語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

書評:『ハリウッドをカバンにつめて』

2010年02月17日 | エッセイ
 映画『オーシャンと11人の仲間』は、2001年にリメイクされたが、1960年版の「仲間」の一人、サミー・デイヴィス・ジュニアは無類の映画好きであった。子どもの頃から数千本の映画を見てきた。病こうじて、地方公演へ出かける際にもコレクションを持参し、ために飛行機を余分に1機確保しなければならなかったらしい。

 本書は、ハリウッドに生きた人々の人物論である。
 たとえば、エリヴィス・プレースリーはサミーに劣らぬ映画狂でものまね上手、ユーモア感覚が豊富だったらしい(世間が見ていた気むずかし屋ではない)。映画俳優としての素質があった、とサミーは証言している。時間をかけて本物の映画俳優になろうとしていたが、会社は、金のなる木だから40歳になってもアイドル路線を変えさせなかったのである。

 あるいは、『真昼の決闘』。フレッド・ジンネマン監督は新人のグレース・ケリーにのぼせあがり、ラブ・シーンをやたらと撮影したためにフィルムが予定の倍の長さになった。覆面試写会では当然ながら不評、制作者のスタンリー・クレーマーは「このままでは封切できない」と撮影所に通告した。「頭のいい編集者」が女優の出番を大幅に削り、時計を主役にすることによって、この映画は西部劇の古典となった。

 マリリン・モンローの微妙な逸話にもふれているが、未読の方の楽しみに残しておこう。
 リチャード・バートンとハンフリー・ボガードにはそれぞれ一章をあてている。後の大スターを若い頃から見てきたし、成功したエンターテイナーとして私生活でも親しく交際したから、俳優や監督たちの知られざるエピソードがふんだんに盛りこまれている。

 銀幕の俳優も日常生活ではただの人である。サミーも『サイコ』を見た後しばらくは部屋中明かりをともしていないと安眠できなかったし、互いにサイコごっこをやってマイケル・シルヴァーに音をあげさせた、という。こんな茶目気が随所に見られて楽しい。

 サミーは、映画製作の現場を足しげく見てまわったから、映画の技法に熟達した。個々の作品に紙数は多くは割かれていないけれども、批評したときの批評は冴えている。
 かれは、映画産業の興隆期に成長した。『モダンタイムス』(1936)には2億2千万人が10万の映画館で入場料を払った、というような書き方をする。本書は、映画という主題から見た米国現代史でもある。
 かれは、また、黒人(ブラック・マン)である。映画界における人種差別について証言し、公民権運動にてこ入れしたことも語っている。これもまた、米国現代史の一側面である。

□サミー・デイヴィス・ジュニア(清水俊二訳)『ハリウッドをカバンにつめて』(早川書房、1981。後にハヤカワ文庫、1984)
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