前に書いてから既に1ヶ月、いい加減この旅行記を終わらせなければなりません。
しばらくバタバタしていたのもあるのですが、この最期を書くことで報告が終わってしまうのも少し寂しい気持ちもありました。
でも、終わらせないと…
平泉に僕が滞在できたタイムリミットは正午まで、10時頃までは中尊寺に居ましたので、のんびり移動する訳にもいかずタクシーを拾いました。
ここからの目的地は毛越寺。
奥州藤原氏の中では、あまり表に出てこいない基衡が建立した大伽藍です。
その道中でタクシーの運転手さんから今朝1ヶ月ぶりに雨が降った。との話を聞きました。確かに朝の雨は僕も降られましたが、そんな稀な雨となると、やっぱりあれですね、もしかして管理人歓迎されていませんでした? その割にはその後すぐに止んだし、義経堂や中尊寺では天気が良かったので、どう言うことだったんだろう?
でも、「この雨で今日は過ごしやすくなった」とのことだったので、それなのかな?
とにかく、2008年の夏以来、管理人の歴史巡りには時々こういう現象が起こります(謎)
さて、毛越寺
中尊寺で、期待よりは少し衝撃が少なかったために、ここもそれほどに期待をしていた訳ではありませんでした。
入り口から入り、すぐに朱印所を見つけて、御朱印をお願いします。素敵な朱印帳だったので、新たに購入しました。
本堂を参拝し
南大門の跡から庭園へ
ここからは、言葉は要りません、ただただ観賞するのみです。
息を飲むという言葉を久々に思い出したような場所でした。
目の前に広がってるのは、まさしく様々な顔を見せる極楽浄土の風景だったのです。
東日本大震災の影響でそのまま学術調査が入った場所もありますが、それすらも奇跡のように思えました。
建物は申し訳程度に建っているだけで、大伽藍だったという跡を残すのみなのですが、それだからこそこの地に自由な発想ができます。
庭に流れ込む水すら聖なる物のように思える場所でした。
「帰りたくない」って本気で思ったのは初めてかも知れません。
彦根にネコを残していなければ、仕事や用事を残していなければ、もしかしたらこのまま住みつこうとしたかもしれない、そんな場所でした。
管理人にとっての平泉は中尊寺の金色堂ではなくここだったのです。
この庭園は、昔は田んぼに変わった時があったのですが、農民たちは庭の形を壊さないまま池を田にしていたのです、本来ならカーブを壊して真っ直ぐ直せばいいのにそれをしなかった、そんな形で受け継がれた場所でした。
庭園を一周し、いよいよ出口に近付いた時、晴れていた空から30秒ほど雨が降りました。
「また来いよ」
なんだか、そんな合図のような雨でした。
こうして、後ろ髪引かれながら平泉を離れたのです。