京のおさんぽ

京の宿、石長松菊園・お宿いしちょうに働く個性豊かなスタッフが、四季おりおりに京の街を歩いて綴る徒然草。

口ほどに物言ふもの

2013-06-23 | インポート

 芭蕉翁詠みけり。 

 

     六月や峯に雲置くあらし山

 

 夏の嵐山を、すっと爽やかに詠みあげた句である。

 「六月」というのは、この場合、旧暦で、つまり今の7月くらいで、梅雨明けの後の季節。

 つまり、この「雲」は、梅雨のどんよりとした灰色の雲ではなく、青空を背景にした、白い入道雲である。

 嵐山と、それの背負う夏空が見えるようだ。

 そんな季節まで、後もう少し。

 この句の句碑が、嵐山中腹の千光寺境内にある。

 

 

 京都には句碑、歌碑の類が多く建てられている。

 有名なところでいえば、「かにかくに」の歌碑。

 近代の歌人、吉井勇の、

 

     かにかくに祇園はこひし寝るときも枕のしたを水のながるる

 

 という短歌が刻まれている。

 お茶屋遊びの後の、艶やかさと気怠るさとが入り混じった空気を、うまく詠み込んでいる。

 

 

 当館から程近い、京都御苑に隣接してある梨木神社にも、歌碑がある。

 

     千年の昔の園もかくやありし木の下かげに乱れさく萩

 

 歌作は、日本人のノーベル賞初受賞者、湯川秀樹博士による。

 梨木神社は、萩の名所として名高い。

 9月になれば、正に乱れ咲く萩が見られる。

 ただし、「千年の昔」、といっても、梨木神社は明治の創建だから、この「園」は梨木神社のことを言っているのではない。

 

 

 また、これも当館の近く、高瀬川沿いを二条から御池へ下がって東へ、鴨川に架かる御池大橋の西詰めにも、句碑がある。

 

     春の川を隔てて男女哉

 

 大文豪、夏目漱石の句である。

 「春の川」というのは、もちろん鴨川で、「男」というのは、夏目漱石。

 では「女」とは?

 句の横に、こんな文字が刻み込まれている。

 

     御多佳さんへ

 

 「御多佳」というのは、祇園のお茶屋の女将で、漱石が懇意にしていた磯田多佳のことだ。

 この句にはいわれがある。

 ある京都訪問の機会に、漱石は多佳と北野天満宮へ行く約束をした。

 しかし、行き違いから、それがキャンセルになってしまった。

 約束の日に多佳が他用で出かけてしまい、漱石は待ちぼうけを食らったのだ。

 それを恨みがましく思って詠んだのがこの句だという。

 漱石はそのとき、祇園とは川を隔てた向かいの、木屋町に宿を取っていたのである。

 しかし、実はこれが漱石の勘違いで、多佳は、その日に、という約束をしたつもりはなかったという。

 そんな事情を知っていると、句碑を見るときの気持ちも、少しは違ってくる。

 ちなみに、多佳が女将をやっていた御茶屋「大友」があったのが、上記の「かにかくに」の碑がある場所だ。

 そんな縁も、面白い。

 

 この他にも、多くの歌碑、句碑が、京都にはある。

 それを巡る旅に、出てはいかがだろうか。

 ”あいらんど”