赤膚山元窯、古瀬堯三窯と背後の五条山
「衣だに 二つありせば あかばだの
山にひとつは かさましものを」
伊勢物語121段
昨日の昼過ぎ、雨が降り始めた中、
赤膚山元窯、古瀬堯三(ふるせぎょうぞう)窯に、
一回限りの講座「赤膚焼を作ろう)で、お邪魔しました。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/thumbnail/38/1a/0ec33b55f147e852a0bf9ba365985e52_s.jpg)
ご自宅でしょうか?
![](https://blogimg.goo.ne.jp/thumbnail/5a/e3/c2a4f0561c16f7e2d03e3854a0d3d354_s.jpg)
第八代古瀬堯三さん自ら、話を始められました。
「奈良絵で有名な赤膚焼そのものには、
何ら制約はなく、自由なんです」と。
そして天正年間大和郡山城主、豊臣秀長公により
尾張常滑の陶工 与九郎を招いて開窯させたのが始まりで、
一時衰退した後、天明年間に柳澤保光(堯山)公が
当窯の祖である治兵衛を京都から呼び寄せ
再興させたというお話に続きます。
堯三の名は、柳澤堯山の一字「堯」の字を頂だかれており、
現在は八代めになります。
父(八代、治兵衛)は7年前に亡くなり
私が将来八代目を継ぐべく修業中と・・・
実はこの方、おじさんではなく、女性で気さくな話しぶり、
親近感が持てますね。
良い目をされておりました。
窯は大(江戸後期)中(昭和初期)小(昭和後期)と
三つの登り窯をもたれており、すべて使用可能なため、
登録有形文化財(大、中)なんです。
大
中で奥に小
小は顔に見えませんか?
![](https://blogimg.goo.ne.jp/thumbnail/5e/8e/c2da527e06572d789da9d6b33c924883_s.jpg)
特に一番大きな窯は、現在発掘調査中で、
前方は、耐火煉瓦を新しくされておりました。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/thumbnail/05/8a/c7d1fa35ab0549116082836122247391_s.jpg)
後方の古い部分(調査中)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/thumbnail/2b/fa/cae324a0a510f3c708ce9db95aadb60e_s.jpg)
赤膚焼の名前の由来は、先の柳澤公なのは知っていましたが、
五条山近辺の赤い陶土(鉄分だそうです)を使って焼くため、
釉薬のかかっていない素肌の部分、茶碗だったら高台の辺りに、
温かみのある仄かな赤みを指すところからだそうです。
HPより
五条山へ登る途中(高低差で15m程度)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/thumbnail/63/01/4370a02f8690ddcc88e66a4f8b997c21_s.jpg)
10年分の土だそうで、こうして放置しておくと
アクが抜け、熟成?、使える土になるのだそうです
一部は近所の宅地開発(近くまで住宅が迫っています)で、
使える部分をもらってきたそうです。
くぼんだ所
五条山頂上近くから、若草山も。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/thumbnail/08/2a/c7fb742e06d5852106072893756e0188_s.jpg)
藤の花がきれいです。
?
雨が激しくなる中、作陶を!
手回しロクロははじめて、
紐が上手く同じ太さになりません
でも撒いてゆくしかなく、高低差が
30秒程度の修正で、見違えるようになります。
さすが
二時間があっという間
![](https://blogimg.goo.ne.jp/thumbnail/6b/07/2af90d2e9239d625321d024fd07afceb_s.jpg)
出来上がりは3か月後になります。
何を作ったかは秘密。
「衣だに 二つありせば あかばだの
山にひとつは かさましものを」
伊勢物語121段
昨日の昼過ぎ、雨が降り始めた中、
赤膚山元窯、古瀬堯三(ふるせぎょうぞう)窯に、
一回限りの講座「赤膚焼を作ろう)で、お邪魔しました。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/thumbnail/5e/5b/df410d67e728df97d5144de029c0b8bd_s.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/thumbnail/38/1a/0ec33b55f147e852a0bf9ba365985e52_s.jpg)
ご自宅でしょうか?
![](https://blogimg.goo.ne.jp/thumbnail/6e/c3/e8507d075fddb99a9df3a629f08618a5_s.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/thumbnail/5a/e3/c2a4f0561c16f7e2d03e3854a0d3d354_s.jpg)
第八代古瀬堯三さん自ら、話を始められました。
「奈良絵で有名な赤膚焼そのものには、
何ら制約はなく、自由なんです」と。
そして天正年間大和郡山城主、豊臣秀長公により
尾張常滑の陶工 与九郎を招いて開窯させたのが始まりで、
一時衰退した後、天明年間に柳澤保光(堯山)公が
当窯の祖である治兵衛を京都から呼び寄せ
再興させたというお話に続きます。
堯三の名は、柳澤堯山の一字「堯」の字を頂だかれており、
現在は八代めになります。
父(八代、治兵衛)は7年前に亡くなり
私が将来八代目を継ぐべく修業中と・・・
実はこの方、おじさんではなく、女性で気さくな話しぶり、
親近感が持てますね。
良い目をされておりました。
窯は大(江戸後期)中(昭和初期)小(昭和後期)と
三つの登り窯をもたれており、すべて使用可能なため、
登録有形文化財(大、中)なんです。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/thumbnail/3f/a8/86170a1bb1f37551d68cea6475c7b843_s.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/thumbnail/6f/19/38752ab2767b19e40d8f6c4ed508fac4_s.jpg)
小は顔に見えませんか?
![](https://blogimg.goo.ne.jp/thumbnail/5e/8e/c2da527e06572d789da9d6b33c924883_s.jpg)
特に一番大きな窯は、現在発掘調査中で、
前方は、耐火煉瓦を新しくされておりました。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/thumbnail/7b/de/f12e63ef9579269b5c6e80b7697fefb9_s.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/thumbnail/05/8a/c7d1fa35ab0549116082836122247391_s.jpg)
後方の古い部分(調査中)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/thumbnail/09/02/66ec2caf9a17491dfdb6d7644ed0f9bf_s.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/thumbnail/09/19/80fdebab1d038002afa5ab7af41353e2_s.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/thumbnail/2b/fa/cae324a0a510f3c708ce9db95aadb60e_s.jpg)
赤膚焼の名前の由来は、先の柳澤公なのは知っていましたが、
五条山近辺の赤い陶土(鉄分だそうです)を使って焼くため、
釉薬のかかっていない素肌の部分、茶碗だったら高台の辺りに、
温かみのある仄かな赤みを指すところからだそうです。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/thumbnail/44/68/9d77538aff030ccb1a2a735865d0400c_s.jpg)
五条山へ登る途中(高低差で15m程度)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/thumbnail/63/01/4370a02f8690ddcc88e66a4f8b997c21_s.jpg)
10年分の土だそうで、こうして放置しておくと
アクが抜け、熟成?、使える土になるのだそうです
一部は近所の宅地開発(近くまで住宅が迫っています)で、
使える部分をもらってきたそうです。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/thumbnail/03/63/1c9c431b3b907039e9a4f06b98204f6c_s.jpg)
五条山頂上近くから、若草山も。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/thumbnail/08/2a/c7fb742e06d5852106072893756e0188_s.jpg)
藤の花がきれいです。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/thumbnail/0d/79/68a5880a6b0d24ded2e4d160068d3b93_s.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/thumbnail/7e/09/32750815ee35b266d2882d098e07cabe_s.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/thumbnail/00/cb/3da7e120d37134d90de31c17a570a99b_s.jpg)
雨が激しくなる中、作陶を!
手回しロクロははじめて、
紐が上手く同じ太さになりません
でも撒いてゆくしかなく、高低差が
30秒程度の修正で、見違えるようになります。
さすが
二時間があっという間
![](https://blogimg.goo.ne.jp/thumbnail/6b/07/2af90d2e9239d625321d024fd07afceb_s.jpg)
出来上がりは3か月後になります。
何を作ったかは秘密。