語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

書評:『書斎の旅人』

2010年02月16日 | 批評・思想
 「書評ふうの短いエッセイ」を全70編おさめる。選択された本のジャンルは文学にやや偏るが、歴史、経済、政治、科学も含む。文学は、小説がおおいが、詩歌、ミステリーにも目くばりされている。また、対談集も論じる。
 単行本の刊行の時期をほぼおなじくする『本のなかの本』【注1】と、評された本が部分的に重複する。しかし、本書の各編の字数は『本のなかの本』のそれの倍になっているから、その分、引用は豊かに、要約は懇切に、批評はていねいになっている。名著のさわり集成としても読める。
 どのページを開いても著者が読むことを楽しんでいるさまがじんわりと伝わってくる。市井の読書人が本業をはなれて楽しむ本、というのが選択基準らしい。だから、一読後、さっそくネット書店、ネット古書店を検索して発注したくなる。
 かつて、おおいに満足して読了した本が褒められていると、同志よ、とつぶやきたくなる。
 たとえばロバート・キャパ『ちょっとピンぼけ』【注2】。「男の中の男」とタイトルにある。自伝にそって活躍のあとをたどりつつ、さわりを引用してキャパのひととなりを活写する。

 「しかし、『ちょっとピンぼけ』の最大の魅力は、窮地におちいるたび、それを機知に富んだ寸描でさらりとかわす、軽妙な、あるいは洒脱な語り口である」

 著者は、文章にうるさいひとだ(うるささが高じて『文章読本』【注3】を書いた)。名文に目の肥えたひとが拾い出す名文、その文体の特徴の指摘は、なるほどと思わせる。
 自伝全体の褒め方も、尋常ではない。「作家、画家、写真家たちの書く自伝は一個の独立した著作として読まれる以上に、しばしば、その本職である小説や絵や写真の仕事についての脚注として興がられる」。しかし、「少なくとも私にとっては、この一巻の書こそロバート・キャパというたぐいまれな男の本文であって、彼の撮った数千葉の写真はその脚注にとどまる」。
 もとより世評高い写真の価値は動かない。だが、それほど知られていない自伝の価値は写真以上にある、と強調しているのだ。ちょっとしたレトリックである。
 著者独自の文章美学は、よいと評価する作家の発言でもうのみにしない。
 戦前ドイツ・オーストリアの批評家フランツ・ブライの『同時代人の肖像』【注4】をとりあげて(「洒脱な人物スケッチ」)、カフカをスケッチした箇所を引用して評する。「さりげない印象記と見えて、しかし的確に要点をおさえたこの一節は、今日なお、いやむしろ今日だからこそ、カフカに関する最良の手引きとするに値する」
 こう評価しながら、ブライのカール・クラウスに対する点の辛さに疑問を呈して、別に一編をあむ(「アフォリズムの粋」)。

 「ここでクラウスの人柄や批評活動全体を云々する資格は私にはないけれども、『アフォリズム』一巻に関する限り、ブライの危惧は当たっていないとしないわけにはいかない。余事は知らず、警句作家としてのクラウスの天稟はまぎれもない」

 書評家向井敏の面目躍如というところ。世間の通念をひっくりかえし、それだけの説得力をもって議論をすすめていく。たしかに、著者が引用したクラウスのアフォリズム【注5】を読むと、テレビに映る政治家のまばたきが気になったりする。すなわち、

 「モラルは見つめるとまばたきする」

 【注1】向井敏『本の中の本』(毎日新聞社、1986。後に中公文庫)
 【注2】ロバート・キャパ(川添浩史/井上清一訳)『ちょっとピンぼけ』(ダヴィッド社、1956。後に文春文庫)
 【注3】向井敏『文章読本』(文藝春秋社、1991。後に文春文庫)
 【注4】フランツ・ブライ(池内紀訳)『同時代人の肖像』(法政大学出版局、1981)
 【注5】カール・クラウス(池内紀訳)『アフォリズム』(法政大学出版局、1978、カール・クラウス著作集第5巻)

□向井敏『書斎の旅人』(中公文庫、1993)
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ディック・フランシスを悼む ~フランシス小論~

2010年02月16日 | ミステリー・SF
 2010年2月14日逝去、享年89。元競馬騎手。引退後、新聞記者をへて推理小説家となった。著書は、小説43冊及び自伝『女王陛下の騎手』(1957年、邦訳1981年)。

 その作品の特徴は、次のとおり。
(1)全巻、常に競馬が関係する。ただし、作品に競馬の占める重要性の度合いは、作品によって異なる。
(2)全巻、常に謎があり、謎解きがある。よって、すべての作品はミステリーに分類される。主人公の職業が謎解きに寄与する作品が多い(たとえば『証拠』)が、職業に無関係な謎もある(たとえば『帰還』)。謎は、観察、調査によって解明される。
(3)一連の作品の主人公に共通する要素がある。
 第一に、作品ごとに主人公が異なる。例外は、『大穴』、『利腕』、『敵手』および『再起』に登場するシッド・ハレー、また、『侵入』および『連闘』に登場するキッド・フィールディングのみ。フランシス作品に起きるような事件は、依頼におうじて事にあたる探偵社の社員でもないかぎり、ひとの一生に何度も出くわすものではない。「まきこまれ型」のスパイ小説に倣っていえば、フランシス作品は「まきこまれ型」の犯罪小説である。
 したがって、これが第二の特徴になるが、探偵を職業とする主人公の数はすくなく、むしろ稀れで、主人公の職業は社会各層にわたる。外交官、政府の諜報部員、貿易会社支店長、牧場経営者、サラブレッド仲買業経営者、玩具製造業経営者、誘拐対策業共同経営者、競走馬輸送業経営者、ジョッキークラブ保安部員、ジョッキークラブの調査部主任、探偵社調査員、新聞記者、騎手、アマチュア騎手、航空機パイロット、ワイン商、サヴァイバル専門家、作家、画家、教師(物理学)、気象学者、銀行員、公認会計士、セールスマン、映画俳優、建築家、映画監督、ガラス工芸家・・・・。
 第三に、主人公の出自も、一様でない。上流階級の貴族から労働階級の商人まで。
 第四に、主人公の年齢は、おおむね30台前半である。恋愛において、新鮮な心持ちでいることのできる齢ともいえるし、若い女性には保護者的立場にたつ年配でもある。他方、恋愛または情事をおこなうことができる年上の女性にもこと欠かない。主人公と愛しあう女性の年齢は、主人公の年齢プラス・マイナス10歳と幅広い。
 第五に、主人公の性格は、ほぼ常に知的、聡明、ストイック、穏健、爽やか、不屈である。情熱に圧倒されることはなく、情熱より職業倫理が優先される。ただし、職業倫理をきびしく守りつつ、これと利益相反する情熱の実現を最大限求める事件もあり、どう折りあいをつけるか、読者の興味をつなぐ作品もある(『障害』)。
 第六に、主人公は、所与の職業のプロたることに専念する(上昇志向はあまりない)。作品ごとに主人公の活動分野が限定されるから、主人公やその関係者の技倆、事の成否が読者にわかりやすい。フランシス作品は、ストーリーも登場人物たちの行動・動機・性格も概して明快である。ここから、しばしばアフォリズムめいた所見が挿入される(たとえば『騎乗』)。アフォリズムは、流動性のひくい社会において有効である。

【参考】
●受賞歴
 1970年 アメリカ探偵作家クラブ賞(MWA賞)エドガー賞長編賞 『罰金』
 1979年 英国推理作家協会賞(CWA賞)ゴールデンダガー賞 『利腕』
 1981年 MWA賞エドガー賞長編賞 『利腕』
 1989年 CWA賞ダイヤモンドダガー賞
 1996年 MWAエドガー賞長編賞 『敵手』 
 1996年 MWA巨匠賞 

●小説(原著出版年順、括弧内は訳書刊行年)
 1962年(1968年) 『本命』 Dead Cert
 1964年(1968年) 『度胸』 Nerve
 1965年(1976年) 『興奮』 For Kicks
 1965年(1967年) 『大穴』 Odds Against
 1966年(1976年) 『飛越』 Flying Finish
 1967年(1969年) 『血統』 Blood Sport
 1968年(1977年) 『罰金』 Forfeit
 1969年(1970年) 『査問』 Enquiry
 1970年(1971年) 『混戦』 Rat Race
 1971年(1978年) 『骨折』 Bonecrack
 1972年(1973年) 『煙幕』 Smokescreen
 1972年(1974年) 『暴走』 Slayride
 1974年(1975年) 『転倒』 Knockdown
 1975年(1976年) 『重賞』 High Stakes
 1976年(1982年) 『追込』 In the Frame
 1977年(1982年) 『障害』 Risk
 1978年(1984年) 『試走』 Trial Run
 1979年(1985年) 『利腕』 Whip Hand
 1980年(1986年) 『反射』 Reflex
 1981年(1982年) 『配当』 Twice Shy
 1982年(1988年) 『名門』 Banker
 1982年(1989年) 『奪回』 The Danger
 1984年(1985年) 『証拠』 Proof
 1985年(1991年) 『侵入』 Break In
 1986年(1992年) 『連闘』 Bolt
 1987年(1992年) 『黄金』 Hot Money
 1988年(1989年) 『横断』 The Edge
 1989年(1990年) 『直線』 Straight
 1990年(1996年) 『標的』 Longshot
 1991年(1992年) 『帰還』 Comeback
 1992年(1998年) 『密輸』 Driving Force
 1992年(1994年) 『決着』 Decider
 1994年(1995年) 『告解』 Wild Horses
 1995年(1996年) 『敵手』 Come to Grief
 1996年(1997年) 『不屈』 To the Hilt
 1997年(2002年) 『騎乗』 10 LB. Penalty
 1998年(1999年) 『出走』 Field of Thirteen
 1999年(2000年) 『烈風』 Second Wind
 2000年(2001年) 『勝利』 Shattered
 2006年(2006年) 『再起』 Under Orders
 2007年(2007年) 『祝宴』 Dead Heat
 2008年(2008年) 『審判』 Silks
 2009年(2010年) 『拮抗』 Even Money
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書評:『ダルタニャンの生涯 -史実の『三銃士』-』

2010年02月16日 | ノンフィクション
 世界でもっとも有名なフランス人、といわれるのがダルタニャン。すくなくとも、日本ではフランスの現大統領よりも知名度が高い。
 本書は、史実に即して、『三銃士』の主人公のモデルの生涯を再現する。

 シャルル・ドゥ・バツ・カステルモールは、1615年頃ガスコーニュに生まれたらしい。デュマ描くところの名門貴族ではなく、新興貴族の出自だった。
 ガスコーニュは、ラテン語の「ヴァスコニア(バスク人の国)」に由来し、フランス人とは異なる伝統、文化、慣習をもつ。その住民、ガスコンも、独特の気性、狡猾なほど世間智があって、しかも血の気が多いことで知られる。地味が豊かでない土地柄ゆえに軍人を志す者が多く、じじつ勇名を馳せた武人が輩出した。
 われらがシャルルも、野望を胸に1630年頃パリへ上った。
 王都には、ガスコンの共同体が形成されていたから、貧乏な新興貴族では印象が薄い。そこで、母方の姓ダルタニャンを名乗った、と著者は推定する。ダルタニャン家は名門貴族で、ガスコーニュ有数の名族モンテスキュー家の分家である。
 15歳のシャルルは、後年磨きをかけた世間智を、さっそく発揮したわけだ。

 以下、シャルルの生涯を追って、読者をして血湧き肉踊らしめる。
 小説家の手にかかれば、歴史も小説的に脚色されるのだ。

 実在の人物も、世界一高名な小説の主人公のモデルとなるにふさわしい器量だった。
 当初は枢機卿マゼランに、彼亡きあとはルイ14世に忠実に仕えた。そして、出世のために、抜け目なくマゼランの権勢や絶対君主の信頼を活用する。
 実際、軍人としても実務家としても有能だったらしい。任務において豪胆、人情の機微を解して細心、たとえば麾下の銃士隊の人心掌握のためにきめ細かな手をうった。王命により逮捕した財務長官フーケに対しても配慮を忘れず、ためにフーケ支持者からも憎まれなかった。
 もっとも、細君の心をつかむには失敗した。富豪の名門出身の夫人アンヌは、かくも精力的に仕事に打ちこんで家庭を顧みない夫を捨てて、結婚2年後に自分の領地へ引きこもってしまった。現代日本の仕事人間は、おお同志よ、とつぶやくかもしれない。

 当時さかんに行われた官職売買や二つの銃士隊の確執、シャルルの二人の息子やその子孫の追跡も読者の関心をひくだろう。
 東に『大菩薩峠』あり、西に『ダルタニャン物語』あり。今日、結末のあってなきがごとき『大菩薩峠』を全編を読みとおす人は数すくないが、主人公の壮烈な戦死まで『ダルタニャン物語』につきあうファンは多い。
 ファンならば、本書をおおいに楽しむはずだ。

□佐藤賢一『ダルタニャンの生涯 -史実の『三銃士』-』(岩波新書、2002)
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