VOGUE 2024年12月25日
12月、『編むことは力』の刊行を記念し、本書を翻訳した佐久間裕美子とスーパー・キキによるトークイベントが開催。編み物は庶民的なものとして軽視されてきたが、実は女性や労働者のエンパワーメントの道具として存在してきたという。そんな背景を社会運動に参加するアクティビスト、そして“編み人”の二人が語る。
『編むことは力──ひび割れた世界のなかで、私たちの生をつなぎあわせる』(岩波書店)
12月刊行のロレッタ・ナポリオーニ著、佐久間裕美子訳の『編むことは力』。<編み物は、フェミニズムや社会運動のツールでもあった。編むことのパワーが紡ぐ歴史をたどり、再生への希望をうたうエッセイ>と紹介される本書の刊行を記念し、文筆家・佐久間裕美子とアーティストのスーパー・キキ(super-KIKI)によるトークイベント「ものづくり(糸・布・針)から考える持続可能な社会運動」が開催された。
寒空の下、カラフルなマフラーやニット帽に身を包んだ参加者が少しずつ会場に集まる。なかには自身で編んだのだとわかるようなものも。主催のキャンドルライトが、「ぜひ編み物をしながら聞いていただければと思います」と呼びかけると、編み棒を取り出す人の姿もちらほら。暖房の効いた部屋で少し身体が暖まったころ、和やかな雰囲気のなかでイベントが始まった。
本書の訳者 佐久間裕美子は、文筆業と同時にアクティビストとしても活動。「この本を翻訳させていただくことになってから、少しずつ編み物をするようになった」そうで、自身のことを「手先もわりと不器用で、“編み人”としては歴史が浅い」と紹介する。佐久間は、編み物をする人たちのことを“編み人”と呼んでいる。
一緒に登壇したのは、東日本大震災後の反原発運動を機に、市民としてデモに参加し始めたというアーティストのスーパー・キキ。「ものを作ることがすごく好きなので、それを生かして何かメッセージを発信できないかなと思い、(デモで掲げる)ぬいぐるみの横断幕を作ったり、プラカード作ったり」と活動し、現在も「手芸やDIYで政治的なメッセージを込めたい」と、家父長制反対や気候正義、トランスジェンダーの権利などを訴える「政治的衣服」を製作している。
キキは手芸と密接な関係を持っている一方、「編み物はしたことがなくて、この本を読んで昨日始めました」と言う。「正直、編み物にはすごく苦手意識がありました。私はジェンダークィアを自認しているのですが、編み物は“女性がやるもの”というイメージがあり、女性っていう枠に当てはめられるのが嫌で避けてきました。学生時代になぜか、男子ははんだ付けで女子は編み物をするっていう授業があり、すごく嫌でこっそり友達にやってもらった経験があります」とその理由を振り返る。しかし、本書を読んで「“女性のもの”だと思って避けてた部分も、自分のなかで見直されました。歴史が複雑で、最初は労働者のものだったのに、産業革命では消費のために使われたり、戦争に使われたりもして、でもまた女性や労働者のエンパワーメントの道具として戻ってきた。すごく面白いツールなんだと知って、編み始めようと思いました。フェミニズムを学んだ今では”女性のもの”とされるものこそ大事にしていきたいという気持ちも生まれましたし」と話す。
本書の原題は『The Power of Knitting』。著者のロレッタ・ナポリオーニがイタリアのエコノミストということもあり、「編み物の本というより、むしろ社会史の本」と佐久間は説明する。「編み物は庶民的なものとして服飾史から無視されてきたけれど、実は人々の生活のなかで必要性とともに存在してきた」、そんな歴史を政治と経済の専門家の視点から再構築。本書からはナポリオーニの人生に一大事が起きていることも垣間見え、編み物がナポリオーニの精神的な支えにもなっていることも描かれており、その面ではセルフケアにまつわる本でもあるのだ。
編み物とマイノリティ、社会運動との密接なつながり
木の幹を覆うヤーンボミング(編み物によるストリートアート)。男性中心のストリートアートに、これまで女性的とされてきた編み物を持ち込む試み、また家庭に結び付けられてきた編み物を外に出すという意味で、フェミニズム運動の一環とも言われている。 Photo: Juliet Lehair / Getty Images
佐久間がこの本と出合ってから、3年の月日が経過。「それまでの私の編み物に対する認識は、手芸の1つ程度でした。ニューヨークにいると、たまにヤーンボミング(編み物によるストリートアート)が目に入ってくるんですが、歴史的な背景については知らなかった。なので、この本を翻訳することで、文化的な背景を学ぶという作業自体が自分にとって、ものすごいエンパワリングで勇気づけられる経験だったんです」と回想する。その経験は、「ナポリオーニさんの語り口には癒しの効果もあって終わりが近づくにつれて、この後私どうやって生きていくんだろうと不安になる」ほどだったそう。
「並行して、たまたま手にした廃棄繊維の使い道を考えるうちに、友人にちょっとずつ教えてもらってかごやチェーンを編んだりするようになっていたのですが、翻訳を終えてからは手を動かしてないと気が済まなくなってきて」と、佐久間はどんどん編み物にのめり込んだ。「今の社会は生きていくのもしんどくて、歯ぎしりしちゃうようなことが多いなかで、気が付いたら毛糸と針が心強い存在になっていた」と語る。本書については、「私自身も、自分のなかにあるミソジニーから編み物や手芸とかを避けてきていて、“女がやるもんだ”と思っていたけれど、(編み物の歴史を知ると)自分の考えが足りなかったなと、切なくなりました。手に取るたびに発見があり、一生付き合える本、私たちの生き方に反映させたいと思わせてくれる」と続けた。
編み物にまつわる物語は現在も続いている。「第一次トランプ政権が、移民や難民の家族を引き離した際、全米各地のおばあさんたちがその子どもたちに編み物で贈り物をしていた」と佐久間が暮らすアメリカでの一例。さらに、「今、ニューヨークには保守州からバスで送られてきた移民・難民希望者が日々到着しているんです。その人たちを歓迎し、身の回りのものを提供する活動をする市民のグループがあるのですが、実はその活動が国境付近で家族から引き離された移民希望者の子どもたちに編み物で贈り物をしていたおばあちゃんたちから生まれたネットワークだった」と紹介。「でも、この話はメインストリームでは全く取り上げられない。それは、明らかに女性や労働者中心の力がない文化だと思われているからで、そんなストーリーをこの本が伝えてくれている」と話す。
これに対し、司会を務めたキャンドルライトのアリサは、「日本にいると、無力であるという感覚に押しつぶされてしまって、社会運動で声を上げることが難しくなる場面があります。そこに編み物があると、手を動かして確実に編まれている事実が無力さに対するパワーになる気がしました」「編み物って目を一つずつ重ねていくしかなくて、それって変わらない瞬間もあるけれど小さなことを積み重ねていくしかない社会運動と似ている」と自身の経験を語る。
佐久間は編み物と社会運動での経験をつなげ、「私に編み物を教えてくれた人は、いくら編み間違えても、間違いはないんだよって言ってくれる。この本は人生もそうだと教えてくれますが、自分で何度でも編み直せると思うことができる。このあいだの米大統領選挙含め、資本主義の構造のなかでは勝てないし負け続けている気持ちになることも多いのですが、自分たちで手を動かして作ったものを身につけながら生きることが、すでに小さなウィンなのだと思ってます」と力強い表情。
一方、キキは「私は、金銭的な貧しさとかもある人も多くいるなかで全然楽観的にはなれないんです」と前置きしつつ、「市民運動に参加してる人たちがものを作ってなんとかメッセージ伝えようするとか、ものづくりでケアし合うコミュニティが存在するのって、それこそ消費社会に抵抗しているからこそ生まれる表現で、すごく豊かな経験をしてる実感がずっとあるんですよね。だからそういう意味では、全然負けてるっていう実感がなくて、むしろ一生青春やってるなみたいな」と佐久間に共感を寄せる。会場では参加者らが深く頷く様子も。
当日の会場では、パレスチナでの虐殺に反対するメッセージ<NO PRIDE IN GENOCIDE><FREE PALESTINE>とプリントされたキキ製作のパッチが配布された。布パッチの配布は近年、日本における社会運動の文化の1つとなっているという。パッチを製作した経緯について聞かれると、「最初に作ったのは2016年ぐらい。(90年代に女性パンクロックバンドシーンが団結して起こした)ライオット・ガールというムーヴメントがあって、確かそれを追っている日本のフェミニストのクリエイターがマスキュリンな世界に抵抗するための布パッチを作っているのを知って始めた」と答える。
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「パッチって、ただ付けて電車に乗るだけでも静かな運動になる。もしかしたら多くの人が、 他人が何を身につけてるか目にも留めず生きてるかもしれないけど、街で同じパッチをつけている人を見かけると、やっぱりひとりじゃないって思える」と佐久間。さらにその製作過程についても、「別に家の布にペンで書いたっていいし、みんなどんどんやったらいいんじゃないかなって思っていて、日本には自己表現をしていいのは美大に行った人、上手じゃないとというプレッシャーがあるような気がするけれど、下手でもコンプレックスがあってもどんどん表現してほしい」と呼びかける。キキも、「そうそう、ダンボールにマジックで直書きのプラカードとかって、それはそれで人の心を打つ。メッセージを伝えるものがおしゃれじゃないといけないことは全くなくって。むしろ下手でも熱いものとか……みんな本当に作りたいものを作ったらいい」と強調。
何か纏うことは意思表示であり、抵抗にもなりうる
本書の印象に残った箇所としてキキは、「戦争に行った男性たちのために、女性たちが家にある靴下やセーターで服を編んで戦地に送ったのだけど、そのカラフルさを軍が嫌がった話」を紹介。ちぐはぐでカラフルなものを身につけた兵士たちは目立つ上に国が貧しく見えるからと、最終的には暗い色の毛糸で編むよう指示される。「カラフルでいろいろなものがあるっていう状態が、国家や軍にとっては管理しづらく嫌なんだと思うんですよ。だから、私たちが手芸を通して表現していくのって、多分本当に平和じゃなくなったときに抑圧を受けるものだと思うので、ものづくりをやっていくのは抵抗の方法の1つかなと。人種とか属性とかジェンダーとかいろいろな属性……多様なものがあるっていう状態が、自由っていうことだから」
佐久間は、「クーフィーヤ(パレスチナの誇りやアイデンティティを示す伝統的なスカーフ)をつけて電車に乗るのも特にニューヨークだとそれなりの緊張感があって、弱ってたりするとできない日もあるんです。ただ楽しいだけで服を選びたい日もあるし、そういうのも含めて自分が今日どういう服を着るか、どんなふざけた帽子を被るかもある意味、支配されないという抵抗のひとつ」と日々の体験から例を挙げる。
キキは過去に、身につける形での表現活動を行なった経験も。「当時の私はフェミニズムを通して内面化したものや古傷とも向き合いつつ、自身の性自認にも悩んだりと疲れすぎていて。一度立ち止まろうと思ったときに、セルフィーを撮り始めたんです。人種、性別とか、貼られるレッテルを自分の創造性で塗り替えて、自分はどういう姿や形が心地いいのかを探求していました」ときっかけを語る。また、「顔に色を塗ってるときがめっちゃ気持ちいい。自分が気持ちいいと思う動作がものになって、ものとして形になって見えたり、人の目に触れたりする点では編み物に通ずる」という。
司会のアリサは、「暴力に似たエネルギーや、まだ言葉になっていないラベリングしきれないようなモヤモヤを動作を伴って放出したり、昇華できる方法をそれぞれが持っておくことが大事なのかも」と暴力以外の表現方法があることの重要性に触れた。
編み物を“自分のもの”にできるという可能性
ここでは、本書の懸念点についても問われた。「私はちょっと気になることがあって、(本書には)西部開拓時代の開拓者の女性の話が出てくるんですね。 で、開拓っていうことはそこにはやっぱり先住民の方がいて、その人たちが虐殺されたっていう暗い歴史がある。その話がこの本には出てこない」とキキ。「戦争中に女性が、編み物でスパイの暗号を伝えたという話もあって、物語としてはすごく興味深いところなんだけれども、戦争行為に参加することを女性のエンパーメントとして捉えていいのだろうか」と違和感を共有。それに対し佐久間は、「この本に限らず書籍を読むときは誰がどういう視点と専門性でものを言ってるのかを意識する必要があって、この本は欧米の一部であるイタリア出身の人の視点から書かれたということをやっぱり留意して読まないといけない」と警鐘を鳴らす。
一方で、「この本のなかにも書いてあるのだけど、編み物は起源がわからない(一説ではない)からこそ気楽。“誰かのものじゃない”ということは、みんなのものでもある。誰がやっても語ってもいい」と提案。編み物は歴史のなかで、さまざまな道具として変容を繰り返してきている。それをどのように使うのかは、各々に委ねられているのだ。キキは普段から表現者として使う方法がどういったものかを考えることが不可欠だと思っていると話し、でも佐久間さんの言う“編み物は自分のものにしちゃえばいい”っていうのは、私が抵抗として使いたいのも然り、この時代で自分として正しい形を選んで自分のものにするっていうことなのかなとすごく腑に落ちました」と述べる。
また、佐久間はセルフケアとしての編み物の可能性についても触れ、「子どもの頃は手を動かすのが大好きだったけれど、自分より上手な子がたくさんいる、手先が不器用という自覚を持ったりでやめちゃったりして。実際、編み物も笑っちゃうぐらい下手。でもそんな自分も可愛いなって思える、ダメな自分も自分の一部。これ自己肯定感にも繋がると思うんです」と打ち明ける。「絵は失敗したら捨てちゃうけど、編み物って紐を解いても毛糸が残るからもう1回やれるじゃないですか。このやり直せるっていう感覚もいい、色が好きだけど似合わない服とか編み直して違うものにしたり」
そして最後には、「米大統領選挙のあと友達から、今から編み物行ってもいい? って連絡がきて、2人で編み物してて、その話を別の友人にしたら、次は行きたいって言ってくれて、こうやってニッティングサークルになったらいいなって。今の時代みんなストレスが溜まってて、健やかな気持ちで生きたいのに、実際は歯が折れそうなぐらい歯ぎしりしてる。だから1つでも、自分の気持ちを軽くしてくれること、肩の力を抜いてくれること、頬を緩めることをやっていかないと。編み物でそういう場所を作るのが、私の考える“柔らかな抵抗”の手法だなと思っています」と締め括った。
編み物は柔らかな抵抗になる、そう思った翌日から私も家にあった編み棒と毛糸を引っ張り出して通勤バッグに入れて持ち歩いている。まだ一目も編んでいないけれど(冬休みには編み始めたい)、この本にはそれでもいいと言ってもらえるような気がしている。今日もイベントでもらったパッチを胸に安全ピンで留めて、電車に乗った。
『編むことは力』(岩波書店)刊行記念
佐久間裕美子×super-KIKI「ものづくり(糸・布・針)から考える持続可能な社会運動」
主催/キャンドルライト(Candlelight)
イベント見逃し配信/https://bbarchive241210a.peatix.com/
Text: Nanami Kobayashi