(1)2013年6~7月、大内裕和は学生500人を対象に、アルバイトに係る経験について調査した。
その結果、学生アルバイトが以前より拘束力が強く、ハードな内容になっているだけではなく、質的変化が起こっていることがわかった。
(a)スーパーのレジは、ほとんどバイトかパート。正社員は課長くらい。週4日の契約だが、週5~6日は入れられる。20代のフリーターは、シフトをすごく入れられる。
(b)アパレルでは、正社員はいなくて、全員バイト。低い給料で重労働は当たり前。人手が足りなくて、テスト前に休むことができない。多忙な年始年末はたった3人でシフトを回す。10時から22時までフルタイムで働く。学生アルバイトは辞めることができるが、フリーター枠の人は辞めるのに1年かかる。
(c)契約書を3ヶ月に1回提出するが、それを無視してシフトを組まれる。テスト週間にバイトのシフトを減らしてもらうこともできない。
(2)「ブラック企業」という言葉が若者に浸透したのは、2010年末以降だ。「ブラック企業」という言葉が登場した意味は、若者の雇用・労働問題の捉え直しにある。
1990年代以降、若者の雇用・労働問題の焦点の一つが非正規雇用の拡大だった。非正規雇用の若者は「フリーター」と呼ばれた。自由で気楽な働き方を自ら選び、まじめに働くことなく、容易な労働に従事している若者、というイメージが付与された。
その後、まじめに働こうとしない若者の呼称として「ニート」という言葉が生み出された。「ニート」は、労働せず、通学もしていない35歳未満の者を指す言葉として使用され、働く意欲に欠ける若者という「レッテル」の機能を果たした。
「フリーター」や「ニート」という言葉は、若者の雇用・労働問題の要因を「容易」で「意欲を持たない」若者自身の意識のあり方に見出している。これらの言葉は、新自由主義のイデオロギーたる自己責任論によって生み出され、さらにそれを浸透させた。
これに対して、「ブラック企業」は、企業・雇用者側の労務管理のあり方、働かせ方を批判し、「告発」する言葉だ。「フリーター」や「ニート」という言葉への批判として有効だし、若者の意識のあり方に焦点を当ててきた若年者雇用・労働問題の捉え直しを行った意義は大きい。
(3)今野晴貴は、「ブラック企業」という言葉の登場を「年越し派遣村」問題などによる「貧困」の可視化に対する世間の反応への批判として位置づけている【注1】。
非正規雇用の増加が若年層の職の安定を奪い、貧困をもたらしている・・・・という認識が広がったことは重要だ。新自由主義がもたらす矛盾を多くの人が理解するようになったからだ。
(4)(3)の理解は、他方で、若年層の多くに非正規雇用に就くことの恐怖と、正規雇用に就くことへの過度の執着をもたらした。学生の長期かつ激烈な「就活」はそのあらわれだ。かくて、「就活鬱」や「就活自殺」が多発した。
正規雇用と非正規雇用を区別するまなざしはより強固なものとなり、正規雇用を選び、それに向けて準備を怠らないことが是とされた。非正規雇用に就くことは、本人の「自己責任」の結果とされた。
(5)正規雇用と非正規雇用の分断、正規雇用に就くことへの過度の執着や自己責任論の蔓延という事態に対して、
「ブラック企業」という言葉は新しい問題提起を行っている【注2】。「ブラック企業」の被害の対象は、正社員だからだ。正社員の長時間労働、パワーハラスメントという問題を提起することで、「正社員=安定」/「非正規社員=不安定・貧困」という図式が相対化される。
「ブラック企業」によって、正社員になっても安泰ではない、という事実が広く世の中に知られた。
(6)(1)の調査結果から、「ブラックバイト」という言葉が生まれた。2013年7月にフェイスブック、ブログ、ツイッターでこの言葉が広まり、同年8月には新聞各紙で報道され、世の中に広く知られるようになった。
「ブラックバイト」は、次のように定義される。低賃金であるにも拘わらず、正規雇用労働者並みの義務、ノルマ、重労働を課されるアルバイトのこと。非正規雇用労働の基幹化が進むなかで登場した。残業代の未払いや過酷な長時間労働など、法令違反を伴うことが多い。
かつて非正規雇用(パート/アルバイト)は、正規雇用労働の不足を補うものとして登場した。しかし、正規雇用労働の削減に伴う非正規雇用労働の増加は、正規雇用労働者が担っていた仕事が非正規雇用労働者に移行することを必然的に伴う。徐々に、非正規雇用の「補助」労働から「基幹」労働へ変化を遂げていった。
近年、非正規雇用の「基幹」労働化はさらに進み、学生アルバイトまでその一翼を担うようになった。「バイトリーダー」/「バイト責任者」といった言葉の登場は、学生アルバイトが現場の全体責任を担わされるようになったことを示す。
正規労働者の減少、さらには消滅という事態が広がっている。
(7)「ブラックバイト」の広がりは、学生の生活に深刻な影を落としている。週15コマ(30時間)の講義に出て週30時間アルバイトをすれば、合計週60時間労働となり、過労死ラインに達する。
バイトリーダーの役割を担わされている学生の一人は、講義中にも携帯電話にアルバイト先から頻繁に連絡が入って、絶えることがない。アルバイト現場でのトラブルへの対応を労働時間外にも求められるからだ。この学生は、アルバイト現場に四六時中拘束されている。しかも、労働時間外の対応については無給だ。
学生の多くは、暇とゆとりを失ってしまった。大学は、2013年現在、「ワーキングプアランド」に変質した。
【注1】今野晴貴『ブラック企業 ~日本を食いつぶす妖怪~』(文春新書、2012)
【注2】前掲書
□大内裕和「ブラックバイト・全身就活・貧困ビジネスとしての奨学金」(「現代思想」2013年12月号)
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【参考】
「「【本】ブラック企業の実態」」
「【本】ブラック企業の「辞めさせる技術」 ~違法すれすれ~」
その結果、学生アルバイトが以前より拘束力が強く、ハードな内容になっているだけではなく、質的変化が起こっていることがわかった。
(a)スーパーのレジは、ほとんどバイトかパート。正社員は課長くらい。週4日の契約だが、週5~6日は入れられる。20代のフリーターは、シフトをすごく入れられる。
(b)アパレルでは、正社員はいなくて、全員バイト。低い給料で重労働は当たり前。人手が足りなくて、テスト前に休むことができない。多忙な年始年末はたった3人でシフトを回す。10時から22時までフルタイムで働く。学生アルバイトは辞めることができるが、フリーター枠の人は辞めるのに1年かかる。
(c)契約書を3ヶ月に1回提出するが、それを無視してシフトを組まれる。テスト週間にバイトのシフトを減らしてもらうこともできない。
(2)「ブラック企業」という言葉が若者に浸透したのは、2010年末以降だ。「ブラック企業」という言葉が登場した意味は、若者の雇用・労働問題の捉え直しにある。
1990年代以降、若者の雇用・労働問題の焦点の一つが非正規雇用の拡大だった。非正規雇用の若者は「フリーター」と呼ばれた。自由で気楽な働き方を自ら選び、まじめに働くことなく、容易な労働に従事している若者、というイメージが付与された。
その後、まじめに働こうとしない若者の呼称として「ニート」という言葉が生み出された。「ニート」は、労働せず、通学もしていない35歳未満の者を指す言葉として使用され、働く意欲に欠ける若者という「レッテル」の機能を果たした。
「フリーター」や「ニート」という言葉は、若者の雇用・労働問題の要因を「容易」で「意欲を持たない」若者自身の意識のあり方に見出している。これらの言葉は、新自由主義のイデオロギーたる自己責任論によって生み出され、さらにそれを浸透させた。
これに対して、「ブラック企業」は、企業・雇用者側の労務管理のあり方、働かせ方を批判し、「告発」する言葉だ。「フリーター」や「ニート」という言葉への批判として有効だし、若者の意識のあり方に焦点を当ててきた若年者雇用・労働問題の捉え直しを行った意義は大きい。
(3)今野晴貴は、「ブラック企業」という言葉の登場を「年越し派遣村」問題などによる「貧困」の可視化に対する世間の反応への批判として位置づけている【注1】。
非正規雇用の増加が若年層の職の安定を奪い、貧困をもたらしている・・・・という認識が広がったことは重要だ。新自由主義がもたらす矛盾を多くの人が理解するようになったからだ。
(4)(3)の理解は、他方で、若年層の多くに非正規雇用に就くことの恐怖と、正規雇用に就くことへの過度の執着をもたらした。学生の長期かつ激烈な「就活」はそのあらわれだ。かくて、「就活鬱」や「就活自殺」が多発した。
正規雇用と非正規雇用を区別するまなざしはより強固なものとなり、正規雇用を選び、それに向けて準備を怠らないことが是とされた。非正規雇用に就くことは、本人の「自己責任」の結果とされた。
(5)正規雇用と非正規雇用の分断、正規雇用に就くことへの過度の執着や自己責任論の蔓延という事態に対して、
「ブラック企業」という言葉は新しい問題提起を行っている【注2】。「ブラック企業」の被害の対象は、正社員だからだ。正社員の長時間労働、パワーハラスメントという問題を提起することで、「正社員=安定」/「非正規社員=不安定・貧困」という図式が相対化される。
「ブラック企業」によって、正社員になっても安泰ではない、という事実が広く世の中に知られた。
(6)(1)の調査結果から、「ブラックバイト」という言葉が生まれた。2013年7月にフェイスブック、ブログ、ツイッターでこの言葉が広まり、同年8月には新聞各紙で報道され、世の中に広く知られるようになった。
「ブラックバイト」は、次のように定義される。低賃金であるにも拘わらず、正規雇用労働者並みの義務、ノルマ、重労働を課されるアルバイトのこと。非正規雇用労働の基幹化が進むなかで登場した。残業代の未払いや過酷な長時間労働など、法令違反を伴うことが多い。
かつて非正規雇用(パート/アルバイト)は、正規雇用労働の不足を補うものとして登場した。しかし、正規雇用労働の削減に伴う非正規雇用労働の増加は、正規雇用労働者が担っていた仕事が非正規雇用労働者に移行することを必然的に伴う。徐々に、非正規雇用の「補助」労働から「基幹」労働へ変化を遂げていった。
近年、非正規雇用の「基幹」労働化はさらに進み、学生アルバイトまでその一翼を担うようになった。「バイトリーダー」/「バイト責任者」といった言葉の登場は、学生アルバイトが現場の全体責任を担わされるようになったことを示す。
正規労働者の減少、さらには消滅という事態が広がっている。
(7)「ブラックバイト」の広がりは、学生の生活に深刻な影を落としている。週15コマ(30時間)の講義に出て週30時間アルバイトをすれば、合計週60時間労働となり、過労死ラインに達する。
バイトリーダーの役割を担わされている学生の一人は、講義中にも携帯電話にアルバイト先から頻繁に連絡が入って、絶えることがない。アルバイト現場でのトラブルへの対応を労働時間外にも求められるからだ。この学生は、アルバイト現場に四六時中拘束されている。しかも、労働時間外の対応については無給だ。
学生の多くは、暇とゆとりを失ってしまった。大学は、2013年現在、「ワーキングプアランド」に変質した。
【注1】今野晴貴『ブラック企業 ~日本を食いつぶす妖怪~』(文春新書、2012)
【注2】前掲書
□大内裕和「ブラックバイト・全身就活・貧困ビジネスとしての奨学金」(「現代思想」2013年12月号)
↓クリック、プリーズ。↓
【参考】
「「【本】ブラック企業の実態」」
「【本】ブラック企業の「辞めさせる技術」 ~違法すれすれ~」