(1)森美菜、26歳。
森は、京都の大学を卒業後、2008年4月、「ワタミフードサービス」に入社した。「食と農業」に関心があり、3年頑張ればワタミが経営する農場で働ける、と夢を語っていた。
入社後、10日間の研修で神奈川県の店舗に配属された。そこから過酷な勤務が始まった。連日15時前に出社し、平日は3時半、週末は6時まで働いた。1日12~15時間働き、休憩はわずか30分。仕事後は、始発が出る5時まで店舗に待機した。
「休日」も休む暇はなかった。施設でのボランティア活動、研修会への参加が要求され、研修終了後のレポート提出、さらに渡邊美樹・ワタミ創業者/社長(当時)/現・参議院議員の「理念集」(全240ページ以上)の暗記も義務づけられた。
過酷な業務の結果、森は1ヶ月もしないうちに「疲れた」「眠い」などと周囲に漏らすようになった。
5月15日、黒いシステム手帳にメモを残す。<体が病です。/体が辛いです。/気持ちが沈みます。/早く動けません。/どうか助けからてください。/誰か助けてください>・・・・このころには適応障害を発症していたと推定される。
6月11日、大手酒屋チェーン「和民」で働いていた森は、連続6日勤務後の休日だったが、本社(東京都大田区)で7時から開かれた研修会に参加していた。
翌12日、2時頃、マンションの7階と8階の間にある踊り場から飛び降りて、自死。遺書はなかった。享年26。
(2)2012年2月、森が残した手帳などから、時間外労働が国の定める「過労死ライン」(月80時間)を大幅に超える月141時間あったと認められ、労災が適用された。
2013年12月、両親は、会社が安全注意義務を怠ったため死亡した、と渡邊美樹・参議院議員らに損害賠償1億5千万円を求めて東京地裁に提訴した。
長時間労働をはじめ、ワタミには「ブラック企業」の要素が当てはまる。娘がなぜ死んだのか、ワタミから具体的な説明が何もない。実態を究明して、その責任を明らかにしたい。【父親・森豪】
(3)朝日新聞の紙面に初めて「ブラック企業」の言葉が登場するのは、2009年4月の朝刊。もともと2000年代に入り、IT企業で働く若者を中心にネット上で使われるようになり、2013年には「新語・流行語大賞」トップ・テンに選ばれるなど、すっかりなじみの言葉となった。
連合のシンクタンク「連合総研」が2013年に行った調査では、20代会社員の24%が「自分の勤め先は『ブラック企業』にあたる」と考えている、と答えている。業種別では、「卸売・小売・飲食店・宿泊業」(19.1%)、「金融・保険業・不動産業」(19%)が他業種に比べ若干高く、従業員の規模別では大きな差は見られなかった。
(4)ブラック企業とは、新興産業において、若者を大量に採用し、加重労働・違法労働によって使い潰し、次々と離職に追い込む成長大企業のことだ。【今野晴貴・NPO法人「POSSE」代表】
ブラック企業が蔓延する社会は、若者がいつなんどき生活保護受給者へ「転落」するかもしれない点で「落とし穴社会」だ。【今野代表】
鬱などの疾病の治療費によって国の医療費が圧迫される。働けない若者が増えると税収が減る。人材育成しないから、経済が成長しない。その結果、若者を使い潰すブラック企業だけが生き残ることになりかねない。ブラック企業は、社会全体の問題として捉える必要がある。【今野代表】
(5)入社前にブラック企業を見抜くにはどうすればいいか。
大切なのは、客観的にデータを見ていくことだ。
就職情報サイトは、企業がスポンサーのため、会社が「見せたい」情報しか載っていない。会社説明会では、会社は巧妙に自社のいい面だけを印象づけようとするので、ブラック企業かどうかを見破るのは困難。人材ビジネスの専門家は、自分自身の感性を頼りに会社の良し悪しを決めるようアドバイスしがちだ。
よって、企業データを集めた情報誌や新聞・雑誌のデータベース、有価証券報告書など、客観的な情報を活用するのだ。中でも参考にすべきは、『就職四季報』(東洋経済新報社)。(a)3年後離職率、(b)採用プロセス、(c)初任給、(d)情報開示度・・・・を見るのだ。
(a)ブラック企業かどうかの目安は、30%。業種によって異なるが、30%以上だと要注意。無回答(NA)企業も少なくないが、無回答であることも一つのメッセージになる。3年後離職率が無回答であっても、従業員数と毎年の採用実績数の比率、また平均勤続年数に着目すれば、新入社員の「使い潰し」がある企業かどうか推定可能だ。
①従業員数の割に採用実績数が多すぎる場合は、次々と辞める若手社員を補充するため採用実績数が多めになっている、と推定できる。
②平均勤続年数が短い会社は、入社後数年で辞める人が多いことを意味する。
(b)採用選考のプロセスがあまりに簡素な場合は、要注意。
(c)初任給の高さにも釣られないほうがよい。
(6)不幸にもブラック企業に就職してしまった場合、一人で抱え込まないこと。なるべく早く専門家に相談すること。
その時のために勤務記録を付けておくこと。
親や教員にこそ、ブラック企業の実態を知ってもらいたい。「せっかく入ったんだから頑張れ」などと鼓舞すれば、結果的にブラック企業に加担し、子どもを追い詰めることになる。
□野村昌二(編集部)「ブラック企業を見破る」(「AERA」2014年1月20日号)
↓クリック、プリーズ。↓
【参考】
「【ブラック企業】激変する若年労働者市場 ~労使間の話し合いが不可欠 ~」
「【ブラック企業】調査対象の8割で違法行為 ~厚労省初「ブラック企調査」~」
「【ブラック企業】対策講座 ~騙されないための心得~」
「【ブラック企業】対策講座 ~就活~」
「【社会】ブラック企業大賞2013 ~ワタミフードサービス~」
「【社会】「ブラック企業」への反撃 ~被害対策弁護団が発足~」
「【社会】「ワタミ」の偽装請負 ~渡辺美樹・前会長/参議院議員~」
「【社会】学校もこんなにブラック ~公教育の劣化~」
「【社会】私学に広がる教員派遣と偽装請負」
「【社会】私学に広がる教員派遣と偽装請負・その後 ~裁判~」
「【本】ブラック企業 ~日本を食いつぶす妖怪~」
「【本】ブラック企業の実態」
「【社会】若者を食い潰すブラック企業 ~傾向と対策~」
「【本】ブラック企業の「辞めさせる技術」 ~違法すれすれ~」
「【心理】組織の論理とアイヒマン実験 ~ブラック企業の心理学~」
「【社会】第二回ブラック企業大賞候補 ~7社1法人~」
「【社会】ブラック企業における過労死、ずさんな労務管理 ~ワタミ~」
「【社会】ブラック企業の見抜き方 ~その特徴と実例~」
森は、京都の大学を卒業後、2008年4月、「ワタミフードサービス」に入社した。「食と農業」に関心があり、3年頑張ればワタミが経営する農場で働ける、と夢を語っていた。
入社後、10日間の研修で神奈川県の店舗に配属された。そこから過酷な勤務が始まった。連日15時前に出社し、平日は3時半、週末は6時まで働いた。1日12~15時間働き、休憩はわずか30分。仕事後は、始発が出る5時まで店舗に待機した。
「休日」も休む暇はなかった。施設でのボランティア活動、研修会への参加が要求され、研修終了後のレポート提出、さらに渡邊美樹・ワタミ創業者/社長(当時)/現・参議院議員の「理念集」(全240ページ以上)の暗記も義務づけられた。
過酷な業務の結果、森は1ヶ月もしないうちに「疲れた」「眠い」などと周囲に漏らすようになった。
5月15日、黒いシステム手帳にメモを残す。<体が病です。/体が辛いです。/気持ちが沈みます。/早く動けません。/どうか助けからてください。/誰か助けてください>・・・・このころには適応障害を発症していたと推定される。
6月11日、大手酒屋チェーン「和民」で働いていた森は、連続6日勤務後の休日だったが、本社(東京都大田区)で7時から開かれた研修会に参加していた。
翌12日、2時頃、マンションの7階と8階の間にある踊り場から飛び降りて、自死。遺書はなかった。享年26。
(2)2012年2月、森が残した手帳などから、時間外労働が国の定める「過労死ライン」(月80時間)を大幅に超える月141時間あったと認められ、労災が適用された。
2013年12月、両親は、会社が安全注意義務を怠ったため死亡した、と渡邊美樹・参議院議員らに損害賠償1億5千万円を求めて東京地裁に提訴した。
長時間労働をはじめ、ワタミには「ブラック企業」の要素が当てはまる。娘がなぜ死んだのか、ワタミから具体的な説明が何もない。実態を究明して、その責任を明らかにしたい。【父親・森豪】
(3)朝日新聞の紙面に初めて「ブラック企業」の言葉が登場するのは、2009年4月の朝刊。もともと2000年代に入り、IT企業で働く若者を中心にネット上で使われるようになり、2013年には「新語・流行語大賞」トップ・テンに選ばれるなど、すっかりなじみの言葉となった。
連合のシンクタンク「連合総研」が2013年に行った調査では、20代会社員の24%が「自分の勤め先は『ブラック企業』にあたる」と考えている、と答えている。業種別では、「卸売・小売・飲食店・宿泊業」(19.1%)、「金融・保険業・不動産業」(19%)が他業種に比べ若干高く、従業員の規模別では大きな差は見られなかった。
(4)ブラック企業とは、新興産業において、若者を大量に採用し、加重労働・違法労働によって使い潰し、次々と離職に追い込む成長大企業のことだ。【今野晴貴・NPO法人「POSSE」代表】
ブラック企業が蔓延する社会は、若者がいつなんどき生活保護受給者へ「転落」するかもしれない点で「落とし穴社会」だ。【今野代表】
鬱などの疾病の治療費によって国の医療費が圧迫される。働けない若者が増えると税収が減る。人材育成しないから、経済が成長しない。その結果、若者を使い潰すブラック企業だけが生き残ることになりかねない。ブラック企業は、社会全体の問題として捉える必要がある。【今野代表】
(5)入社前にブラック企業を見抜くにはどうすればいいか。
大切なのは、客観的にデータを見ていくことだ。
就職情報サイトは、企業がスポンサーのため、会社が「見せたい」情報しか載っていない。会社説明会では、会社は巧妙に自社のいい面だけを印象づけようとするので、ブラック企業かどうかを見破るのは困難。人材ビジネスの専門家は、自分自身の感性を頼りに会社の良し悪しを決めるようアドバイスしがちだ。
よって、企業データを集めた情報誌や新聞・雑誌のデータベース、有価証券報告書など、客観的な情報を活用するのだ。中でも参考にすべきは、『就職四季報』(東洋経済新報社)。(a)3年後離職率、(b)採用プロセス、(c)初任給、(d)情報開示度・・・・を見るのだ。
(a)ブラック企業かどうかの目安は、30%。業種によって異なるが、30%以上だと要注意。無回答(NA)企業も少なくないが、無回答であることも一つのメッセージになる。3年後離職率が無回答であっても、従業員数と毎年の採用実績数の比率、また平均勤続年数に着目すれば、新入社員の「使い潰し」がある企業かどうか推定可能だ。
①従業員数の割に採用実績数が多すぎる場合は、次々と辞める若手社員を補充するため採用実績数が多めになっている、と推定できる。
②平均勤続年数が短い会社は、入社後数年で辞める人が多いことを意味する。
(b)採用選考のプロセスがあまりに簡素な場合は、要注意。
(c)初任給の高さにも釣られないほうがよい。
(6)不幸にもブラック企業に就職してしまった場合、一人で抱え込まないこと。なるべく早く専門家に相談すること。
その時のために勤務記録を付けておくこと。
親や教員にこそ、ブラック企業の実態を知ってもらいたい。「せっかく入ったんだから頑張れ」などと鼓舞すれば、結果的にブラック企業に加担し、子どもを追い詰めることになる。
□野村昌二(編集部)「ブラック企業を見破る」(「AERA」2014年1月20日号)
↓クリック、プリーズ。↓
【参考】
「【ブラック企業】激変する若年労働者市場 ~労使間の話し合いが不可欠 ~」
「【ブラック企業】調査対象の8割で違法行為 ~厚労省初「ブラック企調査」~」
「【ブラック企業】対策講座 ~騙されないための心得~」
「【ブラック企業】対策講座 ~就活~」
「【社会】ブラック企業大賞2013 ~ワタミフードサービス~」
「【社会】「ブラック企業」への反撃 ~被害対策弁護団が発足~」
「【社会】「ワタミ」の偽装請負 ~渡辺美樹・前会長/参議院議員~」
「【社会】学校もこんなにブラック ~公教育の劣化~」
「【社会】私学に広がる教員派遣と偽装請負」
「【社会】私学に広がる教員派遣と偽装請負・その後 ~裁判~」
「【本】ブラック企業 ~日本を食いつぶす妖怪~」
「【本】ブラック企業の実態」
「【社会】若者を食い潰すブラック企業 ~傾向と対策~」
「【本】ブラック企業の「辞めさせる技術」 ~違法すれすれ~」
「【心理】組織の論理とアイヒマン実験 ~ブラック企業の心理学~」
「【社会】第二回ブラック企業大賞候補 ~7社1法人~」
「【社会】ブラック企業における過労死、ずさんな労務管理 ~ワタミ~」
「【社会】ブラック企業の見抜き方 ~その特徴と実例~」