こころの文庫(つねじいさんのエッ!日記)

家族を愛してやまぬ平凡な「おじいちゃん」が味わう日々の幸せライフを綴ってみました。

父の存在・その1

2014年12月09日 00時04分18秒 | おれ流文芸
「今日の何時だった?」
 黙々と朝飯を食っていた父、源治が急に思い出しでもしたかのように訊いた。
 優子はハッとして台所の方へ目をやった。
そこには多津子がいて、味噌汁のお代わりを入れている。さりげなくふり返った多津子は優子にニッコリと笑って見せた。万事解決したから安心しなさいと言っている風だった。
 多津子は優子にとっては二人目の母になる。俗に継母と言われるが、物心つく前から多津子に育てられて来た優子は、彼女しか母を知らなかった。正に生みの母より育ての母の典型だった。
「確か十一時には来られると言ってたわね」
「うん」
 多津子の助け舟に優子は素直に頷いた。
「そうか」
 源治は他人事みたいに言った。後は表情も変えずに黙々と飯をかき込んでいる。
 父の無愛想なのは馴れているが、昨夜の口喧嘩のしこりが残っている分、優子は気が気じゃなかった。機嫌がいいのか悪いのか、全く判断がつかないのは困る。これまでに何度同じ立場に立たされて気を揉んだことか。
 まして今日は特別な日である。優子の一生を決める大事な儀式が執り行われる段取りになっていた。十一時頃に、恋人の卓也が仲人を伴って現れる筈だった。
 仲人が一緒に来ても未だ結納と言う訳じゃない。源治に「大事な娘さんを頂けないか」と正式に申し込むための訪問である。
「ああ見えても、お父さん、キッチリしないといられない性分だから、形式を踏む方が案外うまく行くんじゃない」
 多津子の入れ知恵である。長年、夫婦として寄り添って暮らして来ただけに、多津子は彼の気性を充分に承知している。だからこそ、結婚話を頑固な父親にどう切り出していいものやらと悩みを募らせていた優子にとり、最高の助言者となった。
 優子は卓也と相談して、急遽、卓也の叔父のの小杉に仲人を頼み込んだのである。小杉は拍子抜けするぐらいアッサリと引き受けてくれた。そして今日、決行の日を迎える事になった訳である。
「お父さん、あした家にいてくれる」
 優子がそう切り出したのは前夜だった。
「なんでや?」
 目の前のテレビで贔屓のチームが負けているせいもあったが、えらくぶっきら棒に源治は訊き返した。眼は画面から外しもしない。
「江森さんが来るんや。逢うてほしいねん」
「なんで逢わなあかんのや、わしは逢わん」
「そない言わんと、大事な事やから」
「大事な事て何や?」
 源治の口調はますます不機嫌になった。釘付けになっている画面は、ホームランによる追加点が入っていた。ボリュームが一段と高まった感じである。
「あんた、あの事やがな」
 台所で洗い物をしていた多津子が言った。
「アホ!お前に訊いとるんやない」
 源治は声を荒げた。
「ほんなら、娘の頼み、ちゃんと訊いたったらどない?ほんま素直やないんから」
 エプロンで濡れた手を拭いながら居間に入って来た多津子は、手を伸ばしてテレビを消した。
「チェッ」
 源治は舌打ちすると、苛々した手付きで煙草を取り出して、くわえた。
「さあ、優ちゃん、これでちゃんと訊いて貰えるさかいな」
 そう言うと、多津子は勝負の判定を下す審判よろしく、父と娘が向き合った間にドカッと座った。
「江森さん、仲人さん連れて来はるんや」
「だらしない男やのう。一人では来られへんのか」
「ううん、やっぱり大事な事やから、きっちりした形を取りたいんやて」
「わし、逢わへんで」
「お父さん!」
 源治は煙草の煙をやけに吐いた。
「あんた、優ちゃんの結婚の事やで。折角、足運んで来はる相手さんにも失礼やし」
「まだ、うちの娘、嫁にやる気はあらへん」
 源治は天井を睨んで紫煙を吹き上げた。何を考えているのか全く読み取れない父の表情だった。眉間の皺が微妙に震えている。
「そない言うたかて、本人は結婚したい希望なんやろ、前向きに考えたったらどない?」
「ほなら勝手にせんかい。大体、親の知らんとこでこそこそ段取りつけよってからに」
「それは、うちがあんたに報告して納得して貰うたやろ」
「知らん!わしは納得した覚えあらへん!」
 源治と多津子はお互いに譲らぬ気らしく、言い合いはエスカレートするばかりである。
「もうええ!」
 優子は堪忍袋の緒を切った。普段は声を荒げるなど殆んど見せた事のない優子だから、さすがに源治もギョッとして娘を見直した。
「もう知らん!いっつも、いっつも、そうなんやから、お父さんは…自分だけ勝手な事ばかりして、家族の事なんか…考えたりした事あらへんのや。…もうええ!」
「な、なに…!?」
 怒鳴りかけた源治は、急に萎んでしまった。
 目の前で娘が泣いていた。小さい頃から、いつも家に一人で留守をさせて来た娘である。根っから放蕩な血を持ったお陰で、一つ所に落ち着けず、友達も作れなかった娘である。
 それでも何一つ父に泣き言を言わぬ勝気な娘で、ただじーっと我慢を続けていたのを、親らしくない親の源治にも判っていたに違いない。だから、源治は黙るしかなかった。
「ユウちゃん、今夜は、もう先に休み」
 多津子が父と娘の沈黙を破るかのように口を開いた。すっかり落ち着いていた。          (続く)
               
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父が悩める季節

2014年12月08日 00時04分57秒 | おれ流文芸
娘の結婚式が近づいている。
子どもは4人。男女二人づつと、我ながら上手に産み分けたものだ。時流なのか、いつまでも結婚を口にしない彼らだった。息子らに限っていえば、「結婚はしない。自由がなくなる」と言ってのける始末。(わが家系も、私で終わるなあ)と感傷的になった矢先、30になった長女が、やっと、その気になった。
考えてみれば、父親の私も三十三歳になるまで、結婚の可能性は微塵もなかった。それが、十三歳も若い相手が現れた。もう結婚まで猪突猛進だ。三か月後に結婚式を挙げた。実はできちゃった婚。それがなければ、今ごろ独身貴族を気取ったままだろう。
妻の妊娠に気づいた義母が、私に会いに来た。顔も知らなかった彼女の出現に、いささか驚いた。実の母親ではなく、継母であるのも、初めて知った。彼女は、自分の親について、詳しく口にしなかった。
「父親が娘の様子がおかしいって気付いたの。一人娘だから、いくら嫌われようと、いつも優しい目で見守っているんですよ。無口で不器用な父親だから。でも、娘が妊娠していることはピンと来たみたいなの。ちょっと堅苦しいとこがあるの、あの子の父親は。だから、きちんとしてほしくって……!」
 いいきっかけだった。言われるまでもなく、結婚の許しを得るために、挨拶に行かなければと考えていた。私は常識人なのだ。妻と付き合う前に、「結婚する気がなければ、付き合わないから……!」
 と彼女の意思を確認した。当時、短大に入学したばかりの妻。五年前から、同じ趣味のグループで頑張っていた。年の差もあって、異性関係には繋がらずにいた。それでも、お互いの性格や人間性、相性はよく分かった。結果的に、相手に結婚の意思が確認できれば、後は本能に任せて、なるようになるだけだった。
 だが、いざ結婚になると、それなりの手順を踏む必要がある。彼女の継母の訪問は、思い切りがつかないでいた私の背を強く推してくれた。
 漁師をしている義父は、いかつい顔で私を迎えた。思わずビクついたが、私の覚悟は揺らがなかった。
「娘さんと結婚する許可を、お父さんに、お願いに上がりました」
 義父はいかつい顔を崩さない。
(これは無理かな……?)
 と弱気に。すると、いきなり鼻先に酒を満たしたグラスが差し出された。
「頂きます!」
 と反射的に受け取ったグラスの酒を一気に呷った酷い緊張もあって、思い切りむせた。慌てて妻が解放した。もう夫婦そのものの姿を義父母に見せつける形になった。
 結局、義父は一言も話さなかった。
「あの人は、あなたが気に入ったみたいよ。二人で早く結婚の話を進めてくださいな」
 義母の笑顔に義父がダブって見えた。
 さて、私は長女の相手を、どう迎えたらいいのか?義父が見せた、不器用で寡黙を通した歓迎を真似てみるか。いやいや、私と義父は違う。人の好さだけは義父の何倍も勝っている自信がある。顔もいかつさはない。よし!
 その日が、もう目の前に迫っている。

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男はつらいよ、タロ

2014年12月07日 00時37分56秒 | おれ流文芸
 我が家にはタロ、モモ、そして二匹の間にできた娘トトと三匹の犬がいる。タロはもう8年目、ヒゲに白いものが混じるのは、やはり年のせいか。でも、立派な一家の主人の風格を見せる。
 彼の嫁さんに迎えたモモは、思うように成長出来なかったのか、タロの半分に満たない子犬の体長のまま。「無理かな?」と思った出産で、三匹の赤ちゃんを産んだが、産後の肥立ちが悪かったか、大出血で死ぬ寸前まで行ってしまった。血塗れになったモモを懸命に抱きかかえて獣医さんに走ったのである。
 今のモモは、もう赤ちゃんを産めない。獣医さんの助言もあって、モモの避妊手術を相当悩んだ末に決めた、あの日を決して忘れない。モモのお腹の傷跡はもう消えたが、彼女が幸福か否か……考えるのはやはり辛い。
 ひ弱なモモは、自分でもそれを自覚しているのか、甘え方が一番上手だ。体をすぐにすり寄せて来る。すぐにお腹を見せる。すがるように見詰める。前足で懸命に撫でてくれとせがむ。そして、とどめは「クーン!」と何とも切ないとしかいいようのない鼻声……思わず抱いて仕舞わずにはいられない程、可愛いモモである。
 そのモモが散歩中に大きな犬に迫られたことがある。その瞬間、なんとタロが間に入り、モモを守るように「ウウー!」と威嚇した。機先を制すると言う。タロひと回りは大きい相手は、驚いたことにスゴスゴと立ち去った。
 タロはヤッパリ男だった。嫁さんを守ったあの凛々しい姿には、さすがの私も勝てない。
「大体比較すんのがおかしいの。あなたのどこが凛々しいってのよ。ちゃんちゃらおかしい。ただ優柔不断なだけ」
 妻の断言に何も反論出来ないのが悔しい!
 ところが、そのタロ、最近妙におかしい素振りを見せ始めた。避妊手術を受けたモモを無視して、娘のトトにちょっかいを出しかけたのである。無論そうはさせない。
「おい、タロ。お前、立派な男やと思っとったんに、その程度の男やったんかいな」
 皮肉を言ってみても通じない。ペロリと顔を舐められてしまって、その場はオシマイ!
 モモの三匹の子犬のうち、ふとっちょのモコモコ(当時まだ名前はなかったのだ)はカラスにさらわれて行方知れずとなってしまった。もう一匹は私の兄の家に貰われていった。タロと瓜二つだが、母のモモに似て体は小さく、やっぱり娘だった。ポコと名付けられている。
 兄の家は目と鼻の先だから、散歩中によくかちあう。トトへの接近を禁じられた(?)タロは、今度はもう一人の娘ポコにちょっかい。全く懲りないヤツである。「
「浮気すんならよそでやって来い!」
 私に叱られてタロはキョトン?
 しかし、そんなタロを尻目に、モモは今日も私にベッタリ甘えて離れない。
 その光景にトトやタロも負けじと突進して来る。こいつらの甘えはモモの淑女的なものとは雲泥の差だ。咬む(モチ余り痛くない)前足で引っ搔く、飛び乗る、体当たる、ヨダレをベタベタ!もう、いい加減にしてくれよ!
 私の本心。嬉しい、くすぐったい、可愛いやつらだ。もう幸せ気分でいっぱいなのだ。 
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「葬送」-惜別の正体 (完結)

2014年12月06日 00時05分52秒 | おれ流文芸
過酷といっていい、厳しい職場環境の夜の仕事だった。そこで働く顔ぶれを見ると、まるで人生の吹き溜まりといった感がある。昼勤務には普通の会社のように若い世代が活躍しているが、夜は社員になれない中高年の天下だった。しかも半数以上は日系ブラジル人や中国研修生が占めている。残る日本人の六割は保証のない時間給で働くアルバイトかパートだった。
 同じ境遇の吉森はコンビニで働いた後、夜中の十二時から明け方の五時、六時までの勤務だった。そのコンビニもアルバイトだと聞いている。深夜の時間給千円を得るために疲れ切った体に鞭打っていたのだろう。
「実は吉森はん、死ぬ前の日にメールいれてくれとんや」
「マール?」
「最初で最後のメールになってしもうたわ」
 そういえば、吉森は仕事中しょっちゅうパソコンの話をした。唯一の趣味道楽らしかった。
「パソコン教室に勤めてる娘直伝なんやで。分からんことがあったら、何でも聞いてや。ただで教えますさかい」
 誰彼なくそう吹聴する吉森の姿を憶えている。
「メールのやり方を教えてくれてはっててな。もうすぐ孫が出来るんや。そやけどおじいちゃんなんて、年寄りくそうてかないまへんわ。そないなメールで、おどけてて……」
 小倉の言葉は詰まった。感極まったに違いない。身近な人の死は、現実的な生き方を選択している人間をも感傷的にさせてしまう。
「おはよう」
 ドヤドヤと他のスタッフが姿をあらわした。もう仕事を始める時間だった。フライヤーにしろ、魚焼き機にしろ、いったん機械を始動させると、コンベヤーを止めるわけにはいかない。人間が人間であることを一時忘れて、機械の部品にならざるを得ない。そんな仕事をやっているのだ。
 夜中の十二時。吉森の出勤時間だ。思わず外部に通じるスイングドアに目を向けた。
「おはようさん!今日は仕事ありまっかいな」
 底抜けの笑顔。抱えている事情のかけらすら感じさせない張り切りように、スーッと疲れが抜ける。すかさず応じる。
「おはようさん。ちゃんとおまはんの仕事残しとるで……?」
 スイングドアは開かない。
 目を戻した。手元に柵取りしたマグロがある。あと五百切ればかり、刺身をひかなければならない。そして盛り皿を用意する。二時過ぎから刺身の盛り付けだ。今日は二百五十の会席に配膳する皿盛りとオードブル。
 助っ人の吉森は、もう来ない。そう永遠に。
「お疲れさん」
 六時過ぎに仕事場を出た。もう誰も吉森の噂話をしない。明日には、あえて思い出しもしないだろう。そして、忘れていく。
(死んだら、おしまいなんやで……)
 頭の中で誰かがささやいている。
              (完結)

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「葬送」ー惜別の正体・その2

2014年12月05日 00時09分37秒 | おれ流文芸
 野呂木を忌避する気は毛頭ないが、その饒舌に、今夜ばかりは少し距離を置きたかった。もちろん、通夜は、故人をあれこれ限りなく偲ぶための宴席(?)である。存分に生前の思い出を語り合うべき席なのは分かってはいるが、どうもそんな気分になれそうもない。ただ静かに、じっくりと、記憶の中の吉森と向き合いたかった。
 野呂木は、ここぞとばかりに、よく喋った。別に迷惑をかけているなどと意識はしていない。この気配りのなさを除けば、実に気のいい男だった。
 意思に関わらず、耳に飛び込んでくる野呂木の情報は、微にいり細に渡っていた。よくそこまで仕入れたものだと感心する。
 吉森が死んだのは、会社から三百メートルほど離れた駐車場の車の中だった。エンジンはかかったままで、スモールもついていた。朝早く駐車場に出入りした、昼勤務の早出の社員は当然気付いた。ただ、深夜勤務の人間が車で仮眠するのは珍しくはない。声をかけずに放っておくのは、彼らの一種のマナーでもある。
 昼の休憩で食事に出ようと車に向かった、同じ社員が、朝見た車にまだエンジンがかかったままなのに気付いた。訝って覗き込むと、もう死に色の吉森の顔と見合う格好になった。酷いショックを受けたのは間違いない。ドタバタと事務所に飛び込んで、声にならない叫び声を上げたらしい。
 すぐ救急車が呼ばれたものの、結局無駄だった。手遅れ!吉森の心臓はとっくの昔に停止していた。
「心臓マヒらしいわ。そいでも、朝一番に声をかけられとったら、大丈夫やったかもわからんで」
 野呂木の饒舌は、吉森家の玄関先まで途切れることはなかった。通夜のための受け付けの数歩先で、ようやく野呂木の口は閉じられた。
 見ている方が辛くなる。通夜客の挨拶を受ける吉森の妻は、憔悴の色が隠せないでいる。目の下に出来た隈は化粧でも消えていない。両脇で、今にもくず折れそうな母親を支え、健気に振る舞っている若い男女は、吉森の子供らに違いない。吉森の面影を持った女性の方は、仕事中にしょっちゅう聞かされた噂の娘だろう。
「このたびは……」
 どうしても言葉にならない。口篭りをを誤魔化すために、ただただ頭を下げた。急に吉森の妻は顔をそむけた。嗚咽が漏れた。思わず何かが胸の奥からこみ上げる。
「娘はんな、もう臨月が近いらしいんや」
 吉森の笑顔がいっぱいに広がった遺影を前に、ちょっと居ずまいを正しかけた時、またしても野呂木だった。さすがに声はひそめている。それにしてもいい加減にしてほしい。
「ほんまに神さんも、えらいえげつないことしやはるで。なあ」
「ああ」
 仕方がなくて、合槌を打った。徹底して無視を通せる性格の持ち合わせはなかった。
「吉森はん、孫の顔も見られんで、そら未練残してはるわ。なあ」
 今度は沈黙を守った。もう野呂木の相手は勘弁ねがいたかった。心静かに吉森の成仏を祈ってやろうと、目を閉じた。
 夕方七時前、職場に入った。夏場は十五、六度にクラー設定される工場の一角に調理ゾーンがある。二月に入ったばかりで寒さは頂点にあった。コンクリートの床で冷気が倍加され、底冷えの感がする。もちろん暖房の類いは、余程のことがない限り、使われない。
「えらいことやったなあ、吉森のおっちゃん」
 前掛けを付けながら調理場に入ってきた小倉が、あいさつ抜きで話しかけた。吉森とえらく気のあったパート従業員だった。
「ほんま、信じられへんね」
「まだ五十やのに。若すぎるがな」
 四十半ばの小倉が、人生をもう充分すぎる程生きたって顔付でいった。杉崎は五十の坂を越えて四年目になる。    (つづく)

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「葬送」-惜別の正体

2014年12月04日 00時22分13秒 | Weblog
「チリチリチリ…」 
どこかはるか遠くから伝わってくる。夢見ごこちで聞いている。
 いきなり体が激しく揺り動かされた。
「おとうさん、おとうさん」
 耳元に飛び込む声。現実に引き戻されるには充分過ぎる。目を開くと、ぼんやりした人の顔が真正面にあった。輪郭までぼやけて、誰が誰だか分からない。狼狽して枕もとに手を伸ばす。近眼者の本能みたいなものだ。
「はい、メガネ」
 妻の声だった。手に、馴染んだメガネのツルの感触が戻った。急いでかける。目の前が鮮明さを回復する。妻の顔を確認すると、やっと落ち着いた。
「電話よ」
「俺に?」
 めったに受話器を握りはしない。無類の電話嫌いだった。よほどのことがなければ電話口に立たない。「おとうさんは?と聞かれたら、いまいません、言うとってや」と家族にきつく言い聞かせている。それが、わざわざ寝入っているのを起こすぐらいだから、大ごとなのかも知れない。
「会社の人からよ」
「会社?いったい何やねん」
 心当たりは全くない。夜勤専門で弁当会社に勤めている。もう十年近く勤めているが、電話連絡があるなんて滅多になかった。といって無視するわけにはいかない。
「はい、杉崎ですが」
「ああ、杉崎さんか。わし、野呂木や。他でもないねんけど……」
 同じ部署で働いている野呂木は、ちょっと言い淀んだ。それがいきなり大声になった。
「吉森はん、知ってるやろ。あの人、仮眠してたんや、車でなあ」
 要領を得ない。やはり同じ部署で働いている吉森は、よく知っている。野呂木に聞き返した。
「誰も気がつかなんだんや。そいでな、吉森はん、死んではったんやと」
「……?」
 野呂木が何を言いたいのか、まるでピーンとこなかった。起き抜けのせいでまだ頭がぼんやりとして、働くまでにいたっていない。
「一緒に働いてはった、吉森はんなあ」 
 じれったそうに野呂木は繰り返した。
「車ん中で死んではったんやわ。警察も来てなあ、もう大騒動やがな」
(吉森はんが死んだ!)ようやく頭は正常に働きだした。人の好さを丸出しにした吉森の笑顔が急に思い浮かんだ。(まさか……?)
 今朝方まで杉崎の仕事をサポートしていたのに、それがなぜ?手近な時計に目をやった。昼の一時。わずか半日しか経っていない。
(何で?)
 全く要領を得ない。頭が混乱していた。
「ちょっと疲れましたわ。悪いでっけど、はよ帰らせてもらいますわ」
 吉森の最後の言葉だった。確かに顔色は決してよくなかった。しかし、それはいつものことだった。だから気にもならずに、いつもの軽口で応じた。
「ええよ。はよ帰って休んだ方がええわ。お互い歳やから、無理は禁物やでな」
 それが、いつも通りに終わらなかった。最悪の結果が、いま手元の受話器を通してもたらされている。
「はよ伝えよ思たさかいに……」
 野呂木の言葉の最後の方は耳に飛び込む寸前に消滅したかのように聞こえなかった。
「何やったん?」
「アルバイトのおっさんが死んだんやて、会社の駐車場で」
「まあ。きのう一緒に仕事してはったんでしょ」
「ああ。ほんまに信じられへんわ」
 思わずため息が口を吐いて出た。
「人間手えらい脆いなあ。いやんなるほど」
 妻の言葉には実感がこもっていた。
 無理はない。昨年の後半から、立て続けに身近な人の死に遭遇している。それも信じられない若さで亡くなったのが二人もいる。十八歳の女子高校生と、十九歳の浪人生。どちらも交通事故の犠牲者だった。杉崎が済む町の右隣に位置する分譲団地の住人の女子高校生は長女の同級生だった。浪人生は長男が所属したバレーボール部の先輩で、こちらは左隣の町の住人だった。どちらも自宅から百メートルも離れていない道路で、勿体な過ぎる尊い命を一瞬にして亡くした。
 通夜も葬儀も足を運んだ。通夜の席で放心状態だった親たちは、葬儀では懸命に気丈さを演じているのがわかった。思わず目頭が熱くなったのは、憐憫の心情きあらではなく、同じ子供を持つ父親の非情の境遇に自然と入り込んでしまったからだった。
「杉崎はんも来てたんかいな」
 車を臨時の駐車場に入れて、降り立ったところに野呂木の姿があった。   (つづく)
「 

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ある日突然に

2014年12月03日 00時41分25秒 | おれ流文芸
 一瞬だった。横を見やった目に女性の顔が迫って来た。釘付けになって目が離せない。すると、『ガクン!』と軽い衝撃が走った。(あれ?)不思議な感覚だった。時間が止まっている。ゆっくりと目の周りが回転している。いきなり『ガコン!』と停止した。横倒しになったのを、なんとも冷静に応じた。
 信じられない事故だった。二車線道路の左側を走行中の私の愛車は、右側にある狭い横道から飛び出したワゴン車の直撃を横腹に受けたのだ。軽量の軽自動車はたまったものじゃない。路上をくるりと一回転して、道路脇にある民家のブロック塀に遮られた格好で、次に横転へ至った。その流れは、まるで時間の概念を超越したものだった。時間が止まったというのが正直な表現かも知れない。
 フッと我に返ると、見るも無惨な状況下にあった。運転席のフロントガラスの全面が砕け散っている。その破片の中に助手席の娘がいた。なんと!私の身体は宙に浮いている。シートベルトにしっかりと支えられている。
「こら、えらいこっちゃがな!」「はよ一一〇番や!」「誰か携帯持ってるか?携帯や!」
 騒ぐ周囲の声がはっきりと聞こえた。それものんびりしている。(はよ何とかしてくれよ)頭の中に私の呟きが力なく響いた。
 娘がスマートフォンを操作している。(よかった!)声をかけた。
「大丈夫か?」「うん」「お母さんに連絡してくれ」「してるよ」「そうか……」
 体が自由にならない状況下における父と娘の会話だった。後で思い起こせば、かなり滑稽なものになるだろう。
「大丈夫ですか?後部の窓を壊して救助に入りますよ」「娘は?」「先に救いだしていますので、安心して下さい」
救急隊員は逐一念入りな報告を兼ねて呼びかけながら行動した。
「シートベルトを外しますよ。大丈夫。下で受け止めますから」
 ほっと気が緩んだ。(これで助かるのかな)変な気分だった。それでも実感はまだない。
 担架に載せられた私は、もうまな板の上のコイだった。「服を切りますよ」「御名前は?」「ここはどこですか?」「どうなったかわかりますか?」「お住まいは?」と、立て続けの声掛けに、ただただ頷くだけだった。
 救急車は一時間以上もかかる救急医療センターに私を運んだ。娘は別方向の医療センターに運ばれたらしい。安堵と不安がない交ぜになった奇妙な感情に襲われた。
 医療センターでも私の衣服にはさみが入れられた。下着も問答無用に切り刻まれた。そうなると、もう覚悟は決まる。素っ裸になって、多くの目に晒されてしまったのだ。
 即入院で集中治療室のベッドに落ち着いた時、やっと自分を取り戻した。固定された首を回そうと無駄な抵抗を試み始める。すぐに襲って来るだろう交通事故の煩雑な処理の予感に怯えでもするかのように。
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危機をつないでくれたわが天使

2014年12月02日 00時03分05秒 | Weblog
初めて授かったわが子。女の赤ちゃん。嬉しさも束の間、初体験の子育てに追われた。授乳、おむつの世話、添い寝、入浴、ほかの家事……。目の回る日々を送った。
 赤ちゃんの様子がおかしいのに気付いたのは、まだ生後数か月目。発熱だった。生後六か月ぐらいまでは母親から受け継いだ免疫力で病気はメッタにしないと育児書で知恵を得ていた。少々の発熱は心配いらないはずだ。それでも新米ママとパパ。(どうしよう?どうしたらいいの?)と落ち着けない。考えは悪い方にばかり向いた。
「大丈夫だろ」「うん」
 夫婦で言葉を掛け合い不安から逃れていた。でも発熱は続いた。三十九度前後。思い余って近くの小児科医院に走った。
「風邪をひいたかな」
 先生は何事もない風に言った。それでも私たちには救いの言葉だった。
しかし、発熱は解熱剤でも下がらなかった。まだ寝返りも言葉も発せられない赤ちゃん。赤くなった顔を見守りながら何もなすすべがない歯がゆさが続いた。二度目の診断も、やはり風邪。解熱剤を貰っただけ。氷やアイスノンで冷やしてやるだけ。無力さだけが募った。そんな時に救いの手が。
「そんなに高熱が続くのはおかしいよ。評判のいい小児科のセンセイ知ってるから、そこで診て貰いなさい」と、知人で三人の子供の母親が教えてくれた。早速、教えられた小児科医院に走った。
「これは川崎病かも知れないな。日赤病院の小児科を紹介するよ」センセイは即断した。
翌日日赤へ。そして診断の結果、即日入院となった。
 入院した赤ちゃんを中心にした生活が始まった。一日中ぐたーと寝たままの赤ちゃんを、ベッドの脇で見守り続けた。今まで聞いた事もない『川崎病』の病名。(川崎って公害病?)未知の不安に苛まれるばかりだった。
 川崎病は血液の病気らしかった。動脈瘤破裂の恐れと付き合わなければならないのだ。
 甘い新婚生活が一転して、辛く長いわが子の闘病生活との向き合いが始まった。検査検査と連日続いた。ひと時も付き添いから離れられない。同じ病気や小児ぜんそくで闘病生活を送っている子供たちとの大部屋。ちいさな入院患者のママ友たちとも仲良くなった。明日に向かっての我が子への希望。みんな苦しみ、そして乗り越えるのに懸命だった。
「どないや。少しはええ徴候出てるか?」
 深夜に仕事終わりで駆けつける夫は、いつも優しかった。赤ちゃんを覗き込む夫の笑顔は、私の心の救いにもなった。自分で調理したおかずをたっぷり詰め込んだお弁当は、私の疲れを癒してくれた。
 入院が何週間にも及ぶと、疲れはピークに達した。不安や焦燥でどうしようもなくなった感情をぶつける相手は夫だけである。耐えて妻の絶望感をしっかりと受け止めてくれた夫。彼の思いやりがなければ、私は離婚の道を選んだかも知れない。そんなせっぱ詰まった崖っぷちに追い込まれていた時である。
「ああん」
 ベッドの赤ちゃんが声を出した。少しいやいやをするかのように体を動かし始めた。目も輝いている。(見えているのだろうか?)でも、彼女は生きている。私と夫にはかけがいのないちいさな命が、ちゃんとそこにあった。ぎすぎすして心が破れかけていた二人の目の前に、愛の天使として蘇ってくれたのだ。
「……頑張ろうや、俺たち。こいつは俺たちが守ってやらなきゃ」「……うん!」
 ほぼ一か月近い入院を乗り越えた。
「あとは定期的な検査で、副作用の動脈瘤に気を付けるだけでいいでしょう。よく頑張りましたね。退院おめでとうございます」
 小児科のセンセイの顔が神様に見えた。
 もう母親を認識してるだろう赤ちゃんを抱く私の傍にピタリ。力強い夫の姿があった。
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キャベツ畑の親心

2014年12月01日 00時10分51秒 | おれ流文芸
 ある日、夫婦喧嘩をした勢いにまかせて、「怒ってばかりで、勝手なことばかりしてるお父さんなんか、みんな嫌いよね!」
 と、子どもたちに同意を求めた私だった。
 すると、意外にも小3の長男ショーゴが、
「うー、ううん。お父さん好きだよ、僕。とっても恰好いいんだぞ、仕事してるお父さんって」
 と、口を尖らして抗議してきた。
 黙ってはいるけれど、小4のお姉ちゃんも4歳になるチビちゃんも、お兄ちゃんと同じ気持ちなのが顔色から読み取れた。
 私はそれ以上何も言えずに、頬笑むしかなかった。
 決して甲斐性のあるほうではなく、趣味に生きがいを見いだしているようなお父さんなのである。その日の機嫌によって、子どもたちへの対応がきつくなったりするようなお父さんなのである。それなのに子どもたちは、ここはという時に、ちゃんとお父さんの味方をする。それも、お父さんの存在を立派だと認めているのだった。何とも驚きだった。
 ショーゴが格好いいと言っているのは、アマ劇団の主宰者として、若い人たちを指導している時の一心不乱な姿のことだと分かっている。
 私が好きになったのも、そんなお父さんの姿からだった。そして、ひと回り以上の歳の差も何のその、結婚に漕ぎ着けさせたのも、そんなお父さんの損得抜きの男のロマンめいた魅力に打たれたからだった。
 そんな私と同じ見方を、息子のショーゴがしている。夫婦喧嘩の最中なのも忘れて、私はいつの間にか感動を覚えていた。
 子どもは親の背中を見て育つと言われるが、ショーゴは父親の姿に男の何たるかを見つけていたのかもしれなかった。
 3人の子どもたちは、しょっちゅうお父さんに叱られている。「靴を並べなさい!」「歯は磨いたか!」「テレビは、そんな近くで見るな!」「ご飯は残すな!」「野菜を食べろ!」とこと細かに、とにかくうるさいお父さんなのだ。
「あんまり小さいことでガミガミ言ってると、子どもが委縮して、親の顔色を窺うようなネクラな性格になっちゃうでしょ!」
「うるさいな。俺には俺の子どもたちへの接し方があるんだよ!」
 私の注意に耳を貸そうともしない。
 でも、私も子どもたちも、今ではそんなお父さんの心の中がよく分かっている。
 近眼で苦労した自分を振り返って、子どもたちには目を大事にしてほしい。虫歯も心配、農家の息子で育ったお父さんにとっては米も野菜も無駄にせずに食べてほしい……!小言のひとつ一つにお父さんの深い思いがあるのである。
「お父さん、僕らに近視になってほしくないんだ」
 やはりショーゴが、一番お父さんを理解していたようだった。やはり男同士である。
 子どもと普段あまり遊ばないお父さんも、その気になった時は、とことん子どもたちと遊ぶ。
 ショーゴとは将棋の名人戦(?)、ナツミとはセッセッセを不器用な手つきでやっている。末っ子のリューゴとはテレビアニメの真似っこで、組んずほぐれつドタバタやる。そこへショーゴやナツミもなだれ込んでもうメチャメチャだが、いかにも楽しそうに暴れる。
「俺は勝手な父親だから、無理に子どもたちに合わせるなんてできっこない。だから、子どもたちが俺に合わせるしかないんだ。こんな父親を持った子どもも可哀想だけどな」
「行く末が案じられるわよ。大丈夫?」
 ときどき、子どもたちの寝顔を見ながら、夫婦でそんな会話を交わす。チラッと見ると、いかにも申しわけなさそうな顔をしているお父さんの目が、とても優しく子どもたちに注がれていた。根は子ぼんのうなのである。
 最近、わが家は家庭菜園を持った。ちょうど家の裏手にあって、喜んだお父さんは、
「みんなに農薬の心配ない野菜を食わしてやるぞ。美味しいて、栄養タップリなやつをな」
 と、真剣に野菜づくりに取り組み始めた。
 しかし、この野菜づくり、子どもたちにはとんだ藪蛇となった。何かと言えば手伝いに駆り出されるのだから、ボヤッとしてられない。
「お父さん、小さい頃から野良仕事を手伝わされて大きくなったんだ。土くれにまみれて野菜づくりをよくやったぞ。そのお陰で今のお父さんがあるんだ。だからお前たちも、野菜づくりを通じて、お父さんみたいにいい正確になったらいいなあって、親心だ」
 と勝手なことをほざいて、草引きだ、水やりだとこき使っている。最初は嫌がっていた子どもらも、今ではすっかり諦め切ったのか、えらく神妙にお父さんを手伝うようになった。
「これな、キャベツだぞ。まだ若葉だけど、これから大事に世話してやったら、その分だけ大きく育つんだぞ」
 畑で子どもたちに大袈裟な説明をしているお父さんは、とても幸せそうだし、子どもたちも興味ありげに見上げて聞き入っている。
 何やかやとあるけれど、いい親子関係なのだろう。        (1994年記)
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