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葉山の四季

葉山の四季をお伝えしたいと思います。

三浦哲郎『流燈記』ー続ー

2019-05-22 22:04:27 | 本のひと言

図書館の『流燈記』を開くと、

本の帯の部分を切り貼りしたのでしょう。

ここには「幻の作品」という表現はないのですが、こちらには

該当部分を書き記しておきます。

物語は、東北の「山の窪地の、低い崖下で見付けた円い鏡のような泉」で幕を開ける。湿った岸辺に四つん這いになって水を飲もうとした主人公の由良耕三は、その水が軀に毒ではないか、本当に飲んで大丈夫だろうかと疑念を抱く。水を疑うことは、自分の命の、あるいは生きるものすべてのいちばん奥深い部分を疑うに等しい。三浦哲郎が本書『流燈記』を雑誌「ちくま」に連載していたのは、1983年一月号から1985年一月号にかけてで、刊行されることなく眠っていた幻の作品だが、2011年末のいまこうした記述を目にすると、耕三が感じている不安の環が、彼自身の加齢や歯槽膿漏や都会暮らしによる心身の疲れだけでなく、もっと大きな危機と接しているような目眩を覚える。】

2011年末に堀江氏が覚えた目眩を、『流燈記』の読後を通じそれから数年後の現在の状況のなかで感じ取ることができます。さらに「大きな危機」は生活と社会と政治のなかでその影を大きくしているように見えます。

堀江氏が『流燈記』解説で耕三の「さあいこう。遅くなるよ」の言葉は『流燈記』を過去に封じ込めず、大きく外に開かせている、と評しています。現在の「大きな危機」に向かう者にかけられた声としても聞こえてきます。

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三浦哲郎『流燈記』

2019-05-21 23:17:20 | 本のひと言

『流燈記』を読んで三浦哲郎が私の兄と同年齢だと知りました。6歳上の兄の少年期のことはまったく知りませんでした。

司さんの扉絵から各章のはじめを綴ってみます。

p005 序章/泉の水を飲もうとして、由良耕三は、ふと躊躇った。まさか、この水、軀に毒ではあるまいな。

山の窪地の、低い崖下で見付けた円い鏡のような泉である。それがただの水溜まりでないことは、水面に落ちた病葉が残らず岸の一角に吸い寄せられているのを見ればわかる。湧き出た水が、そこからすこしずつ溢れているのだ。溢れた水は、青草を濡らしながら崖裾をめぐって、窪地の外へ流れ出ている。

【この章の終わり近くには、戦争が終わって40年くらい経った時点の東北の山の中でトーチカ跡を見る主人公の思いが書かれています。(まさか今時、こんなものにお目にかかることになるとは思わなかったな)】 

p024  一章/満里亜という女の目は、どうして暗いところでもあんなに明るんで見えるのだろう。

生まれ育った村を出て、矢ノ浦で暮らすようになった耕三が初めて他人に抱いた疑問というそれであった。

たとえば防空壕のなかにいても、耕三には満里亜の目だけがうっすらと明るんで見える。町内の人たちが古材を持ち寄って米問屋の裏庭に作った防空壕だから、もともと照明の設備などなくて、入口の扉を閉めてしまうと真っ暗になるが、その闇に目が馴れてくると、満里亜がどこにいるかが耕三にはわかる。離れていても、両目がすこし黄色っぽく明るんで見えるから、ああ、満里亜はあそこにいるのだとわかる。

p037  二章/満里亜という名の奇矯な女学生の正体は、それから半時間もしないうちに、あの猫のように黄金色のほのかな光を宿している目の謎を除いて、 大体わかった。

母親より先に学校から帰ってきた安吉によると、満里亜は、おなじ町内にある桔梗屋という下駄屋の孫娘で、毎年、夏と冬には独りで桔梗屋にきて休暇を過ごすのがならわしだから、ずっと以前から顔馴染みなのだということであった。

p54  三章/実際、夏の休暇に入ると、その第一日目の昼前に、表二階の住人たちは未練げもなく纏めた荷物を手に提げてさっさと帰省していった。

下宿を出るとき、普段は無口で無愛想な桑田が、上り框に腰を下ろして編上靴の紐を結びながら、送って一緒に階下へ降りた耕三に珍しく声をかけた。

「なあ、由良よ。貴様、休み中にいちど浜へ遊びにこいや。」

予科練志望の桑田は、誰に教わったのか、もうすっかり海軍軍人の言葉遣いになっていた。「俺たちの村は隣同士だからな、俺んとこでもいいし、北上んとこでもいいから、いちど遊びにこいや。魚も貝も腹一杯食わしてやる。貴様は泳げるか?」

p77  四章/新学期がはじまって間もなく、ちょっとしたことがきっかけになって耕三にひとり親しい友達ができた。港のむこうの漁師町から汽車通学をしている、真柄千松という名の級友である。

ある日、国語の時間に、教師が夏休みの宿題の作文について講評し、提出された五十篇ばかりのうちから特に優れたものとして二篇を選んで、みんなに朗読して聴かせたが、その二篇というのが、真柄千松と耕三の書いたものであった。耕三は、そんなことになるとは予想もしていなかったので、びっくりした。

p087  五章/その次の週の日曜日の午前、耕三は、漁師町にある真柄の家を訪ねるために、市の駅から海岸行きの気動車に乗った。真柄に、浜へ遊びにこないかと誘われたとき、すぐその気になったのは、正直いえば前々から満里亜が住んでいる港町をいちど歩いてみたいと思っていたから彼は、帰りに独りで港町に途中下車するのを楽しみにして出かけていった。

河口港の鉄橋を渡るとき、両岸にひしめいている家並のなかから酒場<いさり火>の看板を探し出そうとしたが、見つからなかった。こんなに容易に港町を訪ねる機会に恵まれるのだったら、それとなく満里亜に所番地を聞いておくのだったと耕三は後悔した。

満里亜が毎日乗り降りしている港の駅に停車すると、憲兵の腕章をつけた兵隊が一人、改札口に立ってそこを通る人々を見守っているのが、窓から見えた。それが、いつかの梶田とかいう憲兵かどうかはわからなかったが、満里亜の憂鬱が察せられ、こんなところにいないで桔梗屋にきて暮らせばいいのにと彼は思った。

p108  六章/秋も深まったある日、耕三が学校から帰ってみると、郷里の母からなにやら嵩張った小包が届いていた。嵩張っているわりには軽いので、彼はなんとなくがっかりしたが。部屋へ持って開けてみると、綿入れの半纏と干餅が出てきた。干餅は歌留多子はどの大ささのが七枚、新聞紙にくるんで、砕けないように半纏のなかに包み込んであった。それと一緒に、鉛筆書きの母の手紙も入っていた。

p150  七章/十日間の春休みを終えて、村の家から戻ってきた晩、耕三は、翁屋のおばさんから留守中に起こった意外な出来事を知らされた。

満里亜が家出をしたというのである。

「大きな声じゃいえないんだけどね」と、裏二階の部屋へきておばさんはいった。「おとといの朝、友達の家にいくといって出かけたきり、帰ってこないんだって。桔梗屋の伯母さん、夜遅くこっそり訪ねてきたわ、心当りがないかって、どう? あなたを当てにしてたようだけど。」

耕三は二重に驚かされた。

「どうして僕を?」

「男の友達はあなた一人だからって。」

 「友達だなんて、そんな……。」
 
p180  八章/耕三は、怪しまれぬように満里亜と歩調を合わせて歩きながら、谷間の風景と別れを惜しむようなふりをして注意深くあたりを窺った。日曜日の真っ昼間だが、こんな町から遠い谷の奥に上級生も同級生もいるわけがない。そうは思っても、万一、こうして女学生と連れ立って鉱泉宿から出てきたことを学校に知られたら一体どういうことになるかと考えると、とても平気ではいられなかった。

さいわい、耕三の視野には人影が見当らなかった。宿の客も満里亜ひとりだったと見えて、どの窓にも人の顔らしいものはない。さっき宿の女の人が、土間でズック靴を履いている満里亜に、これで今夜からまた淋しくなるという意味のことをいっていたのを、彼は確かめるようおもいだした。

「ひとりで泊り込んでても、宿の人に怪しまれなかったみたいだね。」

p200  九章/その日、満里亜が港の母の家ではなく、町の桔梗屋へ帰ったのは確かだが、その帰宅の模様ーー満里亜がどんな顔をして家の敷居を跨ぎ、それを桔梗屋の家族がどんなふうに迎えたかは、耕三は知らない。

二人は、谷間を出たところで、あとで駅で落ち合うことにして別れた。満里亜はそのまま村を通り抜けて駅へ向い、耕三は一旦生家に戻って、残飯で握り飯を拵えて貰った。一応食堂と呼ばれる家に下宿しているからといって、いつも充分に食べさせて貰っているわけではない。育ちざかりには三度の食事も不足がちで、おやつにありつくことなどほとんどないから、下宿生は常に空腹を抱えているといっていい。だから、耕三は、生家から町へ戻るときは忘れずに握り飯を余分に持ち帰るのである。

「今日は四つでいいよ。なるべく大きく握ってよ。」

p222  十章/夏休みの前日、北上たち四年生の一隊は夜行列車で川崎の軍需工場へ旅立っていった。耕三は翁屋のおばさんと一緒に駅まで見送りにいったが、壮行会は昼のうちに学校で済ませていたので、見送りは生徒よりも家族の人たちの方が多かった。四年生たちは戦闘帽の上から日の丸の鉢巻を締めて車窓にひしめき合い、それをホームから見上げる人々は目をうるませて、なかには打ち振るつもりのハンカチで顔を覆う婦人たちもいた。その光景は出征兵士の見送りとなんら変るところがなかった。

北上が窓から片手を差し伸べるので、耕三とおばさんとはかわるがわるそれを握った、こうして車窓から男同士で手を握り合うのは初めてで、耕三は、これでもう北上とは会えないのだという気がした。胸に熱いものが込み上げてきた。

「あとはしっかり頼んだぞ。」

と北上がいった。耕三は、

「先輩も軀に気をつけて……。」

としかいえなかった。北上は顔を力ませて笑った。

「軀なんかどうなったっていいんだ。それより貴様、海兵へいくつもりなら一日も勉強を怠るな。」

「はい……でも、間に合うでしょうか。」

「……どういう意味だ。」

 「僕が海兵に入るまで敵が待っていてくれるかどうかです。間に合えばいいのですが。」
 
p242-243『流燈記』(十章)終/林のなかに入って星空も見えなくなると、満里亜が不意に立ち止まった。「予科練って そんなに早く死にたいの?」「 自分の気持を問題にするときじゃないだろう、いまは。」と耕三は答えた。

満里亜は、無言で右手を胸の前に持っていった。首の白さが、すこしずつ胸の方へひろがるので、ゆっくりシャツのボタンを外しているのだとわかった。

「あんたとはもう会えないかもしれないから……。」と、満里亜はなおも素肌の白さを押しひろげながら、すこし嗄れた声でいった。「あたしを好きなようにして。あんたにしてあげられるのは、それしかないから。」

耕三は、息を詰めて満里亜の仄白い胸と向い合っていた。胸の鼓動の高まりで、軀が風に吹かれる若木のように揺れそうだった。「遠慮しないで。」と囁くように満里亜はいった。「でないと、空の上で後悔するわ。」

耕三は、やっとの思いで両手をズボンのポケットにねじ込んだ。それから膝に力を入れて、鉄のように重たくなった下駄を地面から持ち上げた。「さあ、いこう。遅くなるよ。」

歩き出すと、なんともいえない淋しさが胸を満たしてきた。なにが淋しいのか、わからなかった。わからぬままに、耕三は、助けてくれぇ、と叫びたい衝動に駆られた。

どんどん歩いて、林を抜けると、無数の星が音を立てて降ってきた。

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続・装幀について

2019-05-20 22:03:15 | 本のひと言

昨日に続き三浦哲郎の本の装幀についてです。

本はこれ、

 

装幀を担当された司修さんの言葉です、


装幀に寄せて    司修

流燈記』のゲラ刷りを読んでいると、初めてやって来た場所なのに、よく知っていて、懐かしい思いに浸る現象に包まれて、ぼくは、向うからやって来る少女は、「光る目をしているのだ」と思いました。

読み進むほどに、懐かしい思いは深くなって行き、「ちくま」に連載されているころに読んでいたからだろうと、ぼくは興奮を抑えました。

夜だったので、仕事場の窓の外の森を 眺めても木々は見えないのに、森の奥からの風がだんだん近づいて、木の葉を震わせ、誰かがやって来たかのように思わせられました。風は、同じ間隔と速度を保って梢を鳴らしていました。雑草の茂みからのコオロギやマツムシの鳴き声は、いつもより静かでした。

『流燈記』を読み終わったのは明け方でした。読んでいる間中、ぼくは三浦哲郎さんの、笹の葉の擦れるような響きを持つ話し声や、遠くを見つめる眼差しを感じていました。

ぼくは朝酒をやって、混血の少女のドローイングを、眠くなるまで続けていました。しかしいくらやっても眠れず、人々が昼飯を食べるころダウンしました。

暗くなってからまた『流燈記』を読み始めました。再び懐かしい思いに包まれながら、「この本の装幀は、もういない三浦哲郎さんが、喜んでくれるものにしたい」、という思いが目まぐるしく頭の中を駆けているうちに、なぜか、『井伏鱒二自選全集』の装幀が浮かんで来ました。その他、井伏鱒二さんの単行本の装幀が気になって離れませんでした。

そうしているうちに、ぼくはとんでもない決断をしました。

『流燈記』を手にした、あの世の、井伏鱒二さんが喜ぶものにしようと。

すると、ぼくは書道全集を持ち出してめくり、「流」「燈」「記」という文字を集め始めたのです。文字のみの本をイメージしていたのでしょう。そこへ森の小道に茂る野の萩を描き、墓前に手向けるよう置いたのです。

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本の装幀について

2019-05-19 22:01:59 | 本のひと言

同じ本の表紙です。

これは私が借りて来たもの、

これは図書館の検索に表示されるもの、

本を開くと目次に続いて装幀者の名前があり続いて、

【装画  「横にねるクマ」山口薫(何必館・京都現代美術館蔵)】

とありました。

 こちらは同じ作家の本です、

これを見ると装幀は本の内容と一体のものだなーと思い、バーコード表が表紙をいかに損なうものかが分かります。

改めて一冊の本に寄せる書き手作り手売り手の繋がりが率直でなくなってきていることに気付きます。本だけでなく物の流通の陰の部分でしょう。そういう思いに気づかせてもらえたのは三浦哲郎の作品の内容に負うものでした。

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期待の一冊=『安倍官邸VS.NHK』

2018-11-20 21:48:56 | 本のひと言

『安倍官邸VS.NHK〜

森友事件をスクープした私がやめた理由(わけ)』

    相澤冬樹著 文藝春秋社刊

https://www.facebook.com/story.php?story_fbid=1972255426192309&id=100002236114968

 

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無テレビの効用。

2018-10-16 22:26:15 | 本のひと言

久しぶりに「本のひと言」、読書の季節は秋とは限りません。

我が家ではテレビに寿命がきて使えなくなって2年になり、分かったのが我が妻の猛読書ぶりでした。葉山と逗子の両図書館を股にかけて借りてくる、分厚い全集ものから薄い文庫本まで。

とにかくよく読む、季節を問わずで……。

https://biz-journal.jp/2018/10/post_25094.html


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読書の秋です、本の話二題。

2018-09-22 21:53:59 | 本のひと言

話は古いが話題としては新しい、

ベストセラーになったのか知りませんが、爆買いすればセラーであることは確か。その小川某氏が出てくるのが、

こちらのブログも、

https://blog.goo.ne.jp/kszh4-shimin/e/5121e0b43bdb09fd0ae2d47927f874ca

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「一千年ののち……」

2018-02-14 23:11:20 | 本のひと言

   岩波文庫の『モンテ・クリスト伯』を読み終わり、その終わりの方にあったモンテ・クリスト伯の言葉の一部をタイトルにしました。

   この小説を読み出したのは『乱』を読んでいて19世紀のフランスが舞台になった小説だから、と手にしたのものです。まず、書き出しの「一八一五年二月二十四日」は、『乱』の書き出しの文久三年(1863)から半世紀近く離れた時代ですが、ナポレオンのエルバ島を脱出が書き出しから物語の大きな要素になっており、引きつけられてしまいました。

   子供の頃『巌窟王』として読んだ記憶がありますが、「本物」を読んだのは始めてで、カタカナの名前に悩ませられながら筋の展開に、頁閉じる能わずの感で久しぶりに長編小説の醍醐味を堪能しました。

   このタイトルの部分は、全編で117章の117章目「十月五日」舞台はモンテ・クリスト島、モンテ・クリストが息子とも思うマクシミリヤンに語りかけている言葉です。

「あなたはいま、重要な言葉をおっしゃいました。死は、わたしたちがそれと正しい対しかたをするか、まちがった対しかたをするかによって、或ときは乳母のようにわたしたちを揺すってくれるよい友だちになってくれ、或いは、わたしたちの魂を肉体から手あらくもぎとる仇敵のようにもなるものなのです。」
この後、
「いまから一千年ののち、人間が、自然のあらゆる破壊力を征服して、それを人類の一般的な福祉のために利用するようになったあかつき、すなわち人間が、ついいましがたあなたがおっしゃったように死のあらゆる秘密を知りつくすことになったあかつき、死はおそらく、恋人の腕にいだかれて味わう眠りのようにやさしく、また、たまらないものになるでしょう。」
と。

   次の世界がどういう社会になるかを資本主義の次の生産様式について語るとか、人工知能の発展した未来社会像を描くなどなど、あるでしょう。何れにしてもその時代であっても一千年前の世界と同じように一人一人の生死病死が問題になり最終的には死をもって閉じるわけです。
   そうなるとこのモンテ・クリスト伯の言葉が意味することが社会のありようの基本的なことだと思うのです。

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三冊目をグッと読む。

2017-02-04 21:53:52 | 本のひと言

子供の頃佐藤紅緑の「あゝ玉杯に花うけて」に夢中になり、サトウハチローが「もずが枯れ木で」を作詞したと知って佐藤愛子の「血脈」に読み浸り、今度は『90歳。何がめでたい』から『晩鐘』ときたら、読みたくなったのが『戦いすんで日が暮れて』でした。

この一冊の文庫本が丸ごと「日が暮れて」ではありません。この他7編計8編の物語ではありますが、先ずは「日が暮れて」を読み終わり、次の「ひとりぼっちの女史」、あと5編あるがどれも物語というより、物凄語というべきなのではと期待されるのです。

裏表紙の「強い男、りりしい男はいないのか!」の叫びに我が身が奮い立ちます。「黒いイボ蛙」ならぬ青二才の痩せガエルはこの大女史の奮起を促す叫びを耳朶に染み込ませねばと思います。

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九十歳、気迫の年齢。

2017-02-03 22:21:10 | 本のひと言

先週、この本の表を紹介しましたので今日は帯付きで裏側も、

   帯にあります様に27万部突破!メデタシ! というのは株式会社小学館のお祝い言葉です。

   愛子センセイの腹は、90歳以上だけでも150万65歳以上の高齢者は3000万人をはるかに越える、その中での27万部、「何がめでたい」ということでしょう。

ブログで紹介しましたもう一冊『晩鐘』、こちらの帯は、

この帯の言葉はかなり「常識」的ですがこの常識は世間の常識ではない、佐藤愛子90余歳がたどり着いた頂きの眺望です。

   そこにたどりつけた者の、周りには誰もついて来ていない、孤独。それは「人生のすべてを懸けて描く」ときすべり込んで来て「黙って受け容れる」しかなかった者たち、それらすべてを束ねて彼らの元へむかう、死に向かう者は迫力を持つべきなのです。

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