安全問題研究会(旧・人生チャレンジ20000km)~鉄道を中心とした公共交通を通じて社会を考える~

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こんなにおかしい!ニッポンの鉄道政策
私たちは根室線をなくしてはならないと考えます
国は今こそ貨物列車迂回対策を!

静かな年度末、そして職業人生のひとつの区切り

2014-03-31 22:30:26 | 日記
早いもので、北海道に転居してから1年を迎えた。今年は、昨年と異なり静かな年度末を迎えている。

明日、4月1日で、就職してから丸20年になる。ささやかながら、職場で20年勤続の表彰を受けることになっている。よく20年もやってきたものだと思う。就職したときは、自分の職業人生をイメージできず、もっと単調で変化のない20年になると思っていた。しかし、改めて振り返れば、変化に満ちた20年は、あっという間に過ぎ去ったような気がする。20年間で最も大きな出来事を挙げるなら、名古屋勤務時代の2005年に中部国際空港の開港に立ち会えたことと、福島勤務時代の2011年に東日本大震災と福島第1原発事故を経験したことだ。

名古屋勤務時代には妻と出会った。福島勤務時代に起きた福島第1原発事故は、私の人生を大きく変え、脱原発運動に自分自身が踏み出す契機になった。そうした意味でも、5年半の名古屋勤務時代と、6年にわたった福島勤務時代は生涯忘れ得ぬ思い出になるだろう。

私が就職した1994年からの20年は、日本が「失われた20年」と呼ばれていた時期とぴったり重なる。就職した94年は、古き良き時代といわれた最後の時期で、まだ職場に家族的な雰囲気が色濃く残っていた。私の職業人生としての20年は夢中で走っているうちにあっという間に過ぎ去ったが、その間、日本社会は大きく、それも厳しい方へと変わった。非正規労働とブラック企業がはびこり、若者と女性は「非正規労働者のほうが当たり前」の状況になった。働くことは命がけになり、ブラック企業によって多くの命が奪われた。若者、女性をこのような状態に追い込んだ者たちの責任を問わねばならない。

20年は確かに長いが、それでも、私の職業人生の中ではようやく折り返し点といったところだろう。私の諸先輩方は60歳で定年退職を迎えていったが、年金支給年齢が引き上げられた結果、60歳定年後に5年間の再雇用を受ける人が多くなった。おそらく、私が60歳を迎える頃には定年は65歳になり、5年の再雇用を経て70歳でようやく引退という時代になるだろう。1円も年金を受け取れずに世を去る人も増えていくはずで、年金は「長生きした人だけの特権」という位置づけになると思う(よく、高齢化で国の年金は崩壊すると言われるが、年金財政が厳しくなればこのような「やらずぼったくり」に制度を変えていくことで、「形の上では」いくらでも維持できる)。

「若者の就労機会を奪っている」として、再雇用にはなにかと批判や怨嗟の声も聞こえるが、高齢者と若者が限られたパイを奪い合う状況はいいことではない。パイ自体を増やしていく努力が求められているが、どうやら政治や行政にはその意思も能力もないようだ。

それ以上に、戦後日本という枠組み自体がその頃まで残存しているとはとても思えない(当ブログ管理人はそのことを過去ログでも指摘している)。「希望は戦争」と主張した赤木智弘氏のように、若者の間にある種の破壊願望のようなものも出てきている。おそらく私が現役のうちに、国の財政破綻か諸外国との紛争により、戦後日本体制が崩壊し、その後の「国体」が大きく変わることはもはや不可避ではないか。

引き続き、職業人生を全うしながら、来るべき新しい時代に生き延びることができるよう準備をしていくのが、私の人生後半の課題だと思っている。

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