(1)賃金減少
賃金その他の労働条件の大幅な引き下げに対して労働者がストライキで闘うのは、世界の常識だ。しかし、日本では、この10年余りほとんどストライキ権を行使してこなかった。
それもあって、ここ10年余りの間に、日本の労働者の賃金は前例を見ないほど低下してきた。1年を通じて勤務した民間給与所得者の平均年収は、1997年(ピーク)から2007年(ボトム)まで61万円減少した【国税庁「民間給与実態調査」】。男性に限れば、77万円減少した。
ここ10年余りの間、名目賃金が低下し続けている国は、先進国では日本だけだ【OECDのデータ】。一人当たりのGDPでは、日本はかつて世界のトップクラスだったが、最近では16位に落ちている。
労働者の収入の減少と日本経済の衰退が短期間にこれほど進んだことはなかった。状態が悪化したのは、低賃金で不安定雇用の非正規労働者だけではない。中流と言われてきた世帯も、1990年代末から今日までの間に、家計収入を100万円前後減少させている。
(2)公務員の賃金
日本社会の貧困化は、その原因を生み出した財界や政府に対する人々の批判や労働組合に対する期待を呼び起こすには至らなかった。むしろ、やり場のない怒りは、人々の政治意識を曇らせ、財政再建が急がれる中で、消費増税をするなら「税金で雇われている公務員の定員を減らせ、賃金を下げろ」という世論をつくりだしてきた。その結末が、今回の国家公務員給与の大幅引き下げだ。すなわち、2011年度分の人事院勧告に基づいて昨年4月に遡及して平均0.23%を減額。今年4月から2年間は、毎年度の人勧分も含め全体で平均7.8%引き下げる【注1】。
少数派の全労連系の組合は人勧無視の臨時特例法案に反対を貫いているものの、最大勢力の連合系の組合は、昨年5月時点で、労働基本権の拡充と引き替えに7.8%引き下げに合意した、と伝えられている。しかし、闘わずして受け入れることは、労働者の生活防衛のための組織である労働組合の自己否定だ。
公務員であっても、労働の対価である賃金は、生活の維持に足りる額でなければならない。公共部門の賃金の大幅な切り下げは、必ず民間部門の賃下げに波及する。とすれば、民間の労働組合が公務員の労働組合と連隊して生活防衛のために闘ってもよいはずだ。
人勧が機能する限り複数年にまたがる給与の官民較差は存在しないが、世間では国家公務員の賃金は民間よりかなり高いと思われている。その理由の一つは、誤った比較の仕方にある。
(a)官民の給与の比較は、職階・勤務地域・学歴・年齢を同じくする者同士で行われなければならないが、公務員は高いという議論は、民間の非正規雇用を含む賃金の実感や数字をもとになされていることが多い。
(b)民間では、賃金の性別・規模別の格差がきわめて大きい点も注意を要する。
(c)民間は、国家公務員に比べて平均勤続年数が短い。勤続年数を含めて同じ物差しで比較すると、退職金を別にすると、国家公務員は民間労働者より高いとは言えない。
(d)大卒について、大企業・男性と比べると、国家公務員の正職員は民間の正社員より明らかに低い。
(3)公務員の賃金の推移
2001年・・・・3,158,000円(25歳、係員、独身)、6,178,000円(40歳、係長、配偶者・子ども2人)
2010年・・・・2,817,000円(同上、▲341,000円)、5,133,000円(同上、▲1,045,000円)【注2】
(4)公務員の数の推移
(a)定員(自衛官25万人を除く)【総務省「国の行政機関の定員の推移」】
2000年度末・・・・84万人
2010年度末・・・・30万人(10年間で54万人減少)
(b)人口千人当たりの公的部門における職員数【注3】
仏86.6人(2008年)
米77.5人(2009年)
英77.2人(2008年)
独54.3人(2008年)
日32.6人(2009年)【注4】
(5)非常勤職員の増加
(a)国家公務員
非常勤職員は、14万人だ(2011年7月1日現在)【総務省「非常勤職員在職状況統計表」】。
同年7月現在、非常勤職員を含む一般職国家公民総数41万人のうち、非常勤職員は34%を占める【「官製ワーキングプア研究会」】。この数字は、民間労働者の非正規比率とほぼ同じ割合だ。
(b)地方公務員
非常勤職員に係る全国的な整備された統計はない。
ちなみに、大阪府の自治体で働く非常勤職員は、単純平均36.4%、非正規比率が4割超の自治体が15市町、5割超の自治体が3市町あった(2010年11月現在)【大阪労連の調査】。
(c)国家公務員&地方公務員
国も地方も、非常勤職員とさえ言えない間接雇用や外部雇用の形態をとった不正規労働者が増えている。国や自治体が直接の雇用主なら最低賃金を下回るような低賃金を押しつけることは憚られても、派遣労働や業務委託を利用する場合は、どんなに酷い労働条件でも責任が問われにくいからだ。
今では、公共サービスの雇用の非正規化が進み、人件費は依然として政府や自治体から出ても、公共部門の職員数と人件費が統計に適正に計上されない事態が拡がっている。
【注1】記事「民自公、国家公務員の給与削減で合意」
【注2】人事院勧告のモデルによる。人勧の引き下げ率に比べて減少幅が大きいのは、ボーナスの支給月数がこの間に年間4.7ヵ月から3.95ヵ月になっているからだ。ここに0.23%の引き下げ(2011年人勧分の遡及実施)と2012年度および2013年度の7.8%引き下げが加わると、国家公務員は2年間でさらに平均100万円に近い減収となる。
【注3】中央政府職員、政府企業職員、地方政府職員、軍人・国防職員の合計数。
【注4】日本の政府職員には、独立行政法人、国立大学法人、大学共同利用機関法人、特殊法人および国有林野事業の職員が含まれる。また、政府系法人と自衛官・防衛省職員以外は、非常勤職員を含む。
以上、森岡孝二(関西大学教授)「国家公務員の給与削減--異常な日本の賃金減少」(「世界」2012年4月号)に拠る。
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賃金その他の労働条件の大幅な引き下げに対して労働者がストライキで闘うのは、世界の常識だ。しかし、日本では、この10年余りほとんどストライキ権を行使してこなかった。
それもあって、ここ10年余りの間に、日本の労働者の賃金は前例を見ないほど低下してきた。1年を通じて勤務した民間給与所得者の平均年収は、1997年(ピーク)から2007年(ボトム)まで61万円減少した【国税庁「民間給与実態調査」】。男性に限れば、77万円減少した。
ここ10年余りの間、名目賃金が低下し続けている国は、先進国では日本だけだ【OECDのデータ】。一人当たりのGDPでは、日本はかつて世界のトップクラスだったが、最近では16位に落ちている。
労働者の収入の減少と日本経済の衰退が短期間にこれほど進んだことはなかった。状態が悪化したのは、低賃金で不安定雇用の非正規労働者だけではない。中流と言われてきた世帯も、1990年代末から今日までの間に、家計収入を100万円前後減少させている。
(2)公務員の賃金
日本社会の貧困化は、その原因を生み出した財界や政府に対する人々の批判や労働組合に対する期待を呼び起こすには至らなかった。むしろ、やり場のない怒りは、人々の政治意識を曇らせ、財政再建が急がれる中で、消費増税をするなら「税金で雇われている公務員の定員を減らせ、賃金を下げろ」という世論をつくりだしてきた。その結末が、今回の国家公務員給与の大幅引き下げだ。すなわち、2011年度分の人事院勧告に基づいて昨年4月に遡及して平均0.23%を減額。今年4月から2年間は、毎年度の人勧分も含め全体で平均7.8%引き下げる【注1】。
少数派の全労連系の組合は人勧無視の臨時特例法案に反対を貫いているものの、最大勢力の連合系の組合は、昨年5月時点で、労働基本権の拡充と引き替えに7.8%引き下げに合意した、と伝えられている。しかし、闘わずして受け入れることは、労働者の生活防衛のための組織である労働組合の自己否定だ。
公務員であっても、労働の対価である賃金は、生活の維持に足りる額でなければならない。公共部門の賃金の大幅な切り下げは、必ず民間部門の賃下げに波及する。とすれば、民間の労働組合が公務員の労働組合と連隊して生活防衛のために闘ってもよいはずだ。
人勧が機能する限り複数年にまたがる給与の官民較差は存在しないが、世間では国家公務員の賃金は民間よりかなり高いと思われている。その理由の一つは、誤った比較の仕方にある。
(a)官民の給与の比較は、職階・勤務地域・学歴・年齢を同じくする者同士で行われなければならないが、公務員は高いという議論は、民間の非正規雇用を含む賃金の実感や数字をもとになされていることが多い。
(b)民間では、賃金の性別・規模別の格差がきわめて大きい点も注意を要する。
(c)民間は、国家公務員に比べて平均勤続年数が短い。勤続年数を含めて同じ物差しで比較すると、退職金を別にすると、国家公務員は民間労働者より高いとは言えない。
(d)大卒について、大企業・男性と比べると、国家公務員の正職員は民間の正社員より明らかに低い。
(3)公務員の賃金の推移
2001年・・・・3,158,000円(25歳、係員、独身)、6,178,000円(40歳、係長、配偶者・子ども2人)
2010年・・・・2,817,000円(同上、▲341,000円)、5,133,000円(同上、▲1,045,000円)【注2】
(4)公務員の数の推移
(a)定員(自衛官25万人を除く)【総務省「国の行政機関の定員の推移」】
2000年度末・・・・84万人
2010年度末・・・・30万人(10年間で54万人減少)
(b)人口千人当たりの公的部門における職員数【注3】
仏86.6人(2008年)
米77.5人(2009年)
英77.2人(2008年)
独54.3人(2008年)
日32.6人(2009年)【注4】
(5)非常勤職員の増加
(a)国家公務員
非常勤職員は、14万人だ(2011年7月1日現在)【総務省「非常勤職員在職状況統計表」】。
同年7月現在、非常勤職員を含む一般職国家公民総数41万人のうち、非常勤職員は34%を占める【「官製ワーキングプア研究会」】。この数字は、民間労働者の非正規比率とほぼ同じ割合だ。
(b)地方公務員
非常勤職員に係る全国的な整備された統計はない。
ちなみに、大阪府の自治体で働く非常勤職員は、単純平均36.4%、非正規比率が4割超の自治体が15市町、5割超の自治体が3市町あった(2010年11月現在)【大阪労連の調査】。
(c)国家公務員&地方公務員
国も地方も、非常勤職員とさえ言えない間接雇用や外部雇用の形態をとった不正規労働者が増えている。国や自治体が直接の雇用主なら最低賃金を下回るような低賃金を押しつけることは憚られても、派遣労働や業務委託を利用する場合は、どんなに酷い労働条件でも責任が問われにくいからだ。
今では、公共サービスの雇用の非正規化が進み、人件費は依然として政府や自治体から出ても、公共部門の職員数と人件費が統計に適正に計上されない事態が拡がっている。
【注1】記事「民自公、国家公務員の給与削減で合意」
【注2】人事院勧告のモデルによる。人勧の引き下げ率に比べて減少幅が大きいのは、ボーナスの支給月数がこの間に年間4.7ヵ月から3.95ヵ月になっているからだ。ここに0.23%の引き下げ(2011年人勧分の遡及実施)と2012年度および2013年度の7.8%引き下げが加わると、国家公務員は2年間でさらに平均100万円に近い減収となる。
【注3】中央政府職員、政府企業職員、地方政府職員、軍人・国防職員の合計数。
【注4】日本の政府職員には、独立行政法人、国立大学法人、大学共同利用機関法人、特殊法人および国有林野事業の職員が含まれる。また、政府系法人と自衛官・防衛省職員以外は、非常勤職員を含む。
以上、森岡孝二(関西大学教授)「国家公務員の給与削減--異常な日本の賃金減少」(「世界」2012年4月号)に拠る。
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