『彼、けものと鳥ども、魚と語りき』(本書の原題)は、全12章にわたって、ズキンオマキザルからクジャクまで、各種の動物の行動を、ほのかなユーモアをもって語る。
名高い「刷り込み」、ローレンツが発見した動物の初期学習に一章があてられている。
「刷り込み」とは、生まれたばかりで目にしたものを実の親と思いこむ行動のことである。本書の場合、ハイイロガンの子マルティナの「刷り込み」がローレンツに対して生じた。
マルティナのローレンツへの、人なつっこいとしかいいようのないローレンツへの愛着ぶりは、ローレンツ自ら言うように、感動的である。そして、ローレンツも、「親」の任務をはたすべく涙ぐましい努力を重ねるのだ。マルティナとちがって飛べはしないのに。
動物の行動の解釈において、擬人化は避けなければならない。いかに、人間の行動によく似ていようとも。むしろ、人間の行動には動物的なものが残っているのである。「いわゆるあまりに人間的なものは、ほとんどつねに、前人間的なものであり、したがってわれわれにも高等動物にも共通に存在するものだ」
たとえば、コクマルガラスはメンバーの間で社会的順位がひとたび確立すると、「おそろしく保守的に維持されていく」。
例外は婚約(通常1年間は続く)、婚姻(出産は2年目)によるもので、順位の低いメスが高位のオスと婚約/婚姻するとオスと同じ順位に昇進する。
通常、高位のコクマルガラスは自分に接近した順位(ことに次順位)の同胞に厳しく、順位がぐんと低位の同胞にはきわめて「高貴」ないし「無神経」な寛容を示す。
いや、むしろ保護的に接する。しかるに、婚約者/妻は、こうした寛容を欠き、以前の上位者に対して威圧的に、さらには荒っぽく行動するのである。
人間にもこうした俗物的行動が見られる。人間に残る動物的側面である。
動物の飼育を志す人のために、アクアリウムの育て方やペットの選び方にも紙数が割かれていて実用的だが、本書のねらいは、動物をあるがままに、その目をみはるばかりの行動の科学的観察へいざなう点にある。
ローレンツは、本書のまえがきで数多くの動物文学に対して怒りをぶつけている。悪質な虚偽、「動物のことを語ると称しながら動物のことをなにひとつ知らぬ著者たち」に。アーネスト・シートンも槍玉にあがっている。
ローレンツによれば、フィクションの様式化は実際に動物を知っている人だけに許されるのだ。「彼が正確に書くことができないので、それをごまかす手段として様式化を使うなら、彼に三度の禍あれといいたい」
贅言ながら、オーストリアはウィーン生まれのローレンツは、マックス・プランク研究所のアルテンベルク行動研究所長を長らくつとめた。1973年度ノーベル医学・生理学賞を、同じ動物行動学者のカール・フォン・フリッシュ、ニコラス・ティンバーゲンとともに受賞している。
訳者の日高敏隆は、日本動物行動学会を設立した碩学である。2009年11月14日没。享年79。
□コンラート・ローレンツ(日高敏隆訳)『ソロモンの指環 動物行動学入門』(早川書房、1973/後にハヤカワ文庫、1998)
名高い「刷り込み」、ローレンツが発見した動物の初期学習に一章があてられている。
「刷り込み」とは、生まれたばかりで目にしたものを実の親と思いこむ行動のことである。本書の場合、ハイイロガンの子マルティナの「刷り込み」がローレンツに対して生じた。
マルティナのローレンツへの、人なつっこいとしかいいようのないローレンツへの愛着ぶりは、ローレンツ自ら言うように、感動的である。そして、ローレンツも、「親」の任務をはたすべく涙ぐましい努力を重ねるのだ。マルティナとちがって飛べはしないのに。
動物の行動の解釈において、擬人化は避けなければならない。いかに、人間の行動によく似ていようとも。むしろ、人間の行動には動物的なものが残っているのである。「いわゆるあまりに人間的なものは、ほとんどつねに、前人間的なものであり、したがってわれわれにも高等動物にも共通に存在するものだ」
たとえば、コクマルガラスはメンバーの間で社会的順位がひとたび確立すると、「おそろしく保守的に維持されていく」。
例外は婚約(通常1年間は続く)、婚姻(出産は2年目)によるもので、順位の低いメスが高位のオスと婚約/婚姻するとオスと同じ順位に昇進する。
通常、高位のコクマルガラスは自分に接近した順位(ことに次順位)の同胞に厳しく、順位がぐんと低位の同胞にはきわめて「高貴」ないし「無神経」な寛容を示す。
いや、むしろ保護的に接する。しかるに、婚約者/妻は、こうした寛容を欠き、以前の上位者に対して威圧的に、さらには荒っぽく行動するのである。
人間にもこうした俗物的行動が見られる。人間に残る動物的側面である。
動物の飼育を志す人のために、アクアリウムの育て方やペットの選び方にも紙数が割かれていて実用的だが、本書のねらいは、動物をあるがままに、その目をみはるばかりの行動の科学的観察へいざなう点にある。
ローレンツは、本書のまえがきで数多くの動物文学に対して怒りをぶつけている。悪質な虚偽、「動物のことを語ると称しながら動物のことをなにひとつ知らぬ著者たち」に。アーネスト・シートンも槍玉にあがっている。
ローレンツによれば、フィクションの様式化は実際に動物を知っている人だけに許されるのだ。「彼が正確に書くことができないので、それをごまかす手段として様式化を使うなら、彼に三度の禍あれといいたい」
贅言ながら、オーストリアはウィーン生まれのローレンツは、マックス・プランク研究所のアルテンベルク行動研究所長を長らくつとめた。1973年度ノーベル医学・生理学賞を、同じ動物行動学者のカール・フォン・フリッシュ、ニコラス・ティンバーゲンとともに受賞している。
訳者の日高敏隆は、日本動物行動学会を設立した碩学である。2009年11月14日没。享年79。
□コンラート・ローレンツ(日高敏隆訳)『ソロモンの指環 動物行動学入門』(早川書房、1973/後にハヤカワ文庫、1998)