彦根の歴史ブログ(『どんつき瓦版』記者ブログ)

2007年彦根城は築城400年祭を開催し無事に終了しました。
これを機に滋賀県や彦根市周辺を再発見します。

井伊直政公銅像ライトアップ

2021年11月29日 | イベント

彦根駅西口の井伊直政公銅像。


彦根に降り立ったお客さんが彦根城を目指すときに最初に目にされるであろう彦根市の象徴です。




四季を通じていろんな姿を見せてくれていますが、ついにライトアップされることになりました。

令和3年11月27日から12月10日までとのことですので、観に行ってきました。


赤備えの直政公らしい赤いライトアップでした。


目が光ったりもします。


いろんな方向から撮影しました。

関ケ原に向かうイメージ


一番槍ならぬ一番星を目指して


そして、漢は背中で語ります


他のカラーもあるのかどうかはわかりませんが、井伊はやはり赤備えですね。
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水と石垣

2021年11月28日 | ふることふみ(DADAjournal)
 令和3年(2021)の秋、滋賀県に台風被害のニュースが聞こえなかった。台風での増水を防ぐために事前に琵琶湖の水が放出されているため琵琶湖の水位低下が深刻な問題となっている。
 この反面、私のような歴史好きにとっては何年かに一度のチャンスとも考えてしまう。それが湖中史跡の出現である。長浜城の太閤井戸や膳所城の石垣そして坂本城の石垣も見逃せない。
 平成6年(1994)の琵琶湖水位低下は100センチを超えた。このとき坂本城の石垣が姿を現しニュースとなった。近年では大河ドラマ『麒麟がくる』の主人公・明智光秀が築いた城として広く知られた城の一つであり、昨今の城ブームで無名であった城にも人が訪れるため、坂本城が話題に上ることに違和感はない。しかし平成6年の渇水時には今のようなブームとは無縁でありながら坂本城の石垣に多くの見学客が詰めかけていた。もちろん私もその一人だった。
 再び坂本城の石垣が湖中より現われたと聞き見学に行ってみた。坂本城跡の湖中石垣は本丸跡と言われている区画の東にコの字方に残るもので石垣を構成する上で重要な支えとなる根石になる。大津教育委員会の『坂本城跡発掘調査報告書』によれば南北ラインで長さ22メートル「このラインの石垣は基礎石だけではあるがすべて残存していた。残存する石材はすべて東面して構築されている」とのことであった。とくに南隅から南面が良く見学でき大きな根石と裏込石に使ったと思われる小さい石が歴史のロマンを掻き立ててくれる。
 坂本城本丸は水城であり、城から直接船に乗って琵琶湖を横断し安土城に行くこともできたが、水に沈む石垣をどのように造ったのだろうか? 水城ではなくとも彦根城の堀の石垣などでも同じ疑問がわきあがってくるかもしれない。そもそも石垣はすべて石でできている訳ではない。土塁を積んでその周りを石で固めているので水によって土塁が崩される心配も考えられる。崩れない工夫の一つは土塁と大きな石の間に裏込石と呼ばれる小さな石を詰めて、水を土塁内に留めず排水させることである。また石垣の上に建物を乗せることでその重みが石垣を安定させるコツにもなっている。そして水城や堀に面した部分、地盤が軟らかい土地に建てる城などにはもう一つ大きな工夫が施されている。それが石垣の最下部である根石の下に胴木と呼ばれる木材を敷くことなのだ。
 木材と水と考えると木に水が染みていき腐ってしまいそうなイメージがあるが、実は木材は水に沈んだままでは腐ることがない。この性質を活かした上で耐水性が強い松や椎類の角材や丸太を最下部に敷き、その上に厚い板状の胴木を重ね細かい石で補強、それから根石を並べる作業へと取り掛かったのである。
 本来ならば石垣作りに適さないであろう場所にも巨大建築を施す技術にも人の探究心を感じることができるのだ。

坂本城跡湖中石垣 令和3年11月18日撮影
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坂本城湖中石垣見学

2021年11月21日 | 史跡

台風シーズンに台風が来なかったため、水位低下が著しい琵琶湖で坂本城の湖中石垣が姿を現したとのニュースが流れました。


特に珍しいことでもなく、水位がマイナス50センチを越えれば出てくるらしいのですが、大河ドラマ『麒麟がくる』放送直後でもあるため話題になっているようです。


早速行ってみました。

朝早く行ったので、琵琶湖から朝日が登ってすぐの時間に立ち会うと、すぐ横に虹も現れる風景に出会えました。


普段、城址公園になっている場所から琵琶湖沿いに北に100mくらいの場所に湖中石垣はあります。

伝承では本丸跡になっている場所の東にコの字形の石垣列が湖中石垣です。



南側の石が出ていて、南隅の石から北に22mの根石が残っていますが、その北部分はまだ水の中でした。




北隅から船着場沿いにまた根石列があります。




坂本城址の調査報告書によると南北の根石はすべて残っているようで、石列の確認ができていました。



また小ぶりの石(栗石・裏込石)も多く散乱していました。

平成6年の渇水では100センチを超えたためにもっと水が引いていましたが、この先どこまで水位が下がるのかも気になります。






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