子の傍に静かに座った。母親の顔になっていた。
「どんなもんでっしゃろか?」
 小杉は源治の意向を訊いた。
 源治は瞬間、金縛りにあった感じで動きを止めた。次にどんな言葉が吐き出されるのか、場の雰囲気は源治を注目して緊張した。
 優子はゴクリと思わず唾を呑んだ。その手をソーッと多津子の手が押し包んだ。手の温かさが優子の募る不安を抑えてくれた。
「…ふつつかな娘に、勿体ない話で、有難い思てます」
 えらく素直な台詞が源治の口から出た。
「そやけど、今年の末っちゅうのは早過ぎまっせ。そない慌てんでも、ええと思うし…」
 やっと解放されたのか、急にいつもの源治に戻ってクドクド注文をつけ始めた。
「まあ、それは追々話し合うて決める事にしまして。とにかく、今日はお父さんのええ返事を聞かせて貰うた言う事にしといて、ほれ、お前からも挨拶さして貰わんかいな」
 小杉は言葉巧みにまとめると、隣でしゃちこばっている卓也の出番を促した。
「江森卓也です。優子さん、幸せにして見せますので、どうぞよろしくお願いします、お父さん」
「まだ、お父さんは早いがな。わし困るで…」
 源治の大袈裟な口調に座はゆるんだ。小杉がプッと吹き出し、当の源治も誘われるように笑い出した。卓也は顔を赤く染めて、面目なさそうに頭をかいていた。
 優子は、ようやくホッと胸を撫で下ろした。
「もう、これで万々歳や!」
 多津子が囁いたのは、卓也と小杉を混じえての酒盛りが始まった時だった。
 台所でご馳走の用意と酒の燗つけに入った多津子と優子は調理台を前に並んで立っていた。多津子は嬉しくて堪らない風だった。
「そうだといいけど」
 優子は、まだ半信半疑の体でいる。それに未だ未解決な部分が残されたままだと考えれば、到底お祭り気分になれるものではない。
「結婚式、どうしても十二月でないと…」
 それを過ぎると完全な妊婦さんになってしまう。大きなお腹を抱えての結婚式も珍しくない時代とは言っても、優子も女として、晴れやかな花嫁衣裳を身に着けるのが夢である。
「それも、もう決まったと思っていいの」
「でも、お父さん…まだ早いって…さっき言ってたでしょ。妊娠してるから結婚式を早くしたいって事知らへんもん。それに、そんな理由知ったら、へそを曲げるかも…」
 優子は源治の心変わりを恐れていた。自分については自堕落なくせに、他人にはケジメを求める源治の勝手さを見て育った娘だけに、そんな心配をするのも止むを得なかった。
「判ってないな、お父さんを」
「え?」
「知ってたよ、大分前から」
「お父さんが?」
「そう。実は私もビックリしたんだけど、父親の勘てやつかな。この結婚話が出るちょっと前に、『おい、うちの娘、最近生理あるんか?なんか変やがな』なんて訊いて来るんだから」
 多津子は、その時を思い出したのか、苦笑いして見せた。
「おーい!酒、まだか?はよ、お代わり持ってこんかいな!」
 源治が怒鳴って寄越した。その怒鳴り声は機嫌の良さを示すかのように明るかった。
「はーい!ただいま!」
 多津子は打てば響く太鼓みたいに返事した。考えてみれば、いい関係の夫婦である。
「ほら、あんなに機嫌いいじゃない。これからは私ら親の出番。万事任しときなさい」
「うん」             (続く)

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