語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【消費税】インボイスを欠く消費税は欠陥税

2012年04月03日 | ●野口悠紀雄
(1)近未来小説
 2014(平成26)年4月1日、消費税が5%から8%に増税された。2015(平成27)年には10%になる。
 前年まで1枚50,000円(2枚で100,000円)の原稿料を受け取っていた作家Nは、5月に新聞社から渡された原稿料を見て驚いた。昨年と同じ額なのである。
 N「おいおい、あんたの社では消費税増税は仕方ない、っていう社説や解説記事を書いてんでしょ。ちゃんと増税3%分を払ってよ」
 A社「ダメダメ。税率引き上げに便乗して、あこぎな要求をしたって」
 N「うへぇ。おれに3%分をかぶれって言うの? あんたの社は3,000円丸儲けだな」
 A社「???」

(2)解説
 作家Nは、消費税の納税義務者だ。原稿料収入と仕入れ(経費)から計算される消費税を税務署に納税している。消費税の用語を用いると、Nは「新聞社や出版社に原稿を販売している納税義務者」だ。
 税率が引き上げられると、納税すべき消費税は増える。それに対応する分、新聞社や雑誌社から支払いがなければ、増税分をNが被ることになる。つまり、実質的な原稿料引き下げだ。その場合、A社はNに対して原稿料引き下げについて通知すべきだが、A社は行っていない。
 増税分を支払わない新聞社や雑誌社は、加害者になっている、という意識があるだろうか。たぶん、ない。ましてや一般の取引において、零細業者が消費税分を増額できず、その結果、消費税を負担してしまうケースは多々あるはずだ。
 A社は、Nに消費税分を支払わなくても、経理上は支払っているとして納税額を計算しているはずだ。ところが、実際にはNに支払っていないので、A社は過大な控除を行っていることになる。「益税」を得ることになる。これは脱税行為だ。消費税脱税の罰は、法人税脱税の罰より重い。
 一般的に言って、取引の中間段階における販売者が弱小零細業者であり、購入者が大企業であるとき、こうした事態が発生しやすい。購入者の力が圧倒的に強いため、販売価格引き上げが困難な場合が多いのだ。販売価格が引き上げられないと、販売者が消費税分を負担する。
 他方、購入者は、消費税分を支払ったとして控除を行う。かくして、零細業者から大企業への大規模な所得移転が発生する。
 なお、新聞社が原稿料の消費税分を支払わないのは、原稿執筆者の中に消費税納税義務者(課税業者)がさほど多くない、という事情にもよる。原稿執筆者の多くは免税業者であり、税務署に消費税を支払う義務を負っていない。
 免税業者が消費税分をもらえば、その分だけ自分の所得になる。これは「益税」だ。実際には免税業者はかなり多いので、消費税が増税されれば、益税の利益を得る人がかなりいる。
 <例>駄菓子屋が免税業者の場合、消費税が増税されても、子どもたちから増税分を受け取ることはできない。子どもたちが消費税増税分を支払えば、駄菓子屋の益税になってしまう。

(3)インボイス
 多段階売上税にとって、インボイスは本質的なものだ。これを欠く消費税は欠陥税だ。
 インボイスは、取引段階で販売者から購入者に引き渡される書類だ。インボイスには、消費税額が記載される。購入者は、インボイスがないかぎり、税務署に対して前段階の税額の控除を申告できない。要するに、購入者からすれば、インボイスは「金券」だ。
 多段階売上税において、転嫁を確実にするために不可欠の手段だ。インボイスは「金券」なので、金券をもらいながらその分を支払わないわけにはいかない。したがって、インボイスがあれば、消費税分だけ売上価格を引き上げることが現実の取引で容易になる。インボイスは、弱小業者にとってこそ必要なものだ。
 「間接税は前近代的な税」と評価されていたが、インボイスの発明によって「付加価値税は現代的な税」と評価された。そして、欧州で広く用いられることになった。
 ところが、日本の消費税制度にはインボイスがない。前段階税額控除は、仕入額×消費税率が前段階で納税され、その額が仕入額に上乗せされていると仮定して計算している。これは、(1)や(2)に挙げたような不都合をもたらす。すなわち、
 (a)消費税分だけ売上価格を上げようとすると、便乗ないし「あこぎな要求」と見なされてしまう。
 (b)購入者ことに大企業に益税が発生する。
 (c)免税業者に益税が発生する場合もある。
 (d)軽減税率あるいは非課税が適用できない。最終税率を軽減税率(非課税)にしても、仕入れに含まれている消費税は残るからだ。その分だけ小売価格は上昇する。(2)の駄菓子屋も、販売価格を引き上げられないと、仕入れに含まれる消費税増税分を被ることになる。

 これまで日本の消費税がインボイスなしでやってこられたのは、税率が低かったからだ。10%以上もの税率の消費税をインボイスなしで課税すれば、生活必需品の税率軽減以外にもさまざまな問題が顕在化する。(a)~(d)は、ほんの一例にすぎない。
 ちなみに、消費税増税の際の低所得者対策、「給付付き税額控除」は変則である上に、実行上の問題が多い。低額所得者の実態は、正確に把握できていないからだ。ことに給与所得者以外の定額所得は、ほとんど把握できていない。この制度が導入されれば、徴税と給付金支払いの現場で、相当の混乱発生が予想される。

 以上、野口悠紀雄『消費税増税では財政再建できない』(ダイヤモンド社、2012)のうち第1章5節に拠る。

 【参考】「【読書余滴】野口悠紀雄の、消費税増税による財政再建は可能か
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