語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【佐藤優】安部首相の靖国参拝問題 ~「知の武装」レベル~

2014年01月18日 | 社会
 (1)昨年末以降、手嶋龍一&佐藤優が以前から日本外交について予測してきた通りのころが、バタバタと立て続けに起きている。ただ、予想より事態の展開が早かった。
 ギリシャ語には時間を表す言葉が2種類ある。①「クロノス」と②「カイロス」だ。①は、普通に流れていく時間のこと。②は、ある決定的な事件が起こり、それ以前とそれ以後では同じものでも異なる意味を持つようになるような「切断」のことだ。
 日本外交にとって、安倍総理が靖国神社に参拝した日(2013年12月26日)は、まさに②になってしまった。靖国参拝の前と後では、日本を取り巻く風景が全く異なってしまった。
 安倍総理の行動が米国の批判を招き、中国が外交的攻勢に出る隙を与えている。しかも、米国の反発は彼らの基本的価値観に根ざしている。「自由や基本的人権といった共通の考え方が分かち合えない日本を同盟国として守るのか」という米国内の厳しい世論にオバマ政権はさらされている。
 日本が置かれた状況は、サウジアラビアに近くなっている。どちらも米国の重要な同盟国なのだが、基本的価値観が共有できない国だと。
 米国には、ナチスドイツとドイツ連邦共和国が別の国家であるのと同じく、日本帝国といまの日本国は別だという前提がある。しかし、いまはこう疑い始めている。安倍総理の掲げる「戦後レジームからの脱却」とは、単なる日本の自立ではなく、われわれと戦ったあの日本の復活を指しているのではないか。どうしてそんな国のために、米国の若者が血を流さなくてはならないのか・・・・。
 毅然とした対中姿勢を貫くには、揺るぎない日米同盟こそがその基盤になる。安倍総理の靖国参拝は、日米同盟を揺るがすものだった。
 靖国問題の核心は、米国の出方だ。彼らは強い違和感を表明している。
 それなのに、自民党防衛族の政治家は、希望的観測に縋って、「米国声明のdisapponted(失望した)という単語は、それほど強い意味ではないから、きっと米国は怒っていない」などと言っている。外交上のシグナルを正確に受け止められなくなっている。
 靖国参拝の当日、在日米大使館が声明を出した直後に、多くのメディアの取材を受けてワシントンの厳しい空気を伝えた。しかし彼らは皆、「米国側には参拝直前に伝えていた。米国の声明は大使館レベルのものだから、米政府の意向ということにはならない」と反論するのだ。どの社も同じ情報源、つまり官邸の統制を受けている。情けない。
 官邸の情報操作だ。ワシントンはその後すぐに、「米国政府は失望している」と国務官レベルで声明を出した。
 各国はふつう、「こんないい加減な分析しかできない奴らが、日本の政治家や知識層にこれほど多いはずがない」と考える。つまり、「日本はわざと的外れなことを言って、ディスインフォーメイション(偽情報)を流そうとしている。悪辣だ」という解釈をされてしまう。単に能力の問題であるにもかかわらず。
 米国は、小泉総理が靖国参拝したときにも、表立った批判はしなかった。どんなに怒っていても、公には批判しないのが「同盟の作法」だ。今回の米国の発言がいかに異例かがわかる。
 フーテンの寅さんではないが、「それを言っちゃおしめえよ」だ。

 (2)外交の世界は政治の世界であって、美学を追究してはいけない。「言いたいことを言った、やりたいことをやった、ああスカッとした!」という外交をやってはいけない。
 国際連盟脱退のときの松岡洋右はその典型だ。
 ヘイトスピーチ問題でわかるとおり、ナショナリズムは常に「より過激なほうがより正しい」ということになっていく。一度開いた蛇口を少しずつ締め、高ぶった感情を鎮めるのが責任ある政治家の仕事であり、有識者の仕事だ。
 日本は十全な防衛力をもって南西諸島を固めなくてはならない。抑止力を維持しなくてはならない。日米同盟を深化させなければならない。これらは当然のことだが、戦争を煽るのとは同じではない。

 (3)マスコミでも、「中韓との百年戦争」といった見出しがあふれているが、日本は本来、中韓のあいだに楔を打ち込むことを戦略の要としなければならない。
 東アジアの国家をどう分けるか、2つのやり方がある。
 (a)政治指導者が国民の選挙によって選ばれているかどうか。普遍的な民主主義の原則。これならば、中韓の間に楔を打てるし、ロシアを含めて、中国以外は日本と同じ陣営になる。
 (b)第二次世界大戦の戦勝国と敗戦国で分ける。すると、中国が狙う反ファシズム同盟になってしまう。
 朴槿恵・韓国大統領の最近の反日発言は、当面はぐっとこらえて、韓国を中国から引き離さねばならない。
 難しいのは、韓国にとって円安が本当に大きな打撃になっていることだ。韓国での反日の激化には、アベノミクスによる円安で経済が落ち込んだことに対する怨みも背景にある。
 われわれは自分の力を過小評価している。実は日本はたいへんに大きな帝国主義国家で、国際的にも重要なプレーヤーなのだが、自分は敗戦国で、うんと弱い国だと思っている。ものすごく危なっかしいことをやっている。
 安倍総理も、視野を広げて等身大の日本を直視すればいい。もっと自信を持つべきだ。
 この点を踏まえて、韓国とは早急に関係を改善すべきだ。
 しかし、いまの状況は真逆だ。中韓はがっちりと一枚岩になり、対日包囲網を敷きつつある。

 (4)中韓の結束が慰安婦問題でさらに強固になると、どうなるか。オバマ大統領が4月に来日する予定だが、キャンセルするかもしれない。あるいは来たとしても、安倍総理が取り組もうとしている集団自衛権について、「ノーサンキュー」と言わないまでも無視するのではないか。
 すると、中国は、「ほら見ろ。米国の抑止力、日米同盟はやはり虚構だった」と考えるかもしれない。
 すべては日米同盟に行き着く。
 深刻なことに、安部政権は、普天間基地移設問題を含めて、うまくいっている、と思っている。実際は力でゴリ押しして、「ああ気持ちよかった」というだけなのだが。 
 「気持ちいい外交」ほど危険なものはない。だからナショナリズムを煽って、国内のヘイトスピーチを野放しにしてはならない。こうしたことを続けていると、諸外国との関係だけでなく、日本という国のありよう、威信や正当性を失ってしまう。

□手嶋龍一×佐藤優「インテリジェンス対談 この問題の考え方で「知の武装」レベルがわかる」(「週刊現代」2014年1月15日・2月1日号)
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 【参考】
【政治】安倍晋三首相の「躁状態」 ~暴走を許す民意~
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