JR北海道社員「危険認識しながら放置」 データ改ざん、国交省は監督命令検討(北海道新聞)
JR北海道によるレール検査データの改ざん問題で、国交省がJR会社法による史上初の「監督命令」を出す方向で検討中との報道が行われている。北海道新聞の報道は上記リンク先の通りだが、道内メディアの中にはすでに決定事項のように報じているところもある。鉄道事業法による事業改善命令と併せて出される見込みだが、JR会社法による監督命令が出されれば、国鉄分割民営化でJRが発足して以来初の不名誉な事態となる。
JR会社法とは正式には「
旅客鉄道株式会社及び日本貨物鉄道株式会社に関する法律」といい、現在はJR北海道、四国、九州、貨物の4社のみが適用を受ける特別法だ。とはいえ、JR会社法に基づく「監督命令」と、鉄道事業法に基づく事業改善命令がどのように異なるかについて、説明ができる人は多くないだろう。なにしろ当ブログと安全問題研究会ですら、JR会社法による監督命令の制度は、道内メディアの今日の報道で初めて知ったのだから。
とりあえず、2つの制度がどう違うのか、各法律を見よう。
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1.鉄道事業法に基づく「事業改善命令」とは?
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鉄道事業法(昭和61年法律第92号)
(事業改善の命令)
第23条 国土交通大臣は、鉄道事業者の事業について輸送の安全、利用者の利便その他公共の利益を阻害している事実があると認めるときは、鉄道事業者に対し、次に掲げる事項を命ずることができる。
一 旅客運賃等の上限若しくは旅客の料金(第十六条第一項及び第四項に規定するものを除く。)又は貨物の運賃若しくは料金を変更すること。
二 列車の運行計画を変更すること。
三 鉄道施設に関する工事の実施方法、鉄道施設若しくは車両又は列車の運転に関し改善措置を講ずること。
四 鉄道施設の使用若しくは譲渡に関する契約を締結し、又は使用条件若しくは譲渡条件を変更すること。
五 他の運送事業者と連絡運輸若しくは直通運輸若しくは運賃に関する協定その他の運輸に関する協定を締結し、又はこれを変更すること。
六 旅客又は貨物の安全かつ円滑な輸送を確保するための措置を講ずること。
七 旅客又は貨物の運送に関し生じた損害を賠償するために必要な金額を担保することができる保険契約を締結すること。
2~3 (略)
第69条 次の各号のいずれかに該当する者は、一年以下の懲役若しくは百五十万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。
一 (略)
二 第23条第1項の規定による命令(輸送の安全に関してされたものに限る。)に違反した者
三~五 (略)
第70条 次の各号のいずれかに該当する者は、百万円以下の罰金に処する。
一~十 (略)
十一 第23条第1項の規定による命令に違反した者(前条第二号に該当する者を除く。)
十二~十七 (略)
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2.JR会社法に基づく「監督命令」とは?
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旅客鉄道株式会社及び日本貨物鉄道株式会社に関する法律(昭和61年法律第88号)
(監督)
第13条 会社は、国土交通大臣がこの法律の定めるところに従い監督する。
2 国土交通大臣は、この法律を施行するため特に必要があると認めるときは、会社に対し、その業務に関し監督上必要な命令をすることができる。
第20条 次の各号のいずれかに該当する場合には、その違反行為をした会社の取締役、執行役、会計参与若しくはその職務を行うべき社員又は監査役は、百万円以下の過料に処する。
一~七 (略)
八 第13条第2項の規定による命令に違反したとき。
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JR会社法の監督命令の規定は、至ってシンプルなものだが、鉄道事業法による事業改善命令と大きく異なる点がある。「事業改善命令」が、その対象を「輸送の安全、利用者の利便その他公共の利益を阻害している事実があると認めるとき」に限定しているのに対し、「監督命令」には対象とすべき事業の制限がないことである。つまり、JRが行っている「すべての事業」(当然、鉄道以外でもJR本体が行っている事業はすべて含まれる)について命令を出すことができる。
また、罰則についても違いがある。
(1)事業改善命令に違反した者:100万円以下の罰金(輸送の安全に関わるものであれば、1年以下の懲役若しくは150万円以下の罰金)
(2)監督命令に違反した会社の取締役、執行役、会計参与若しくはその職務を行うべき社員又は監査役:百万円以下の過料
具体的な違いについては、若干、専門的になるが、事業改善命令違反が「罰金」つまり刑事罰であるのに対し、監督命令違反は「過料」つまり行政処分であることだ。誰が対象になるのかについても若干、専門的になるが、「罰金」は刑事罰であり現状では個人にしか科せられないため、過去の裁判例に従えば現場責任者レベルと想定されるのに対し、監督命令違反の場合、わざわざ対象者を「取締役、執行役、会計参与若しくはその職務を行うべき社員又は監査役」に限定しているところに大きな違いがある。
今回、監督命令が発動されることになれば、JR北海道に与える影響は事業改善命令より数段、大きいだろう。現場レベルでの安全管理にとどまらず、「企業体質」のような曖昧でつかみどころのないものに対しても発動が可能だし、対象者を「取締役、執行役、会計参与若しくはその職務を行うべき社員又は監査役」に限定しているから、国交省として「現場より経営陣の責任を重視する」という明確なメッセージになる。さらに、命令違反があった場合に科せられるのは「過料」つまり行政処分だから、対象者は「前科一犯」にならなくてすむ。発動され、有罪判決が確定すれば「前科一犯」になる鉄道事業法の事業改善命令と比べ、発動のハードルは大幅に下がるものと考えられる(交通違反者に対する「違反点数」や「反則金」などの行政処分が、刑事罰に比べてはるかに発動しやすいことを想起すればよい)。
国鉄分割民営化を強行し、今日の事態が生まれた責任の一端を負わなければならない立場の国交省に、こうした命令を発動する資格があるのか、という議論はひとまず置こう。そうでなくても、JR北海道、四国、九州、貨物4社の株式はすべて鉄道・運輸機構(独立行政法人鉄道建設・運輸施設整備支援機構)が保有しており、4社は事実上国の完全子会社の状態である。これに加え、JR会社法による監督命令が出される事態になれば、JR北海道は完全に株式会社としての経営の「自律性」を失うことになるかもしれない。しかし、当ブログと安全問題研究会は、いわば「因果応報」だと考えている。そもそも、国鉄分割民営化そのものが「国民の公共交通」を解体し、その資産を財界に差し出すとともに、「経営の自律性」の名において、国民と国会による統制からの経営の解放を目指そうという不純な動機から出発したのだ。誰による統制も受けない財界とJR経営陣による「やりたい放題」を認めた結果がこれだというだけの話だ。当事者能力のない経営陣が一掃され、経営権を国に召し上げられる末路をたどればいい。
私たちの立場ははっきりしている――JRとその関連企業で働く労働者を守りながら、誰の統制にも服さないJRという怪物を、新しい時代に対応した国民の公共交通として再編し直すことである。