(当エントリは、当ブログ管理人が月刊誌「地域と労働運動」2013年9月号に発表した原稿をそのまま掲載しています。)
「今度、”What was 国鉄闘争”という本が出ることになった。郵送するので、ぜひ読んで、できれば「地域と労働運動」誌に書評を書いてもらえないか」。そんな依頼が「ぶなの木出版」の川副詔三編集長からあったのは6月のことだったと記憶する。「でも私は国鉄闘争なんて、関わったのは四党合意以降の10年程度。25年の闘いの半分も関わっていない私が書評など書いていいんですか」と聞くと「それでもかまわない」とのお返事だった。なにしろ25年もの長い闘いである。国鉄闘争に、最初から最後まで(しかも、中抜けもせず)関わり続けられた人は多いようで意外に少ない、との話もある。それなら私でも問題ないのかもしれないと思い書評を引き受けた。
「国鉄闘争に、最初から最後まで、しかも、中抜けもせず関わり続けた」人物のひとり、立山学さんは、歴史的解決を見ることなく旅立ってしまった。「JRの光と影」(岩波新書)を読んで立山ファンになり、自分の同書にサインまでしてもらった私は本当はもっと立山さんの薫陶を受けたかった。
私の国鉄闘争との関わり方は他の人とはかなり違っている。物心ついた頃から鉄道ファンとして歩んだ。私の自宅近くに国鉄小倉工場(今もJR九州小倉工場として現存)と南小倉駅があり、制服を着て通勤する国鉄職員がいつも自宅の前を通っていた。南小倉駅に遊びに行くと、いつも駅員がお茶を入れてくれたり、ホームに連れて行っては信号機の意味など教えてくれる。私と同年代か上の世代の鉄道ファンは、鉄道ファン人生への入口で大なり小なりこうした「原体験」を持っている。国鉄時代は鉄道ファンもいわば「鉄道ムラ」の一員で、ファンから見れば今とは比べものにならないくらい鉄道の現場が近かった。今の時代感覚では「馴れ合い」と言われかねないが、そうした中でも「やるときはやる」「やるべきことはやる」のが国鉄職員であり、鉄道員魂だった。
私は、今だから懺悔しておかなければならないことがある。四党合意の存在がメディアにすっぱ抜かれた頃のことだ。“What was 国鉄闘争”でも触れられているように、「最も高い値段で自分達を売れる」時期だった1990年代後半、国労はこの最も大事な局面で被解雇者の職場復帰に失敗していた。そこで出てきた四党合意報道に、私は当初「ここで採用がなければ一生チャンスは来ない」と思い、某鉄道雑誌の読者投稿欄に「この機会に解決を」とした投稿を行ったことがある。今から考えれば「ゼロプラスアルファ」の合意に過ぎなかった四党合意を当初、解決の最後の機会と捉えたのは私の本質的過ちだった。投稿をボツにしてくれた某誌編集部に今はとても感謝している。(余談だが、被解雇者に向かって「ゼロプラスアルファ」と言い放った甘利明が、復活した自民党・安倍政権でのうのうと要職に居座り、今もTPP・原発再稼働の旗を振っているのは許し難いことだ。)
あいまいだった私の認識はその後、「人らしく生きよう~国労冬物語」(ビデオプレス)を見て根底からひっくり返る。四党合意を吹き飛ばしたあの歴史的な「7・1臨大」の後の国労大会が行われている社会文化会館前で、四党合意反対派を支持するスピーチをしたときが、私の支援者としてのデビューだった。
そういえば、社会文化会館も老朽化を理由に取り壊された。気がつけば国鉄闘争の「舞台」もどんどん消えつつある。急速に風化しつつあるけれども、「思い出」と呼ぶにはまだあまりに生々しすぎるこの時期に、国鉄闘争とその成果、教訓を次代に語り継いでおくことはきわめて重要なことであり、その意味からも今般の本書の刊行は時宜を得たものといえるだろう。
当事者ではなく鉄道ファンという特殊な立場からの支援者であった私にとって、本書の中で特に興味深く読んだのは、国労高崎の縦横無尽の闘いぶりを描いた関口広行さんの「国鉄闘争から新たな闘争へ」だ。この章を読むと、当局の攻撃にさらされながらも持ちこたえ、地本ぐるみで闘う闘争団・鉄建公団訴訟原告団を最後まで支え続けた高崎地本の「パワーの源泉」とその理由がよく理解できる。 果敢に地域に打って出る機動性と柔軟さは、国鉄時代からの経験の蓄積がもたらしたものだ。
国労高崎の闘いは、その後2000年代に入ると国鉄闘争を側面から支援する力として重要性を増す。やがてこの闘いはJR内の国労グループとの連携で「JRウォッチ」の主力となり、ついに2008年、信濃川不正取水(水泥棒)事件の発覚によってJR東日本を追い詰める力になったのである。いま、信濃川不正取水事件は、株主代表訴訟に引き継がれ、法廷で争われている。信濃川現地で、保守系の心ある人たち(根津東六・元十日町市議など)ともつながりながら、JRの企業体質を告発し、交通ユニオンとして地域の足・公共交通を守る闘いにつながっている。
公共交通を守る闘いで言えば、今、JR北海道が未曾有の危機を迎えている。数年前から始まったディーゼル特急車両の炎上事故は今年に入りますます加速、炎上事故だけで年間10件の大台に乗ることが確実な情勢だ。地元紙「北海道新聞」は国鉄分割民営化によって主力の40代が10%しかいない歪な社員の年齢構成、技術の伝承の失敗などを背景として指摘している。同紙読者投稿欄には、国鉄分割民営化と国労潰しが最近の安全崩壊の原因だとする鋭い読者投稿が臆することなく掲載されている。国鉄「改革」の際最も恐れられていたことが、最も恐れられていた形で表面化したといえる。このことだけでも国鉄「改革」は検証される必要があるし、公共交通(特に地方路線)切り捨てと安全問題は全く解決していない。これら「終わっていない諸問題」にも私はこれまで同様取り組んでいきたいと思う。
最後に、本書は、私たちの世代にとっては初めからあるのが当たり前のように感じられる東京総行動がどのようにして作られてきたかなど、歴史的なことが数多く書かれている。25年の闘いの中で、国鉄闘争は、今、あらゆる労働組合と労働運動が通過しようとしている道をすでに経験してきた。当時と今では時代背景が異なるため、彼らのノウハウをそのまま現在の闘いに適用できないとしても、少し修正を加えればすぐに役立つ示唆に富んでいる。
1047名首切りの張本人、中曽根元首相が「国労を潰せば総評が潰れる」「意識的にやった」と公言してから四半世紀。ブラック企業でこき使われ、ボロ雑巾になって死ぬ第1の道と、奴隷化を拒否する代わりに孤高に飢えて死ぬ第2の道とどちらがよいか、という資本からの無慈悲な問いかけが正規、非正規問わず全労働者に突きつけられている。本書は、そのどちらでもない第3の道を照らし出す――労働者がみずから事業を興し、労働しながら経営にも携わる第3の道。ぜいたくはできなくても心豊かに、助け合いながらすべての人々が尊重され、人として生きることができる新たな道。1000人を超える被解雇者が四半世紀もの間、自活し続けた体験を目にすれば、それが「空想的ユートピア」でなく実現可能な目標であることが理解できるだろう。
正規と非正規、公務員と民間、女性と男性、高齢者と若者問わず、すべての「働く人たち」に対し、国家権力・国鉄、JRと闘ってきた闘争団・原告団から贈られた輝かしいプレゼントである。ひとりでも多くの労働者が本書を手にすることを希望している。
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(管理人よりお知らせ)
このたび、四半世紀もの長きにわたったJR不採用問題(国鉄闘争)を総括した上記の本が出ました。申込用紙は、サムネイル画像をクリックするとダウンロードできます。どちらかといえば、労働運動に携わってきた人向けの書籍ですが、「一生懸命働いても、なぜ自分の暮らしはよくならないんだろう」と疑問を持っている一般の人にとっても、大変役に立つものです。ぜひお買い求めください。