語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【震災】原発>250km圏内は避難対象 ~機密文書「近藤メモ」~

2012年03月16日 | 震災・原発事故
 「福島第一原子力発電所の不測事態のシナリオの素描」と題した2011年3月25日付の資料がある。
 近藤駿介・内閣府原子力委員会委員長が原発事故の展開を評価したもので、通称「近藤メモ」と呼ばれる。
 あまりに衝撃的だったため、最近まで秘密にされていた。

 巨大地震とその後の大津波で、福島第一原発では外部電源と非常用電源が全て失われた。運転中だった1~3号機ではメルトダウンや水素爆発が発生し、定期点検中だった4号機では使用済み燃料プールで冷却水が大量に失われて水素爆発が起きた。
 その結果、広島原爆の168倍以上と推計される大量の放射性物質が大気中に放出された。国際原子力事象評価尺度(INES)でレベル7、チェルノブイリ原発事故と並ぶ最悪事故となった。
 しかも四つの原子炉が同時に危機に陥るという前例のない状況のなかで、「近藤メモ」は菅直人首相(当時)など官邸の限られた人間だけに共有された。

 「近藤メモ」は、今読み直しても、かなり正確に事故の進展を予測している。
 特に4号機など複数の原子炉の使用済み燃料プールで燃料破損が生じれば、250km圏内は避難対象地域になり得るという衝撃的なものだった。ゆうに東京をカバーし、3千万~4千万人という、信じがたい規模の避難となる。
 しかも「近藤メモ」は、「(自然<環境>減衰にのみ任せておくならば)数十年を要する」と続けている【注】。

 事故発生後の3月16日、菅首相は「本当に最悪の事態になったら、東日本がつぶれる」と発言した。大問題になったが、それは誇張ではなかった。
 これが原発の本質的かつ現実的なリスクだ。そして、脱原発が必然であることの根拠だ。

 【注】「【震災】原発>「廃炉」という地獄 ~40年後~

 以上、飯田哲也「「脱原発」が可能なこれだけの根拠」(「朝日ジャーナル」2012年3月20日臨時増刊号)のうち「1、脱原発「必然論」の「(1)「近藤メモ」の衝撃」に拠る。

    *

 「民間事故調」となる「福島原発事故独立検証委員会」は、2月28日に報告書を上梓した。このうち、「プロローグ」と「第3章 官邸における原子力災害への対応」が「文藝春秋」4月号に掲載された。
 4号機のプールに爆発した3号機から水が流れ込んだのは、まったくの幸運だったが、同じ運は二度と同じようにはやってこない。【「委員会」プログラム・ディレクター】
 建屋爆発直後の記者会見で、枝野幸男・官房長官(当時)に対して、記者たちは原子炉の破損状態や現状の10km圏内の避難で十分かと問い詰めたが、十分な情報を持たない枝野長官は曖昧な答えに終始した。枝野長官は「あのときの記者会見ほどつらい記者会見はありませんでした」と述懐する。
 3月15日朝、菅直人首相(当時)たちに対して勝俣恒久・東京電力会長および清水正孝・同社長(当時)がシミュレーションを示しながら、これによれば避難は第一原発から半径20kmの中におさまる、などと説明した。菅が、福島第一の原子炉と使用済み燃料プールの多さを指摘しながら「本当に大丈夫なのか」と確認したところ、清水は「そうすると30kmくらいですかね」と発言を変更した。<同席した官邸スタッフの一人は避難区域の容易な発言変更に驚き、とまどったと振り返る。>
 「最悪のケース」の想定づくりは、本来ならば班目春樹・原子力安全委員長の役目だが、班目は1号機の水素爆発の可能性を否定したため、菅の信用を失っていた。
 近藤駿介・原子力委員会委員長が「最悪のシナリオ」を作成することになった。作業は3日間の突貫作業となり、次のような分析が行われた。

 (1)水素爆発の発生に伴って追加放出が発生し、それに続いて他の原子炉からの放出も続くと予想される場合でも、事象のもたらす線量評価結果からは現在の20kmという避難区域の範囲を変える必要はない。
 (2)しかし、続いて4号機プールにおける燃料破壊に続くコアコンクリート相互作用が発生して放射性物質の放出が始まると予想されるので、その外側の区域に屋内退避を求めるのは適切ではない。少なくとも、その発生が本格化する14日後までに、7日間の線量から判断して屋内退避区域とされることになる50kmの範囲では、速やかに避難が行われるべきである。
 (3)その外側の70kmまでの範囲ではとりあえず屋内退避を求めることになるが、110kmまでの範囲においては、ある範囲では土壌汚染レベルが高いため、移転を求めるべき地域が生じる。また、年間線量が自然放射線レベルを大幅に超えることを理由にした移転希望の受け入れは200km圏が対象となる。
 (4)続いて、他の号機のプールにおいても燃料破壊に続いてコアコンクリートの相互作用が発生して大量の放射性物質の放出が始まる。この結果、強制移転を求めるべき地域が170km以遠にも生じる可能性や、年間線量が自然放射線レベルを大幅に超えることを理由にした移転措置の認定範囲は250km以遠にも発生する可能性がある。
 (5)これらの範囲は、時間の経過とともに小さくなるが、自然減衰にのみ任せておくならば、半径170km、250kmという地点が自然放射線レベルに戻るまでには数十年を要する。

 ここで「最悪のシナリオ」とは、4号機のみならず他の号機の使用済み燃料プールの燃料崩壊が起こり、コアコンクリート相互作用を起こした場合のことだ。 
 250km以遠まで汚染されるとなると、首都圏がすっぽり入ってしまう。それは。3,000万人の住民の退避が必要になることを意味している。
 並行連鎖型危機を特徴とする今回の危機の中で、防護が手薄な使用済み核燃料プールは“死角”となっていた。4号機の使用済み燃料プールがもっとも「弱い環」であることを露呈させた。
 <菅首相は退任後「今回の危機では、使用済み燃料プールがもっとも怖かった。最終処分地のないことがその背景にある」と述べている。>
 <「最悪のシナリオ」の内容は、官邸中枢でも閲覧後は回収された。その存在自体が、9月に菅首相が退任し、それに言及するまで秘密に伏された。>
 
 船橋洋一(福島原発事故独立検証委員会)「機密文書 官邸が隠した原発悪魔のシナリオ」(「文藝春秋」2012年4月号)に拠る。
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