語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

書評:『銀行50億強奪犯の掘った奪った逃げた』

2010年02月13日 | ノンフィクション
 1976年7月19日(月)早朝、南仏の避暑地ニースは騒然となった。ソシエテ・ジェネラル銀行の金庫室が賊に侵入され、現金、宝石貴金属、有価証券など、当時の邦貨にして約50億円が強奪されたからである。
 賊の主犯、アルベール・スパジアリの手記が本書である。
 銀行強盗という事業を企画してから完遂するまでの7週間が記されている。緻密な計画の立案、友人や盗みのプロの組織化、警備状況や警報装置の内偵、下水道の下検分、機材収集といった準備作業から、トンネルの掘削、侵入まで。ことに金庫室への侵入に至る2日間は時間きざみで克明に綴られ、臨場感に富む。犯罪は、用意周到でなければ実行できないのだ。

 スパジアリは、金庫室を立ち去るにあたって、「憎しみもなく、暴力もなく、武器もなく」と壁に大書した。
 洒落た泥棒である。
 手記全体がこの調子で、興奮剤による躁状態で書きまくったみたな高揚感がみなぎっている。
 実際、警察に逮捕され、証拠不十分で釈放される寸前(と見せかけられて)、詭計にかかってベンゼドリン入りのコーヒーを飲まされ、所業をべらべらと喋ってしまった。

 しかし、そこは現代のアルセーヌ・ルパンのこと、たちまち(といっても拘置されてから4か月後に)逃亡する。
 厳重な非常線をかいくぐって国外へ脱出する過程は、ごくかいつまんでしか書かれていないが、その理由は察するに難くない。

 本書の原稿は、司直の手の及ばない国からスイスの代理人経由でフランスの出版社に届けられた。
 擱筆の言葉も洒落ている。「1977年末、脱稿[月の裏側にて]」。

 脱走当時44歳のスパジアリは、国家権力と金権社会へ挑戦する冒険家と自分を定義している。
 かく宣言する心底には、生育歴に起因する反抗精神があったらしい。イタリア系移民の子孫という出自からくる肩身の狭さ、ナチス・ドイツの占領下に過ごした少年時代の苦難、インドシナ戦争やアルジェリア戦争に従軍中の辛酸・・・・要するに、体制に幻滅していたのである。
 南仏は、歴史的に北仏から政治的、経済的圧迫を受け、抵抗精神も激しい土地柄である。スパジアリ一味が奪った大金の所有者は、大部分が北仏の人だった。地元の市民が喝采を送ったのもむべなるかな。
 泥棒は悪党だが、悪党にも憎むべき悪党と憎めない悪党があるのだ。

 本書は、開高健が絶賛したノンフィクションの怪作だ。
 当人自身が入獄、脱獄の経験をもつジョゼ・ジョヴァンニ主演で映画化された(1979年)。これも、まずまずの佳作である。

□アルベール・スパジアリ(榊原晃三訳)『銀行50億強奪犯の掘った奪った逃げた』(新潮社、1978)
     ↓クリック、プリーズ。↓
にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ  人気ブログランキングへ  blogram投票ボタン
コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする