京のおさんぽ

京の宿、石長松菊園・お宿いしちょうに働く個性豊かなスタッフが、四季おりおりに京の街を歩いて綴る徒然草。

一年の計は

2009-12-13 | インポート

 12月13日は事始めの日です。

 事始め、というのは、正月を迎える準備を始める日、ということです。

 なぜ12月13日なのかということについては、詳しくは知らないのですが。

 さて、祗園のそれは、師走の風物詩として、良く知られています。

 踊りの師匠などに、お世話になりましたと、挨拶して回るわけです。

 早くも「おめでとうございます」の声が飛び交うのは、何か不思議な感じですが。

 仕事姿ではない舞妓さんたちは、楚々として、正装とは違った趣があります。

 今日は日曜日ですので、祗園も多くの人がその姿を見ることができたことでしょう。

 さて、その祗園、四条花見小路の東南角にあるのが、有名な一力。

 今日も多くの芸舞妓さんの挨拶を受けたことでしょう。

 この一力、江戸時代から続くお茶屋として知られています。

 幕末には維新の志士も遊んだといわれ、近藤勇もその敷居をまたいだといいます。

 しかし、この一力の名を天下に知らしめたのは、なんといっても忠臣蔵。

 歌舞伎『仮名手本忠臣蔵』の中で、大星由良之助(大石内蔵助)がここで遊興する場面が描かれています。

 これが幕府の目をくらませるための芝居、というのは、有名な話。

 まあ、このエピソードの事実性は疑わしいのですが。

 が、少なくとも一力が『仮名手本忠臣蔵』が作られた時代より人に知られていたというのは確かでしょう。

 さて、その忠臣蔵の討ち入りの日が12月14日。

 一力をはじめとして、実は、京都は忠臣蔵と縁の深い土地。

 浅野家断絶後、大石内蔵助が隠棲したのが、京都山科の地なのです。

 その山科には、大石内蔵助を祀る大石神社があります。

 大石神社の境内に、大石桜と呼ばれる立派な枝垂桜があります。

 大石内蔵助とは直接の関係はないのですが、これは本当に立派な枝垂桜です。

 花は桜木人は武士、と言いますから、大石内蔵助を偲ぶのには、ちょうどよいかもしれません。

”あいらんど”