原子力安全・保安院は、2月8日の第8回ストレステスト意見聴取会で、関西電力大飯原発3、4号機のストレス報告書の審議を打ち切り、同月13日、この報告書を“妥当”とした「審査書」を原子力安全委員会に提出した。
今後、(a)安全委員会による確認、(b)首相と関係閣僚の政治判断、(c)地元自治体の判断によって、再稼働の可否が決まる。
(1)原子力安全・保安院の問答無用
昨年11月の意見聴取会発足以来、井野博満・東京大学名誉教授は委員の一人としてストレステストに疑問を呈する多くの質問書を提出してきた。しかし、それらのほとんどにまともな答がないまま審査書が作成された。
特に第8回意見聴取会では、井野委員や後藤政志委員の質問に対する議論がまったく不十分なまま、審議が終了した。井野委員は、継続審議の確認を求めたが、市村知也・原子力安全技術基盤課長は答えず、その日の意見を受けて保安院が審査書を見直す旨を述べた。審議打ち切りを明言することなく、審議が打ち切られたのだ。
そのうえ、審査書は次回の意見聴取会に提示されることなく、安全委員会へ送付された。
市村課長は、井野委員に意見聴取会への参加を求めたとき、「議論を尽くす。期限を切ることはない」と述べた。背信行為だ。
(2)審査書の問題点
飯原発3、4号機のストレステストの最大の問題は、“妥当”とした根拠がいい加減であることだ。
次のような文言がある。「福島第一原子力発電所を襲ったような地震・津波が来襲しても、同原子力発電所事故のような状況にならないことを技術的に確認する」
しかし、大飯原発の津波の想定は11.4mだ。福島原発事故での津波(遡上高)14mより低い。これでは水浸しになってしまう。
また、想定される地震動も原発ごとに異なるので比較できない。
このような不明確な判断基準で“妥当”かどうかを判定するのは難しいはずだ。
保安院は、第1回意見聴取会(昨年11月14日)に「審査の視点(案)」を示したが、審査基準・判断基準は書かれていなかった。井野委員の質問に対し、「どういう尺度で見てゆくかについては、議論を通じて、改めて我々で整理して、どこかの形で示したい」と答えたのみだった。
審査書でいきなり「福島第一原子力発電所を襲ったような地震・津波が・・・・」という見解が示されたが、これは基準と言える代物ではない。なぜなら、この後で次のように記されているからだ。「大飯発電所3号機及び4号機については、基準地振動の1.8倍の地震と、当初の設計津波高さ1.9mを9.5m超過する津波が来襲した場合でも、以下のとおり、炉心やSFP(燃料プール)の冷却を継続し、燃料の損傷を防止するための対策が講じられていることを確認した」
この文言は、事業者のストレステストの後追いだ。何ら独自の基準に基づいていない。
(3)ストレステストの位置づけに係る日欧の相違
EUのストレステストは、地震や緊急の事故に直面した場合にどの程度の頑健性(ロバストネス)を持つかを調べ、原発の弱点を調べ、改善することを目的としている。EUストレステストは、原発の安全基準とは別で、運転の可否の判定に使われていない。
他方、昨年7月、菅直人首相(当時)が日本に導入するに当たっては「安全性に関する総合評価」とされ、その“一次評価”が定期点検で停止されている原発の運転再開の判断に使われることになった。
(4)大飯原発ストレステストの問題点
(a)関西電力のストレステスト報告書には、大飯原発は基準値振動700ガルの1.8倍まで耐えられるとしている。
しかし、700ガル以上の地震が来ない保証はない。地震の最大の大きさを現在の地震学では示すことができない。仮に設定された地震動の倍の地震に襲われれば、1.8倍の余裕はすっとんでしまう。
大飯原発の700ガルという値は、大飯原発の海側にあるFo-AとFo-Bという2本の活断層が連動した場合を想定して決められている。しかし、大飯原発の陸側には熊川断層という活断層がFo-AとFo-Bの延長線上にあり、その傾斜も類似しているとされる。熊川断層がFo-AとFo-Bに連動すれば、地震規模が倍になってもおかしくない。大飯原発のストレステストは、この点をまったく考慮していない。
(b)支持構造物と制御棒関連設備が評価対象から除外されている。支持構造物は壊れたとしても炉心溶融に至るプロセスとは直接関係ないので除外した、とある。
しかし、配管サポートや機器の起訴ボルトが壊れた時に、それらによってサポートされていた機器の機能は本当に大丈夫なのか。幾つかの機器の基礎ボルトは1.3~1.4倍で壊れるのに、「余裕をはき出して」評価すればもっと大きい地震でも壊れないとしている。さらには 「支持構造物は全体の数が非常に多く、安全機能を失うまでの耐震裕度を個別に定量的に算定することが困難である」といった勝手な理屈で評価をしていない。
手抜きと言わざるをえない。
以上、井野博満(東京大学名誉教授/ストレステスト意見聴取会委員)「ストレステストを再稼働と結び付けてはならない」(「朝日ジャーナル」2012年3月20日臨時増刊号)に拠る。
*
「意見聴取会」という名には抵抗がある。意見を聴取されるのは専門家ばかりで、事故が起きた場合に被害を受ける立場の住民が参加していないからだ。
1月に関西電力大飯原発3、4号機のストレステストの審査結果が聴取会に示されたが、保安院は傍聴人を締め出した。なぜ、そんなことをするのか。
しかも、審査対象となる大飯原発の原子炉を製造したメーカーである当の三菱重工(MHI)や関連企業から、委員11人のうち3人までもが献金を受け取っていた。委員としての資格が問われる。
さらに、ストレステストの審査にあたったのは原子力安全・保安院だが、実際の作業は原子力安全基盤機構(JNES)に委託している。JNESにはMHI出身者がいる。他方、関西電力はストレステストの作業をMHIに依頼している。これで公正・中立な審査が可能なのか。
総務省「政策評価・独立行政法人評価委員会」も、昨年12月9日、中立性・公正性に疑問を呈している。
あれほどの大事故がありながら、事故を生んだ構造そのものは何ら変わっていない。
以上、井野博満「いまだ懲りない「原発ムラ」を憂う」(「週刊金曜日」2012年3月9日号)に拠る。
↓クリック、プリーズ。↓
今後、(a)安全委員会による確認、(b)首相と関係閣僚の政治判断、(c)地元自治体の判断によって、再稼働の可否が決まる。
(1)原子力安全・保安院の問答無用
昨年11月の意見聴取会発足以来、井野博満・東京大学名誉教授は委員の一人としてストレステストに疑問を呈する多くの質問書を提出してきた。しかし、それらのほとんどにまともな答がないまま審査書が作成された。
特に第8回意見聴取会では、井野委員や後藤政志委員の質問に対する議論がまったく不十分なまま、審議が終了した。井野委員は、継続審議の確認を求めたが、市村知也・原子力安全技術基盤課長は答えず、その日の意見を受けて保安院が審査書を見直す旨を述べた。審議打ち切りを明言することなく、審議が打ち切られたのだ。
そのうえ、審査書は次回の意見聴取会に提示されることなく、安全委員会へ送付された。
市村課長は、井野委員に意見聴取会への参加を求めたとき、「議論を尽くす。期限を切ることはない」と述べた。背信行為だ。
(2)審査書の問題点
飯原発3、4号機のストレステストの最大の問題は、“妥当”とした根拠がいい加減であることだ。
次のような文言がある。「福島第一原子力発電所を襲ったような地震・津波が来襲しても、同原子力発電所事故のような状況にならないことを技術的に確認する」
しかし、大飯原発の津波の想定は11.4mだ。福島原発事故での津波(遡上高)14mより低い。これでは水浸しになってしまう。
また、想定される地震動も原発ごとに異なるので比較できない。
このような不明確な判断基準で“妥当”かどうかを判定するのは難しいはずだ。
保安院は、第1回意見聴取会(昨年11月14日)に「審査の視点(案)」を示したが、審査基準・判断基準は書かれていなかった。井野委員の質問に対し、「どういう尺度で見てゆくかについては、議論を通じて、改めて我々で整理して、どこかの形で示したい」と答えたのみだった。
審査書でいきなり「福島第一原子力発電所を襲ったような地震・津波が・・・・」という見解が示されたが、これは基準と言える代物ではない。なぜなら、この後で次のように記されているからだ。「大飯発電所3号機及び4号機については、基準地振動の1.8倍の地震と、当初の設計津波高さ1.9mを9.5m超過する津波が来襲した場合でも、以下のとおり、炉心やSFP(燃料プール)の冷却を継続し、燃料の損傷を防止するための対策が講じられていることを確認した」
この文言は、事業者のストレステストの後追いだ。何ら独自の基準に基づいていない。
(3)ストレステストの位置づけに係る日欧の相違
EUのストレステストは、地震や緊急の事故に直面した場合にどの程度の頑健性(ロバストネス)を持つかを調べ、原発の弱点を調べ、改善することを目的としている。EUストレステストは、原発の安全基準とは別で、運転の可否の判定に使われていない。
他方、昨年7月、菅直人首相(当時)が日本に導入するに当たっては「安全性に関する総合評価」とされ、その“一次評価”が定期点検で停止されている原発の運転再開の判断に使われることになった。
(4)大飯原発ストレステストの問題点
(a)関西電力のストレステスト報告書には、大飯原発は基準値振動700ガルの1.8倍まで耐えられるとしている。
しかし、700ガル以上の地震が来ない保証はない。地震の最大の大きさを現在の地震学では示すことができない。仮に設定された地震動の倍の地震に襲われれば、1.8倍の余裕はすっとんでしまう。
大飯原発の700ガルという値は、大飯原発の海側にあるFo-AとFo-Bという2本の活断層が連動した場合を想定して決められている。しかし、大飯原発の陸側には熊川断層という活断層がFo-AとFo-Bの延長線上にあり、その傾斜も類似しているとされる。熊川断層がFo-AとFo-Bに連動すれば、地震規模が倍になってもおかしくない。大飯原発のストレステストは、この点をまったく考慮していない。
(b)支持構造物と制御棒関連設備が評価対象から除外されている。支持構造物は壊れたとしても炉心溶融に至るプロセスとは直接関係ないので除外した、とある。
しかし、配管サポートや機器の起訴ボルトが壊れた時に、それらによってサポートされていた機器の機能は本当に大丈夫なのか。幾つかの機器の基礎ボルトは1.3~1.4倍で壊れるのに、「余裕をはき出して」評価すればもっと大きい地震でも壊れないとしている。さらには 「支持構造物は全体の数が非常に多く、安全機能を失うまでの耐震裕度を個別に定量的に算定することが困難である」といった勝手な理屈で評価をしていない。
手抜きと言わざるをえない。
以上、井野博満(東京大学名誉教授/ストレステスト意見聴取会委員)「ストレステストを再稼働と結び付けてはならない」(「朝日ジャーナル」2012年3月20日臨時増刊号)に拠る。
*
「意見聴取会」という名には抵抗がある。意見を聴取されるのは専門家ばかりで、事故が起きた場合に被害を受ける立場の住民が参加していないからだ。
1月に関西電力大飯原発3、4号機のストレステストの審査結果が聴取会に示されたが、保安院は傍聴人を締め出した。なぜ、そんなことをするのか。
しかも、審査対象となる大飯原発の原子炉を製造したメーカーである当の三菱重工(MHI)や関連企業から、委員11人のうち3人までもが献金を受け取っていた。委員としての資格が問われる。
さらに、ストレステストの審査にあたったのは原子力安全・保安院だが、実際の作業は原子力安全基盤機構(JNES)に委託している。JNESにはMHI出身者がいる。他方、関西電力はストレステストの作業をMHIに依頼している。これで公正・中立な審査が可能なのか。
総務省「政策評価・独立行政法人評価委員会」も、昨年12月9日、中立性・公正性に疑問を呈している。
あれほどの大事故がありながら、事故を生んだ構造そのものは何ら変わっていない。
以上、井野博満「いまだ懲りない「原発ムラ」を憂う」(「週刊金曜日」2012年3月9日号)に拠る。
↓クリック、プリーズ。↓