優れた報道を顕彰し、支援する市民団体「メディア・アンビシャス」(代表世話人=山口二郎・北大教授)が選ぶ今年度の受賞作が決まり、2月7日夜、札幌市で表彰式が行われた。
・活字部門の大賞・・・・大間原発(青森県大間町)を取り上げた北海道新聞の連載「岐路 大間はいま」
・メディア賞・・・・朝日新聞で連載中の「プロメテウスの罠」
・アンビシャス賞・・・・同じく朝日新聞の「ウィキリークスにかかわる一連の報道」
が選ばれた【注1】。
連載記事を神保太郎は次のように評する【注2】。
<メディアの世界でも異変が起きている。(中略)また、朝日新聞は事故の収束のめどが立っていないなか、シリーズ「プロメテウスの罠」で、関係者の生々しい証言をほぼ同時進行で伝え始めた。この種の記事は、事故発生から何年かへて書かれるのが通例である。同じ朝日(夕刊)の連載「原発とメディア」では、原発報道の在り方を検証するために、先輩記者をも俎上に載せている。身内の批判をもっともしたがらないマスコミとしては、シリーズ「戦争と新聞」(2007年4月~08年3月)にも連なる試みだ。今度の原発事故は、取材する側にもされる側にも、放射能との“長い戦争”になるという予感を抱かせているのであろう。>
「プロメテウスの罠」は、現在第9シリーズが進行中だ。
第1シリーズから第6シリーズまでを収録したのが『プロメテウスの罠 ~明かされなかった福島原発事故の真実~』だ。依光隆明・朝日新聞特別報道部長は、「おわりに」で次のように書く。この連載ではいくつかの試みを行った、と。
(1)連続テレビ方式・・・・日本の新聞は日々読者の手元に届く。少しずつ毎日読んでもらおう。次を読みたくなる書き方を工夫しよう。
(2)事実にこだわろう。徹底的に事実を書き、主観は省こう。
(3)分かりやすく書こう。凝った表現は要らない。官僚的な言いまわしなんてとんでもない。
(4)目線を下に置こう。為政者の目から見た動きではなく、ふつうの国民の視点で書こう。
(5)官の理屈に染まらない。官僚たちは匿名性に守られている。霞が関ではそれが常識かもしれないが、そんな常識は取り去ろう。「○○省が言った」「○○筋が言った」という表現はやめ、○○省の○○が○○と言った、と書こう。
「第6章 官邸の5日間」から、実例を引く。
----------------(引用開始)----------------
結局、【3月11日】午後9時23分、風向きとか地形などは考慮されず、原発から半径3キロの避難と3~10キロ圏内の屋内退避が指示された。まずはベント実施を見越した予防的避難だった。
そのころ首相の菅直人は、電源車という特殊な車の手配状況に気をもんでいた。
福島第一原発から半径3キロの住民の避難が発表された11日午後9時23分。この時間になっても電源車を使った復旧の見通しがつかなかった。
原子炉内部は水蒸気で高圧になっている。そこにポンプで水を注入するには、強力な動力がいる。
第一原発所長の吉田昌郎は「電源車があれば冷却機能は復活します」と東京電力を通じて官邸に伝えていた。高圧ポンプを動かすため電源車が必要だった。
官房副長官の福山哲郎と首相補佐官の寺田学は、電源車を運ぶため、高速道路を先導する警察車両の手配などに追われていた。
福山は地下の中2階の小部屋と5階の総理執務室を行き来して情報を集め、寺田は執務室に詰め切りとなった。電源車の状況は、首相の菅直人にも逐一報告された。
「菅ノート」に電源車の手配状況が刻々と記録されていった。何台か見つかった。
《東京電力20台 高圧》《柏崎 電池手配 取りはずし 1日かかる》《那須 3台》・・・・
約8トンの大型電源車を自衛隊のヘリで空輸することが検討された。
菅は防衛省から出向した秘書官に尋ねた。
「飛ばせるか?」。電源車の仕様を伝えた。「どうだ?」。「重量オーバーで運べません」。米軍にも依頼したが無理だった。
メルトダウンへの危機感が官邸中に広がっていた。
----------------(引用終了)----------------
(2)の「事実にこだわろう」には成功していかのように見える。
だが、一見客観的な「事実」にも解釈が加わっているのだ。
不当な解釈による「事実」の一例は、一般財団法人「日本再建イニシアティブ」(理事長:船橋洋一)が設置した「福島原発事故独立検証委員会」の「報告書」【注3】に見ることができる。
船橋らの「民間」事故調は、菅直人に厳しい。例えば、報告書は菅総理の行動は「国としてどうなのかとぞっとした」と同席者が証言した、とする。『プロメテウスの罠』の先の引用した場面において、必要なバッテリーのサイズや重さまで一国の総理が自ら電話で問うている様子に「国としてどうなのかとぞっとした」と同席者が証言した、と。読者は当然、こんな人物が一国の宰相であってよいのか、と受け取る。
ところが、この同席者すなわち下村健一・内閣審議官は、ツイッターで次のように批判している。
<意味が違って報じられている。><私は、そんな事まで自分でする菅直人に対し「ぞっとした」のではない。そんな事まで一国の総理がやらざるを得ないほど、この事態下に地蔵のように動かない居合わせた技術系トップ達の有様に、「国としてどうなのかとぞっとした」のが真相。総理を取り替えれば済む話、では全く無い。>【注4】
詳細は不明であっても、3・11から「5日間」あるいは10日間、「地蔵のように動かない居合わせた技術系トップ達」の不作為を感じた国民は少なくあるまい。民主党の「政治主導」に責任を転嫁することはできない。前代未聞の大震災、チェルノブイリ級の原発事故にあたり、政治に責任を転嫁して動かなかった官僚たちは、震災ガレキとともに焼却して差し支えない。
「福島原発事故独立検証委員会」は、民間団体の一つにすぎず、政府に対する国民という意味での民間ではない。我々の立場を代弁しているものではない。その『調査・検証報告書』は、親米保守の人たちが中心と思える「私的な報告書」だ。【天木直人・元外交官】【注5】
まことに、「事実」に接近するのは容易ではない。普通の市民にできることは、複数の「事実」を比較照合することくらいだ。
【注1】記事「朝日新聞「プロメテウスの罠」がメディア賞受賞」(朝日新聞2012年2月8日3時14分)に拠る。
【注2】神保太郎は「メディア批評」(「世界」2012年3月号)。
【注3】福島原発事故独立検証委員会『調査・検証報告書』(ディスカヴァー・トゥエンティワン、2012)。
【注4】本誌取材班「露呈する東電のひとりよがり体質」(「週刊金曜日」2012年3月23日号)。
【注5】前掲「週刊金曜日」誌。
□朝日新聞特別報道部『プロメテウスの罠 ~明かされなかった福島原発事故の真実~』(朝日新聞、2012)
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・活字部門の大賞・・・・大間原発(青森県大間町)を取り上げた北海道新聞の連載「岐路 大間はいま」
・メディア賞・・・・朝日新聞で連載中の「プロメテウスの罠」
・アンビシャス賞・・・・同じく朝日新聞の「ウィキリークスにかかわる一連の報道」
が選ばれた【注1】。
連載記事を神保太郎は次のように評する【注2】。
<メディアの世界でも異変が起きている。(中略)また、朝日新聞は事故の収束のめどが立っていないなか、シリーズ「プロメテウスの罠」で、関係者の生々しい証言をほぼ同時進行で伝え始めた。この種の記事は、事故発生から何年かへて書かれるのが通例である。同じ朝日(夕刊)の連載「原発とメディア」では、原発報道の在り方を検証するために、先輩記者をも俎上に載せている。身内の批判をもっともしたがらないマスコミとしては、シリーズ「戦争と新聞」(2007年4月~08年3月)にも連なる試みだ。今度の原発事故は、取材する側にもされる側にも、放射能との“長い戦争”になるという予感を抱かせているのであろう。>
「プロメテウスの罠」は、現在第9シリーズが進行中だ。
第1シリーズから第6シリーズまでを収録したのが『プロメテウスの罠 ~明かされなかった福島原発事故の真実~』だ。依光隆明・朝日新聞特別報道部長は、「おわりに」で次のように書く。この連載ではいくつかの試みを行った、と。
(1)連続テレビ方式・・・・日本の新聞は日々読者の手元に届く。少しずつ毎日読んでもらおう。次を読みたくなる書き方を工夫しよう。
(2)事実にこだわろう。徹底的に事実を書き、主観は省こう。
(3)分かりやすく書こう。凝った表現は要らない。官僚的な言いまわしなんてとんでもない。
(4)目線を下に置こう。為政者の目から見た動きではなく、ふつうの国民の視点で書こう。
(5)官の理屈に染まらない。官僚たちは匿名性に守られている。霞が関ではそれが常識かもしれないが、そんな常識は取り去ろう。「○○省が言った」「○○筋が言った」という表現はやめ、○○省の○○が○○と言った、と書こう。
「第6章 官邸の5日間」から、実例を引く。
----------------(引用開始)----------------
結局、【3月11日】午後9時23分、風向きとか地形などは考慮されず、原発から半径3キロの避難と3~10キロ圏内の屋内退避が指示された。まずはベント実施を見越した予防的避難だった。
そのころ首相の菅直人は、電源車という特殊な車の手配状況に気をもんでいた。
福島第一原発から半径3キロの住民の避難が発表された11日午後9時23分。この時間になっても電源車を使った復旧の見通しがつかなかった。
原子炉内部は水蒸気で高圧になっている。そこにポンプで水を注入するには、強力な動力がいる。
第一原発所長の吉田昌郎は「電源車があれば冷却機能は復活します」と東京電力を通じて官邸に伝えていた。高圧ポンプを動かすため電源車が必要だった。
官房副長官の福山哲郎と首相補佐官の寺田学は、電源車を運ぶため、高速道路を先導する警察車両の手配などに追われていた。
福山は地下の中2階の小部屋と5階の総理執務室を行き来して情報を集め、寺田は執務室に詰め切りとなった。電源車の状況は、首相の菅直人にも逐一報告された。
「菅ノート」に電源車の手配状況が刻々と記録されていった。何台か見つかった。
《東京電力20台 高圧》《柏崎 電池手配 取りはずし 1日かかる》《那須 3台》・・・・
約8トンの大型電源車を自衛隊のヘリで空輸することが検討された。
菅は防衛省から出向した秘書官に尋ねた。
「飛ばせるか?」。電源車の仕様を伝えた。「どうだ?」。「重量オーバーで運べません」。米軍にも依頼したが無理だった。
メルトダウンへの危機感が官邸中に広がっていた。
----------------(引用終了)----------------
(2)の「事実にこだわろう」には成功していかのように見える。
だが、一見客観的な「事実」にも解釈が加わっているのだ。
不当な解釈による「事実」の一例は、一般財団法人「日本再建イニシアティブ」(理事長:船橋洋一)が設置した「福島原発事故独立検証委員会」の「報告書」【注3】に見ることができる。
船橋らの「民間」事故調は、菅直人に厳しい。例えば、報告書は菅総理の行動は「国としてどうなのかとぞっとした」と同席者が証言した、とする。『プロメテウスの罠』の先の引用した場面において、必要なバッテリーのサイズや重さまで一国の総理が自ら電話で問うている様子に「国としてどうなのかとぞっとした」と同席者が証言した、と。読者は当然、こんな人物が一国の宰相であってよいのか、と受け取る。
ところが、この同席者すなわち下村健一・内閣審議官は、ツイッターで次のように批判している。
<意味が違って報じられている。><私は、そんな事まで自分でする菅直人に対し「ぞっとした」のではない。そんな事まで一国の総理がやらざるを得ないほど、この事態下に地蔵のように動かない居合わせた技術系トップ達の有様に、「国としてどうなのかとぞっとした」のが真相。総理を取り替えれば済む話、では全く無い。>【注4】
詳細は不明であっても、3・11から「5日間」あるいは10日間、「地蔵のように動かない居合わせた技術系トップ達」の不作為を感じた国民は少なくあるまい。民主党の「政治主導」に責任を転嫁することはできない。前代未聞の大震災、チェルノブイリ級の原発事故にあたり、政治に責任を転嫁して動かなかった官僚たちは、震災ガレキとともに焼却して差し支えない。
「福島原発事故独立検証委員会」は、民間団体の一つにすぎず、政府に対する国民という意味での民間ではない。我々の立場を代弁しているものではない。その『調査・検証報告書』は、親米保守の人たちが中心と思える「私的な報告書」だ。【天木直人・元外交官】【注5】
まことに、「事実」に接近するのは容易ではない。普通の市民にできることは、複数の「事実」を比較照合することくらいだ。
【注1】記事「朝日新聞「プロメテウスの罠」がメディア賞受賞」(朝日新聞2012年2月8日3時14分)に拠る。
【注2】神保太郎は「メディア批評」(「世界」2012年3月号)。
【注3】福島原発事故独立検証委員会『調査・検証報告書』(ディスカヴァー・トゥエンティワン、2012)。
【注4】本誌取材班「露呈する東電のひとりよがり体質」(「週刊金曜日」2012年3月23日号)。
【注5】前掲「週刊金曜日」誌。
□朝日新聞特別報道部『プロメテウスの罠 ~明かされなかった福島原発事故の真実~』(朝日新聞、2012)
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