語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

書評:『めぐりあいし人びと』

2010年02月04日 | ●堀田善衛
 堀田善衛は、1918年生、1998年没。大正から平成までの三代を生きた。
 二人の聞き手を前に、80年ちかくの生涯を回想して語ったのが本書である。
 話題は多岐にわたる。しいて整理すると、次の五点をあげることができる。

 第一に、時代とともに生きた自らの回想がある。
 富山県の伏木港(現高岡市)の廻船問屋だった生家と父親、慶応予科入試の当日に遭遇した2・26事件、戦犯ないしスパイ容疑を問われた李香蘭(山口淑子)の救出、1956年からロータス賞受賞の1979年まで関与したアジア・アフリカ作家会議、ヴェトナム戦争の米兵の脱走支援。

 第二に、豊富な交友録がある。
 大学の保証人である小泉信三にはじまり、ネルー父娘、茅盾、フルシチョフ、ヒクメット、エフトシェンコ、宮沢喜一、ミラン・クンデラ、ソルジェニーツィン、等々。名だたる詩人、作家、哲学者、政治家とがっぷり四つに組んでたじろがない。名声に溺れぬ雑談の名手、サルトルの知られざる側面を紹介して懐かしむくだりもある。

 第三に、日本の作家をめぐるエピソードがある。
 戦中大陸で交際した武田泰淳やら草野心平やら、枚挙にいとまがない。一例だけ引こう。戦後まもない頃、音楽好きの仲間の一人に太宰治がいた。線の細い青白きインテリと想像されがちな人だが、刺身を一度に4枚食べる豪快な一面があった、という。

 第四に、重層的な歴史感覚による文明批評がある。
 百年前はもちろん、千年前の過去と現在とを自在に往復する教養と柔軟な発想が見られる。たとえば、EC統合による国境廃止を中世に戻った、という視点からとらえる。あるいは、中国の文化大革命を歴代王朝の交替と重ねあわせる。

 第五に、日本の歴史や古典の独自な解釈がある。
 たとえば、平城京の人口の半数が外国人だった奈良朝は今より国際的だったが、鎌倉幕府には外交感覚が欠如していた、と指摘する。外交感覚の欠如は、現代に至るまで続いている、とも。あるいは、鴨長明を怒れる若者と定義し、『方丈記』は一種の住居論であり、方丈とはキャンピング・カーのことだ、と奇抜な、しかし唸らせるたとえを持ちだす。

 第4回大佛次郎賞を受賞した『ゴヤ』をはじめとする多数の著書のさわりを満載している本書は、格好の堀田善衞入門書だ。

□堀田善衞『めぐりあいし人びと』(集英社文庫、1999)
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