安全問題研究会~鉄道を中心とした公共交通を通じて社会を考える~

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<地方交通に未来を(16)>変な形で注目集まるリニア、その陰で……

2024-04-18 22:13:24 | 鉄道・公共交通/交通政策
(この記事は、当ブログ管理人が長野県大鹿村のリニア建設反対住民団体「大鹿の十年先を変える会」会報「越路」に発表した原稿をそのまま掲載しています。)

 3月29日、JR東海はリニア中央新幹線の2027年開業が不可能であることをようやく公式に認めた。本連載第12回「でたらめだらけのストップ!リニア訴訟判決」でも述べたように、神奈川県駅予定地となる横浜線・橋本駅にはそれらしきものは影も形もない。「3年後に開業」など絵空事に過ぎないことはかなり前からはっきりしていた。

 一方、4月1日に行われた県庁入庁式での失言を原因に、川勝平太・静岡県知事が辞職することになった。せっかくリニアの躓きが世間に明らかになるという時期に手痛いオウンゴールとなったが、知事「辞職表明」後の4月4日になり、JR東海が急に山梨工区や長野工区における工事の遅れを公表したところを見ると、むしろ慌てているのは当のJR東海自身なのではないか。最大の「邪魔者」が消えたことで、リニア推進派は年内にも全線開業するかのようなはしゃぎぶりだが、むしろ、工事が進まない原因が静岡だけにあるわけではないことが、広く一般にも理解されるなら悪い話ではない。

 そんな中、4月12日から14日にかけ、大鹿村を含む長野県を訪問した。昨年6月にも「レイバーネット日本」で大鹿村フィールドワークが計画されたが、梅雨入り宣言も出ないうちから襲来した季節外れの台風で中止となったため、大鹿村入りは今回が初めてだ。北海道からどう行けばいいのか最初はまったくわからず、道路地図と時刻表の路線図を何度も見比べながら、最終的には中部空港でレンタカーを借り、中央自動車道を走るルートを考えついた。12日の夜は飯田市内に泊まり、久しぶりの温泉で身体を休めた。

 13日午前中、北川誠康さんの案内で飯田市内の長野県駅予定地や、橋脚だけが建った工事現場、子どもたちの書いた絵が飾ってある現場などを見ながら大鹿村に入った。中央構造線博物館は、施設自体が中央構造線の真上に建つというユニークなものだ。顧問で元学芸員・河本和朗さんの地震や地質に関する説明は幅広く、大地震が起きるたびにテレビに出演し無内容なコメントを繰り返す「地震学者」より博識であることは明らかだった。

 この原稿を書いている4月17日夜にも四国を中心に震度6弱を観測する地震があった。正月の能登地震を初めとして、今年は震度5強以上の地震だけですでに10回も発生しており、東日本大震災のあった2011年に匹敵するハイペースだと報道されている。河本さんのお話は、今後の地震防災に役立つに違いない。

 午後からはリニア建設現場を見学した。西に向かうリニアが南アルプストンネルを抜け、一瞬だけ地上に顔を出す釜沢地区まで、普通自動車では通行困難な細い山道を軽自動車3台に分乗して回った。地下トンネル区間での事故・トラブルの際に地上に出るための非常口も2カ所見た。JR東海のホームページによると、非常口は約5kmおきに設置されるというが、事故やトラブルがJRの都合良く非常口のある場所で起きるとは限らない。

 実際、過去に開かれた説明会で、地下区間での事故発生時の対応をどうするのか質問を受けたJR東海は「お客様同士で助け合ってください」と無責任きわまりない回答をしている。非常口はせいぜいアリバイ作りか、最大限善意に解釈しても壮大なファンタジーとしか言いようのないものだ。

 大鹿村の人口はホームページによると918人(今年3月1日現在)とある。高レベル放射性廃棄物(いわゆる「核のごみ」)最終処分場問題に揺れる北海道神恵内村(人口750人)とほぼ同じだ。このような小さな自治体が、リニアや核ごみといった国策に抗うことはほとんど不可能に近い。大都市部と大企業の利益のため「踏み台」になるだけで、自分たちの村にはメリットさえないものを、わずかな交付金や公共事業と引き替えに受け入れる以外にない地方の小さな村の悲哀。自分たちは使うこともできない「東京電力」の電気のために福島が踏み台にされた「3.11原発事故」を福島県西郷村で経験した私にとって、この問題が生涯をかけたテーマになるとの確信は年々強まっている。

 現地見学会を終えた午後3時30分からは、村内で本会報の読者会が行われ、私を含め11人が参加した。「どこに行く?日本の公共交通~リニア・新幹線とローカル線から」と題し、30分の報告時間をいただいた。リニア車両にはトイレの設置が困難なのではないかとの指摘が「超電導リニアの不都合な真実」(川辺謙一・著、草思社、2020年)で行われていることを紹介したら大きな反応があった。通常車両でトイレが置かれる車端部は磁力線の影響が最も大きく、また新幹線の2倍近い速度下での大きな気圧変化に汚物タンクが耐えられるか疑わしいため、川辺氏はリニア車内へのトイレ設置を困難視しており、リニア事業そのものにも中止を勧告している。なお、報告資料は安全問題研究会ホームページに掲載している。

 日本一美しい村と言われる大鹿村で、国と資本関係を持たない純然たる民間企業のJR東海が、着々と自然を改変し破壊している。遠く離れた地域の人にとっては、静岡以外でも大幅に工事が遅れ「リニアなんてどうせ開業しないのだからどうでもいい」でいいのかもしれない。だがそれではすまされない厳しい現実が地元にあることを知った。

 同時に、数多の困難を何とか克服してリニアが仮に開業できたとしても、こんな美しい村をトンネルで通過するだけで車窓に見ることもできない乗客が哀れに思えた。今、北海道ではJRが廃線方針を示している函館本線・小樽~長万部間の沿線地域(ニセコ、余市など)が観光地化し、シーズンの冬には3両編成が投入されるほど乗客が押し寄せている。真っ黒なトンネル外壁ばかりで外も見えないリニアを外国人観光客はどう思うだろうか。

 報告会終了後の13日夜は宗像さん宅に泊めていただいた。両側を流れる水の音と小鳥のさえずりで目を覚ます。人工物の音しか聞こえない都会の朝より、私はこのほうが好きだ。

 14日の朝早く宗像さん宅を辞し、一緒に泊まっていた報告会参加者を飯田線・伊那大島駅まで送る。その後は安曇野ICまで再び中央道~長野道を北上する。私と同じ九州・福岡から遠く安曇野に嫁いだいとことは、2000年の結婚式を最後に会えていない。嫁をなかなか外に出さない封建的な家らしく、家庭生活ではいろいろ困難もあると聞いていた。朝10時に待ち合わせた安曇野ちひろ美術館で24年ぶりに再会した。

 全国屈指の教育県と言われる長野県だが『「県人は身を修め、家を斉(ととの)い」という儒教的な価値観が強いため……「イエ」の名誉が重要視されている』(「県別性格診断」河出文庫、1986年)との意外な一面も紹介されている。北部と南部で気候も文化もまったく異なり、まとまりを欠くことが多かったため「県民統合の象徴」として県歌「信濃の国」が歌われるようになった、との紹介もある。

 大鹿村から垣間見た山岳風景は美しく忘れがたい旅の思い出になった。わずか2泊3日の行程だったのは本当にもったいないと思う。 

(2024年4月17日)

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